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祭囃子が聞こえる。

作者: 折門 深上

念のため明記して起きますが、本作品に政治的なメッセージは全く含まれていませんので。

 すでに夕刻。太陽も一日の役目を終えて西へと沈む頃合いだ。

 ここは、中心地からやや東北にある林道。人々が今日という日に浮かれる中、ちっとも笑みを浮かべない者が二人いた。

 片方は男だ。名をツルギという。烏帽子風の黒い被り物をしていて、身にまとっているのは狩衣のようなもの。どちらかというと、日本武尊のような印象を受けた。

 もう片方は女。名をカガミという。こちらは薄い着物の上から飛鳥時代の朝服のような衣を着ている。

 時代錯誤を絵に描いて表したような二人は、また手に持つものも異様。男は両刃の剣を腰に下げ、女は人の顔くらい大きさをしたの鏡面を胸に抱いている。そして、互いに首からは緑の勾玉を下げていた。

「今年もまた来るか」

 ツルギが口を開いた。いつもはことあるごとに説教を始め、相手が反省するまで止めないような彼も今ばかりは口数が少ない。

「そのようですね」

 ツルギの言葉にカガミが答える。

 二人はこれから始まるとある儀式の準備のために、数週間前からあれこれと奔走していた。本来ならば三人で行う準備だ。だが、ツルギとカガミは二人だけで準備を済ませている。それに加えて二人は鍛錬やら道具の手入れやらにも余念がない。並の者ならとっくに精根尽き果てているだろう。

「ツルギ様」

 カガミの声に頷いたツルギは中心地から外に向う林道の先へと目を向ける。

 刻々と進む時。地平線に埋没する太陽、その姿が九分九厘消えかけた瞬間だった。

「来たぞ!」

 林道の先に、何かがいた。最初こそ数匹しか見えなかった何かは次第にその数を増してゆき、足早にこちらへと向ってくる。

 数十、いや数百はいるだろう。

「今年も懲りずによく来たな!礼も弁えない無礼者ども、この先へは行かせぬぞ!」

 ツルギの声に反応した何かが彼に向って突っ込んでくる。

その大群は、地を掛ける者もいれば空を飛ぶ者、空を泳ぐ者もいた。そこにいるのに存在が感じられない異形たち。その肉体は人間や動物のようなそれではなく、重みある風が絡まりあったような幽鬼のものだ。

「まずは……、お前かぁ!」

 もはや眼前まで迫ってきた異形の戦闘を飛ぶ何かが、ツルギの振り下ろした両刃の剣にて絶ち裂かれた。音を発する暇も無く両断された幽鬼は絶たれた瞬間、全ての速度を失ってその場に崩れ落ち、骸となる。数秒、きりもやのような体が地面に留まっていたかと思えば、次の瞬間には溶けるように骸が消えた。

 二人を無視して林道を渡ろうとしていた幽鬼たちがその進行を止める。

「止メタ」

 言葉を発したのは大群の後方にいた幽鬼だった。その言葉を皮切りに、次々と幽鬼たちが声を上げる。

「我ラヲ斬ッタ」「何モノダ」「触レラレル」「危ナイ」「何モノダ」「倒ス」「知ラナイ」「危険ダ」「倒スノカ」「斬ラレル」「イヤダ」

 音は振動ではなく、心そのもののようだ。伝わるのではなく、無理やりに理解させられる。

「今年はかなり新参者が増えたのですね。幽鬼様」

 カガミが幽鬼に声をかける。その相手は大群の先頭辺りにいたものだ。

「マダ我ラヲ様ト呼ブカ。久シイナ、娘」

 その幽鬼が発した言葉はそれまでの幽鬼たちとは違い、しっかりとしたものだった。その幽鬼の言葉を皮切りに、先頭にいた幽鬼たちが次々と言葉を上げる。

「飽キヌモノダ」「久シイナ」「マタオ前達カ」「今年モ頼ム」「久シイ」「手加減セヌゾ」「倒スゾ」「倒サレルゾ」「感謝スル」「マタ会ッタナ」「オ前ラ」「我ラノ敵」

 次々とつむがれる言葉は何かの呪文のように頭の中に響き渡る。幽鬼たちはまるでバラバラに喋り、その感情を読み取ることは難しい。

 幽鬼たちの言葉を遮るように、ツルギが一歩前に出た。

「あぁ、そうだ。我らはお前達の敵だ。忘れたものは思い出せ。この剣の切れ味をその身で確かめてやろう」

 ツルギに続き、カガミも前に出た。

「今年の宵もお召しませ。我らを敵とお召しませ。宴の用意は万端に、知るもの知らぬもの隔てなくおもてなしいたしましょう」

 男は剣を構え、女は鏡を天に掲げる。

 そして、最も先頭に立つ幽鬼が告げた。


「サア―――今年ノ宴ヲ始メヨウ!」


 声とともに数百もの幽鬼がカガミに群がった。多勢に無勢とはまさにこのことか。カガミはたちまち薄紫の霧の中に沈み、幽鬼の体によって姿が見えなくなった。恐らく、先に癒しの術を持つものを片付けてから人海戦術に移るつもりなのだろう。軍としては小規模とはいえ、幽鬼たちは数百もいるのだ。到底ツルギ一人で相手できる数ではない。

 しかし、ツルギは幽鬼の行動に呆れかえるような顔をした。

「どうやら、記憶はまだ曖昧のようだな。カガミ!」

 薄紫の霧の中から、眩いばかりの光があふれ出る。あの鏡面は、かつて太陽の化身を映し出したことがあるのだ。このような芸当はカガミにとって朝飯前なのだろう。

 光はしだいに膨れ上がり、幽鬼の抵抗が極限まできたところで爆発した。ツルギは思わず目をつぶり、周りでたゆたっていた幽鬼たちは光から逃げるようにして身を守る。

「今年はまたいきなり手荒いのですね。思わず全力を出してしまいました」

 爆心地に立つカガミは髪の縺れ一つすらなく、悠々とその場に立っていた。

「他の幽鬼様方も、どうぞこちらへいらっしゃいませ!」

 カガミの持つ鏡面が光を放ち、先ほどの爆発とは違って直線状の光線が数匹の幽鬼を消滅させた。


 再び、激しい戦いが始まる。

 ツルギが四方八方から襲いくる幽鬼を断ち切りながら追いたてて、幽鬼が一点に群がったところでカガミが光線で一網打尽にする。これは事前に決められた戦法ではない。ただ純粋に互いが互いを知りつくし、状況によって最善の行動を取っているだけなのだ。

 ツルギが振るう剣は、その刀身に触れた幽鬼を問答無用で両断する。仲間の身を気にせずに幽鬼を一匹づつ狙うのならば、スタミナが無限に続くならばという条件さえ叶えばツルギ一人でこの儀式は事足りるのである。

 二匹の幽鬼を一薙ぎで倒しそのまま跳躍する。その着地点で鬼爪を構える幽鬼をカガミが吹き飛ばし、ツルギは無事に着地する。そのまま剣を上下に振り上げ振り下ろし、刀身から逃げる幽鬼たちを蹴散らしながらある一点へと向う。今まで斬っていたのは今年からこの儀式に加わったものだ。ツルギの本当の狙いは、五十数年間この儀式に参加し続ける最古参。それは、カガミの言葉に返事返した幽鬼。

 幽鬼の方もツルギの狙いが自分だと気づいたらしく、その身を変えていく。希薄だった存在感が急激に増し、身体が岩へと変わる。両爪は他の幽鬼の四、五倍の長さとなり、一角獣を模したかのような角は螺旋を伴う槍と化す。

「来イ! 男ヨ!!」

 幽鬼の正面までたどり着いたツルギはその声と同時に、スライディングの要領で幽鬼の下をすべりくぐった。そしてツルギの後ろから現れたのは、先ほどのように膨れ上がった光を鏡面から放つ直前のカガミ。彼女が立つ位置はちょうど、最古参の幽鬼へと向うツルギが蹴散らした幽鬼たちによって形作られていたドーム状の中心だった。

「貴様ラッ……!」

 最古参一人を狙うはずだった剣は地へと伏せ、百数十まで数を減らしていた残り全ての幽鬼が鏡面の爆発に巻き込まれた。

 砂塵のまう林道に残った幽鬼はただ一匹。岩になったことでダメージを減らすことの出来た最古参の幽鬼のみだった。しかし、皮膚のあちらこちらが剥がれ落ち、もはや満身創痍である。

「貴様ラ、貴様ラァ!」

 正面に立ちカガミの姿を確認した幽鬼が、全身の邪気を持って咆哮する。

 直後、幽鬼の胸から剣が飛び出した。見れば、幽鬼の背後に潜んだツルギが、更に力をこめて剣を幽鬼の身に沈めていた。

「五十数年。よくそれだけの間、私の剣から逃れ続けることができたものだ」

「さぁ、幽鬼様。今年の儀式を終わりにしましょう」

 この状態でカガミが光線を放てば、いくら岩化しているとはいえ耐え切ることはできないだろう。カガミの言葉通り、これで今年の儀式は終わ―――。


「ガアアアアアァァァァァッッッ!!」


 ツルギとカガミは終わりを確信して気が緩んでしまったのか、幽鬼の反撃に反応することができなかった。

 幽鬼は自滅を覚悟したのか、自ら身体を捻って剣から逃れる。振り向くと同時に硬直したままのツルギの左肩口から右のわき腹へと鬼爪を振るい、薙いだ。

「ぐっ……!」

 幽鬼は更に槍と化した頭上の螺旋一角をツルギの首筋目掛けて突き出し、―――ようやく反応したカガミの光線によって力尽きた。

「ツルギ様っ!」

 襲来の合図となった沈みかけの太陽はすでに沈みきっており、朧月に照らされるツルギの血は黒さのみが窺える。すでに林道には幽鬼の姿はなく、ツルギとカガミだけがその場に残されていた。

「む……っぐ、油断してしまったな。あぁ、あの者は五十数年も戦い続けているのだ。老獪を甘く見すぎたか」

「しかし、これでようやくあの方の魂も浄化できたでしょう」

 カガミの言葉に、ツルギは満足そうに頷く。


 元来、幽鬼とは無差別に生物を襲う存在である。家畜は貪り、人間は引き裂く。生物に害をなすことしかできない幽鬼と、幽鬼に対抗する術を身につけた人間との戦いは、互いに滅するか虐殺されるかの酷いものだった。

 そんな中、幽鬼から生者を守り、幽鬼すらも救おうとする者がいた。勾玉の循環機能を利用して構築された『儀式』は自動的に周囲の幽鬼を呼び寄せ、剣と光によって負った傷を一年がかりで癒す。そして、幾度もの戦闘において幽鬼に決闘という概念を植え付け、全力の戦いを持って幽鬼を『浄化』させるのだ。

 このシステムを完成させるには、儀式の場を通常の空間から切り離す剣、切り離された世界に枠をつけて固定化する鏡、そして世界を維持させるために永久運動機関である勾玉が必要である。

 つまり、ツルギとカガミ、そして俺の三人が揃って、はじめてシステムは完成するのだ。


「タマ、そろそろ怪我を癒してくれないか?」

「そういえば今回は一度も癒してくれませんでしたね。幽鬼様の方々も私とタマ様をお間違いになっていましたし……。酷いですわ、タマ様」

 ずっと林の中で身を隠していた俺はぶちキレて林道へと飛び出した。

「っがーー! タマって呼ぶなっつってんだろーがー!」

「あら、可愛いじゃないですか。タマ様」

「マガタマだから略してタマだろ。まぁ、タマが気に入らないのならば今はタマと呼ばないでおこう。だから早めに傷を癒してくれタマ」

 ツルギもカガミも悪気はないのだ。それが理解できるので、俺はこれ以上怒りをぶつけることができない。


 悲劇は突然だった。ある日、ツルギがこう言い出したのだ。

『マガタマってのは何か語呂が悪いな。これからは略してガマと呼ぼう』

 当然、俺はものすごく反論した。この時はカガミも『ガマは酷いのでは……』といってこちらの味方になってくれたのだが、『なら前半を略してタマにしよう。これならカガミも気に入るだろう』というツルギの言葉によって、カガミはあっさりと敵に寝返った。

 というか、なぜそこで俺が気に入る名前ではなくカガミの気に入る名前を考えるか、ツルギ!


「ぐぁぁ……!! いいか、今回は傷も深そうだし無条件で癒してやる! だけど、次からはタマって呼ぶのを止めないと癒してやんないからな!」

「判ったよ、タマ」

「わぁ……、顔赤くして地団駄を踏むタマ様も可愛いですわ」

 十にも満たないような外見をしている俺は、ことあるごとにツルギとカガミから年下扱いを受ける。俺も俺で、凛々しい青年の姿をしたツルギをついつい尊敬してしまい、ほんやりしたカガミを見ると何も言い返せなくなってしまうのだ。

 その結果、弄られる俺とからかう二人という力関係が出来上がってしまったのである。

「ったく」

 精神を集中して、ツルギが身につけている勾玉へと力を送る。同時にツルギのマガタマは内側から光が溢れ、その光はツルギを丸ごと包み込んだ。

「お見事です、タマ様」

 光が収束すると、肉とともに切り裂かれた衣も新品同様の状態となってツルギのダメージを癒していた。

「いつもながら見事なものだ」

「本当に。タマ様、次は私を癒してくれませんか? タマ様の 癒しは全身から余計な力が抜けてゆき、体の内側がタマ様で満たされるような……とても幸せな気持ちになれるのです」

 頬を薄桃色に上気させたカガミが突然俺に顔を寄せてきた。不意打ちを食らった俺は、一瞬で顔が赤くなる。

「あら、お顔が苺様のように真っ赤ですよ。タマ様?」

「だ、誰がお前なんか癒してやるか! 自分でどうにかしろー!」

「そ、そんなぁ。タマ様が私をいじめます……」

 つい気恥ずかしくなった俺は乱暴にカガミを突き飛ばして、ツルギの後ろへと隠れた。カガミはそんな俺を恨めしそう……というか、捨てられた子犬のような目で見つめてくる。そして、いつの間にか俺の後ろに回り、カガミに向って俺を突き飛ばすツルギ。満面の笑みで俺を抱きしめながらキャッチするカガミ。


―――判った、こいつら最強なんだ。


 もういっそのこと無視を決め込んでやろうかと考えかけていた俺の耳に、中心地―――境内の方から太鼓の音が聞こえた。

「祭り、始まったな」

「えぇ。今年も無事に祭りが開けましたね」

 ツルギの声に、カガミはようやく俺を解放して―といっても肩に手を置いたままだったが―、三人で境内の方角を眺めた。

「さて、そろそろ戻ろうか。今日はとにかく草臥れた」

「そうですね、行きましょうか」

「へいへい」

 いつの間にか浴衣姿になっていた俺達は本殿へと向って歩き出した。

 神器とはいっても所詮はレプリカの身。九十九の神と成っても本物には及ぶべくもない。実は、儀式が一年単位で行われるのは俺達が力を蓄える期間という意味合いの方が強かったりするのだ。

 今年も祭りは開かれた。太鼓の音に笛が重なり、明るい境内に響き渡った音たちは雑踏の中に溶け込んでゆく。

 今日も今日とて祭囃子は鳴り響き、俺たちは静かに休むのだった。


和風です。

誰がなんと言おうとこれは和風なんです!

ごめんなさい、実は和風書くの苦手です。

ともかく、苦手なジャンルで挑戦した結果を見て笑ってやってください。

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