第一章 〜死ねない・君〜 9⇔
そこは暮れの校庭。部活が早く終わり、帰宅準備を済ませた女子高生Aは、教室で友達としゃべっていると、ある事に気づく。
「あ、足切れてる……」
いつそれはなったのだろう。ヒザに何かで切ったような傷ができている。見た程度では大したことのない傷。
「どうしたの?」
一緒にいたその女子高生Aの友達が尋ねてくる。
「いや、なんか足どっかで切ったみたい」
「え? うわ! 血でんじゃん! 保健室行ったら?」
彼女は特に痛みはなかった。ただ血が滴り落ちて、今履いている白いソックスにつくのは、少しめんどくさいかなとだけ思っている。
「いーよ。ティッシュで拭いとけば何とかなるでしょ」
「ダメよ。ちゃんと消毒しなきゃ。バイ菌入ったら大変だよ」
この程度の傷でこれほど心配されるのも少し悪いと感じた。しかたないので、女子高生Aは保健室へ行くことにする。
「わかった。じゃあちょっと行ってくるから、先に帰ってて」
「え? 私も行くよ」
「いい。この程度の怪我、すぐ消毒終わるから追いつくよ」
女子高生Aは友人に帰るように促す。それは本当にこの程度の切り傷で、付き添いになってもらうのも悪いと思ったからだ。
「……そう。わかった」
最後まで心配そうな顔をして、その友人は帰って行った。一人、残った彼女は保健室に向かうことにした。
「失礼しまーす」
ノックをして、保健室へと入る。しかしその部屋には誰もいない。
「あれ? 保健室の先生いないのかな……」
その先生が早く帰るということはあまりない。最低でも全部活が終わるまでは残っているはずなのだ。女子高生Aはそのことを知っていたので、室内にある椅子に腰をかけ待つことにする。消毒ぐらい自分でできるが、あまり勝手に室内のものを触っては悪いと思い、とどまる。
何分か椅子に何もせずに座っていると眠気が襲ってくる。それも当然だろう。ハードな練習の後なのだ。疲れもたまっている。
なので彼女は眠りについた。
それが突発的な眠気ではなく、故意的なものだとは気づかずに。
目が覚めると、そこは知らない場所だった。
俯いていた目が捉えたのはコンクリートの床。
そして両手両足は鎖で拘束され、なぜか首輪が付いている。
自分の陥っている状況をまだうまく飲み込めていない。夢なのか、という疑念の方が今は勝っている。
なのでその虚ろな頭で、その辺りを見回してみた。
そして一瞬で、頭が回転し始める。
「……え?」
そこは紅の壁、紅の床、紅の天井。いつかテレビで見た、トマトを投げ合う祭のことを思い出すが、それ以上の濃厚な『あか』がべっとりと一面に広がる。
「目が覚めたの?」
ある声がする。それはその部屋の奥。暗がりでよくは見えない。なにせ、一面が悪趣味な紅く塗られたコンクリートで、光といえばそこに一つだけついている、電球ぐらいしかないのだ。
「気分はどう? 気持ちよさそうな顔をしていたけど」
どこかで聞いたことのある声。しかしそれだけじゃ人物を特定できない。いやそれよりも、彼女には知りたいことがあった。
「ここ、どこ? 私にこんなことをして、どうするつもり?」
冷静を装おうとしたが、わずかに声が震えてしまう。そんな様子を見て、その闇にいる人物はクスリと笑う。
「さぁ? どこでしょうね。別に今更、貴方がそれを知ったところで変わらない。そして、私の動機も同様に」
そう言って、そいつは近づいてくる。
まるで、闇の空間そのものが迫ってくるような圧迫。
「いや……。何するの……」
その恐怖に、女子高生Aは涙を浮かべる。それを見たその闇は、更に口元を釣り上げた。
「簡単なことよ。――タダ、アナタヲコロスダケ」
そうして、振り上げたのはアイスピック。鋭い切っ先のそれは最初、首輪の付いた喉の上を貫く。
「や……」
何かを言おうとするが、それすらもその一刺しでかき消される。
ザン、ザン、ザンと、次々に彼女の体に穴を開けていく。
はじめは泣き叫んでいたその少女は、すでに何も思わないただのボロ人形。
「クク……」
そうして、気が済むまで刺し続ける。蜂の巣。それを連想させるような光景だった。
「……ふぅ。こんなものね」
そして、最後に取り出したのは、同じように鋭い、空の注射器。
「さぁ、贄。貴方も私の一部となる。よかったわね。永遠の時を私と過ごすの。なにせ私は……死ねないんだもの」
そう彼女は呟く。血があふれ出ている、目の前の死人を眺めながら。
そして、その注射器を血で満たす。
またその部屋は、紅く塗り直されたのであった。