第二章 ~見えない・闇~ 5
先ほど先生に言われた忠告など無視して、全速力で体育館に向かう。何かいやな予感がした。
「なんで、体育館なんかに……」
今はまだ、体育館では室内系の部が活動しているだろう。そんな中、何をしに行くというのだ?
走りだして約一分。俺は体育館の扉までようやく着く。もちろん、息はあがっている。
そして俺はそのドアを開ける。
そこにはもちろん、現在活動をしている、バレーボール部と、バスケットボール部が練習をしていた。
「紅染は?」
辺りを見回す。しかしその姿はない。俺がきょろきょろしていると、知り合いのバスケ部が声をかけてくる。
「おう、カイトじゃん。どうした?」
ちょうどいい。ちょっと聞いてみるか。
「ちょっと聞きたいんだが、今さっき、……そうだな、五分ぐらい前、体育館に誰か入ってこなかったか? その、女子生徒とかが」
なるべく紅染の名前は出さないようにする。そのバスケ部は少し考えた顔をしていたが、
「いや。誰も来なかったぞ。俺はずっと扉付近にいたし、誰も入った気配なんてなかった」
と、あっさりそう言う。……ならば、紅染はいったいどこに行った?
「わかった。とりあえず、ありがとう」
礼を言って、俺はまた別の場所を探そうと踵を返す。
「ちょっと待った」
だが、急にそのバスケ部に止められてしまう。しかもその顔は少し真剣な表情であった。
「どうした? なんかあるのか?」
「いや、今の話のことじゃないんだが、こっちも人を探しててな。お前、同じクラスの笹江を見なかったか?」
……笹江。俺と同じクラスの友人で、そいつもバスケ部に所属している男子生徒だ。
「見てないけど。笹江がどうした?」
「どうした、というか、あいつ三十分前からトイレに行くって言ったきり帰ってこないんだ。腹、くだしても、そろそろ戻ってもいい頃だと思うんだけど……」
真剣に悩んでいる、そいつ。なるほど、確かに三十分も帰ってこないのはおかしい。
「バックレってことはないのか?」
「おい。あいつは次期キャプテンだぞ? そんなやつが練習逃げ出すわけないだろ。用事があっても言うはずだ」
なるほど、確かに。笹江はとてもバスケがうまく、その実力は、バスケ部の中でも一番だった。実際、バスケなら霧と肩を並べるほどの腕だ。まぁこの比較で霧を出すのは、些かおかしいとは思うが。
とにかく、笹江のバスケの実力は凄く、次期キャプテンでもあり、そんなやつが練習を投げだすわけがないのだ。
「そうだよな。あいつがサボるわけないか。まぁ、わかった。見つけたら知らせるよ」
そう言って、俺は体育館を後にする。
本来の目的、紅染を探すために。
色んな場所を探してみた。施設もほとんど見て行ったし、教室も一つ一つ窓から確認していった。
それでも彼女の姿はない。まるで幽霊を追いかけているような気分だった。
「もう、さすがに帰ったか」
体育館から探し直して、すでに約三十分が経っていた。それだけ探していないのだから、すれ違いで帰ったのかもしれない。
俺はようやく諦めて、もう帰ることにする。
すでに日は暮れ始め、また昨日ぐらいの時間になってしまう。 そして、俺は不意に思い出してしまう。
朱に染まった、あの幻想的な教室を。
「最後に、もう一度だけ教室に行ってみるか」
俺は本当の最後に、教室に向かうことにした。
ゆっくりとした足取りでそこへと向かう。今さら急ぐこともないので、それほどスピードはださない。階段を上がり、俺の教室がある廊下へと辿り着く。
そしてその廊下を反対側から歩いてくる誰かの姿を、俺は捉えた。
「紅染……?」
それは紅染だった。どこか疲弊した顔で、床を見ながらこちらへと向かってきている。
「紅染!」
俺は思わず、声を出して呼んでしまう。
その声に驚いた紅染は、少し目を見開いた後、首を傾げていた。
俺は駆け足で、彼女の所へ近づいていく。
「カイト。貴方何してるの?」
「何って……お前を追っかけて学校まで戻ってきたんだよ」
そう言うと、紅染はさらに不思議そうな顔をしている。
「どうして? 別についてきてって私、言わなかったけど」
「どうしてって……。あんな深刻な顔していきなり走り出したら心配だろう?」
その時、俺は本音をこぼしてしまう。
そうだ。心配だったんだ。
そんな感情を抱いたから、俺は紅染を追いかけたのだ。
「心配……」
「ああ、そうだ。とにかく、用事があるならちゃんとその内容言ってくれ。あれじゃあ、誰でも不安に思う」
俺は腕を組んで、説教するようにそう言う。
「そう……」
紅染も反省したのか、俯いて、顔を見せない。……ちょっと言い過ぎたのだろうか?
「ああ。まぁいいさ。別に怒ってるわけじゃないし。用事は済んだんだろ? だったら、もう早く帰るぞ」
その言葉が少し恥ずかしかったので、顔をそむく。その言葉を紅染は聞いて、
「ええ。わかったわ」
微笑みながらそう言う。そうして俺は歩きだそうとする。だが急に、紅染は俺の少し前を行き、朝の時のように手をとってくる。
「お、おい、紅染!」
びっくりして声を出してしまう。
だが、それも意に介さず、俺をひっぱっていく。
さすがにこれは恥ずかしい。別に嫌ではないのだが、その、なんというか……。
俺が何とかして、止めさせようとすると、紅染は急に俺の方を向いてくる。そして、
「ありがと、カイト」
と、いきなり、そんなことを言われた。
「……え?」
本当に突然放たれた言葉に、俺は抵抗を忘れてしまう。
彼女のその顔は、未だ見たことのない、笑顔だった。
それに俺は、不覚ながら、とてもドキドキしてしまう。
もうすぐ、日が暮れる。また、その夕陽が、俺たちの周りを真っ赤に染めるのだろう。
そんな中、俺が唯一気になったのは、紅染からまた鉄の匂いがしたことだった。