第九話 伯爵の検定試験
モンフォール伯
二十代の頃から体型が変わっていないのではないかと囁かれる美丈夫だ。
外交官としての才覚もさることながら、類まれなる変人でもあった。
だが同時に家族思いで情に厚いことも俺、エドガー・バレンティンはよく知っている。
夫人は王族の血を引く隣国の侯爵令嬢で、外交で訪れた伯に惚れ込み、半ば父親を脅して我が国に嫁いできたという、これまた相当に豪胆な女性だ。
だが産後の体調不良をきっかけに、アレクシスを伴って母国で療養していた。
伯は外交官であることをいいことに半ば通い婚のような状態だった。不在の間モンフォール家を任される家令たちはさぞ苦労したことだろう。
「モンフォールの家督を継ぐ者に必要なのは、性別や血統ではない。あらゆる状況下で自己を完璧に偽装し、相手の裏をかき、望む成果を掴み取る圧倒的な『腹芸と度胸』だ」
隣国の学院を三年で早期卒業したアレクシスに父親が課したのが、「一年間の男装アカデミー生活」だった。
アカデミーの最終学年、身分や背景や分野の異なる秀才たちと接することで、自国の理解をより深めること。
まあ、建前上そうは言っても父親としては娘の美貌に男子生徒が群がって、学業どころではなくなることを危惧したのではないかと推察している。
アカデミーの最終学年ともなれば、ただでさえ多くはないクラスメイトの女性には既に婚約者がいることも多い。家を通して近づこうとする者は父親がシャットアウトする。男装していれば煩わされることは少ないだろう。
俺もその方が都合がいい。変な虫は付かない方がいい。
幸いにも、アレクはこの国では人前に姿を現していなかったため、シークレットブーツと緻密な仕立ての服、そして完璧な立ち振る舞いで「美しい伯爵家の跡継ぎ公子」を演じきることは容易かった。
公爵家も全面的に協力して「公子アレクシス」の噂を流した。
過酷な試練、と言えばそうなのだが、あの親にしてこの子あり。どうやらアレク自身もちょっと面白がっている様子なのは俺にも見てとれた。
定期的な伯への報告。
どこまでアレクのフォローができるか。
これは婿としての俺の資質のテストでもある。
「で、我が『息子』の首尾はどうかな、エドガーくん」
王都の別邸にて、モンフォール伯は俺が提出した報告書に目を通しながら、楽しそうに目を細めた。
「完璧です。男としての振る舞いにも一切の隙がありません。学園の連中は誰一人として、あの美しい公子様が実は可憐な令嬢だとは夢にも思っていないでしょう」
「ふむ。トラブルへの対処にも十分な成長を見せているようで何よりだ。これなら卒業と同時に、胸を張ってモンフォールの家督を譲れる」
満足げに頷いた伯は、ふと報告書から顔を上げ、鋭い眼光を俺に向けた。
「ところで、エドガーくん。君自身の話だが……君は将来、モンフォール女伯となったアレクシスをどう支えるつもりかい?」
「私は彼女が表舞台で存分に腕を振るえるよう、公爵家の後ろ盾と私の持つすべての手足を使って、裏方の雑務や政敵の排除を引き受けます」
即座にそう答えた俺に対し、伯はふっと鼻で笑った。
「甘いなぁ」
「……甘い、ですか?」
「アレクシスの影に隠れて、彼女の指示通りに動くだけの男では困るな。モンフォールの婿となる者に求めているのは、単なる有能な従者ではない。……それだけでは足りないよ。君自身は何ができる?」
伯は組んだ指の上に顎を乗せ、試すような視線を投げてくる。
「アレクシスには才がある。だがそれゆえに、時に興味の向くまま暴走する。あの『雨の日の件』だってそうだ。毒ではないと分かっていても、相手の企みを見届けるために睡眠薬を口にするような狂気を秘めている。……君は、それを止められるのかな? あるいは、その暴走すらも利用して我が家に利益をもたらす覚悟があるのかな?」
試すような問いかけに、俺は口元を緩めた。
「ご安心ください。私はアレクシスの暴走をただ指をくわえて見ているつもりはありません」
「ほう?」
「彼女が興味に任せて踏み出す一歩の先を予測し、あらかじめ敵の逃げ道を塞ぎ、相手を完全に詰みの状態へ追い込む演出をする——それが私の役割です」
「ふっ! なるほど、暴走を前提に状況を整える、暴走の演出家というわけか……」
伯は痛快そうに机を叩いて笑った。
「報告書にある例の少女——リゼット・モローだったか? アレクシスがすっかりお気に入りのようだが、君から見てどうかい?」
「能力に関しては文句のつけようがありませんよ。一度見たものを完全に記憶する頭脳、相手の意図を即座に察する勘の良さ、口も立つ。そして『玉の輿』のためなら一世一代の大芝居を打つ度胸。……正真正銘、我が校が誇る優秀な生徒です」
「ふむ。アレクシスが惚れ込むのも無理はないな。私の補佐官になりうると思うか?」
「それはご容赦ください。アレクシスが彼女を囲い込む気満々です」
「わかったよ。今回はあの子に譲ろう。……優秀な後継者に、頼もしい婿、そして優秀な補佐役……我が家の将来は安泰だね!」
伯爵は上機嫌でワイングラスを傾けた。
頼もしい婿、か。
どうやら及第点はもらえたらしい。




