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第5章 奪われた心、選んだ力

 朝、王都は曇っていた。陽は差しているはずなのに、光はどこか鈍く、空気が重い。


 アシュレイの穢れは安定している。ゆえに数値は理想値――神殿にとって、これ以上ない“成功”だった。


「情動依存、解消」

「聖騎士は、安定装置として最適化済み」


 地下から届く報告は、どこまでも平坦だった。そこに人の気配はない。ただ結果だけが並べられている。


 だが私室。鏡の前に立つアシュレイの瞳の奥では、黒が静かに渦巻いていた。内なる穢れの制御を、完璧にこなす。だからこそ、暴走もしない。穢れは感情に呼応する。ならば選べばいい。


 どの感情で、この力を使うのかを――。


「私の穢れは、守られるための力ではない」


 誰にも届かない声で、静かに告げる。


「奪われないための力だ」


 両手を強く握ると、指先に黒が集まる。滲むのではなく、凝縮する。それはやがて、刃の輪郭を持った。


 これまで抑えていた出力を、段階的に解放する。溢れさせない。暴走させない――制御したまま、強めていく。


 その瞬間、地下の水盤が大きく震えた。


「王太子の波形、異常増幅!」


 観測神官の声が跳ね上がる。だがすぐに、異変の質に気づく。


「違う……暴走ではない!」

「これは……振幅が一定だ。制御されている」


 今まで見たことのない観測に、ざわめきが広がる。


「まるで……意図的だ」


 老神官の表情が、初めて強張った。


 水盤に映る波形は乱れていない。むしろ、あまりにも整いすぎている。増幅しているのに崩れない――選んでいる。その事実が、神殿にとって最も異質だった。


 祈祷棟をまとう空気が重くなる。だが人は倒れない。花も枯れない。穢れは広がっている。だが――選別されている。


 圧はゆっくりと確実に、神殿へと向けられていた。


 私室で、アシュレイは目を閉じる。怒りは、燃え上がらない。静かに沈み、核になっている。


「奪うなら――代価を払え」


 低く確かな声が、私室に落ちた。


 もう迷わない。愛する人の“感情”を奪われたのなら、その代償は力で取り立てる。それは守るためではない。

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