第二章 ~見えない・闇~ 4
紅染の走るスピードはとにかく速かった。追いつこうと必死なのに、どんどん離れていく。
「くそっ……。何だってあんなに運動神経がいいんだ?」
そんな悪態をついてもそのペースは変わらない。颯爽と坂道を駆け抜けていく。
そもそも紅染は何処に向かっているのだろう? 学校なのか? まさか忘れ物を取りに行くためにこんな全力疾走してるはずがない。
「どうしたんだ。あいつ」
帰る生徒を次々に横切る。何だ、何だ? という顔をしながら俺たちの方を見ていた。
「いや、でも、見られてるのは俺だけか?」
そう、誰も紅染のことは見ていない。全員俺の方を見ていた。
「紅染は速過ぎて見えない……ってことはないよな」
まぁそんなことはどうでもいい。気を抜くと見失ってしまうぐらい、紅染はすでに遠くにいる。
しっかりと目を凝らして、その姿を追う。すると学校の方へと入っていき、その影は見えなくなってしまう。
「? ホントに忘れ物か?」
学校まであと五十メートル。俺は精一杯の力で走った。
「はぁ……はぁ……。やっと、着いた」
本日二回目の疾走は、運動部ではない俺にとってキツすぎる。また正門まできたが、無論、紅染の姿など、とうにない。
「どこに行ったんだ?」
校舎内だろうか? 少なくとも、今見えている校庭にはそれらしき人物はいない。運動部が部活動をしているだけだ。
「やれやれ、どうして俺がこんなこと……」
一瞬、何で俺は昨日知り合ったばかりの転校生を執拗に追いかけてるのか、と考えてしまう。
しかしそんなのもの、あの言葉が、ただ一度、悪戯のように言ったあの言葉が気になったからだと、心の中で再確認した。
「そうだよな。あんなこと言われたら、気になっちまうしな」
普通の女の子が言うようなものではない、あの言葉。その意味を知りたかったから。
なので俺は昨日紅染と会った、あの教室に向かうことにする。
時間は経って、日は沈んでいく。
しかし、まだその日が黄昏るには、まだかなりの猶予があった。
息を整えながら、昇降口から俺の教室まで向かう。その足取りは若干早足めいているような気がする。
教室の前まで着いた時には、既にその呼吸は落ち着いていた。しかし一度俺はドアの前で深呼吸をしてから、それを開けた。
しかし教室にはだれもいない。
「ここじゃないか」
仕方ないので、俺はその教室を後にする。そして、俺がそのドアを閉め、振り返った瞬間。
「あら、九重くん」
と、廊下の奥から声をかけられた。
見るとその人は俺のクラスの担任、白木愛菜先生だった。何かの資料を胸に抱えて、不思議そうな顔をしてこちらに向かってくる。
「ああ、先生。どうも」
一応挨拶をしておく。俺よりほんの少し背の低い先生は、すぐ近くまで来て、俺を見上げてくる。
「何してるんですか? 忘れ物?」
確かに、この時間にまだ学校に残っているのは、部活組ぐらいだ。そう考えるのも無理もない。
「あ、いえ。ちょっと人を探してまして……。その、紅染リオンさんなんですけど」
正直にそのことを話す。先生ならそんなことを言っても大丈夫だろう。他のやつに言ったら親衛隊の皆さんに漏れて、どんなことをされることやら。
「ああ、紅染さんなら、今さっき、体育館の方へ向ってましたよ。何か少し真剣な表情でしたが」
と、指を後ろにさして、そんなことを言う先生。
「本当ですか?」
先生は「はい」とかぶりを縦に振る。
これは思わぬ情報だ。まさかこんなタイミングで目撃者が来てくれるとは。
「わかりました。ありがとうございます、先生」
そう言って体育館へと向かう。少し躍起になってしまい、俺がその廊下を駆けだしてしまうと、
「廊下は走っちゃだめですよ!」
その大きな髪飾りで纏めていた黒髪を振り向かせて、そう俺に怒ったのだった。