第4章 求めるということ 3
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夜の接触時間は、既に終わっている。祈祷棟の灯りも落ち、城は静まり返っていた。100歩の距離を感じながら、窓辺に立っていた。
穢れは静かなのに、胸の奥がどうにも落ち着かない。甘い疼きのように、心をゆらゆら揺らす。
(――いつからだろう。レオンを、ただの聖騎士で見ることができなくなったのは。彼を見る度に、ときめきを感じ始めたのは)
思い出すのは、あの日。分離距離が27歩に定められた直後。神殿は最適解だと喜び、神官たちは成功例だと記録して、誰もが観測する数値だけを見ていた。
ただ一人。レオンだけが、数値を見ていなかった。ある日、なぜか穢れが急上昇した。神殿はレオンに後退を命じた。
「距離を取れ!」
「27歩を越えるな!」
だがレオンは命令を聞かず、迷いなく一歩踏み出す。理由は、ただ一つだった。
「殿下の呼吸が乱れている」
それだけ。水盤の波形ではない。理論でもない。私の顔色だった。
あの瞬間、私は初めて衝撃を受けた。穢れではなく、私自身が“見られている”ことを。王子や国の贄でもない。一人の人間として、レオンは大切に接してくれている。
それが怖かった。そして嬉しかった。心が甘く満ちるような喜びを、初めて感じた。
あのときからだ。抱き締められるたびに、それが任務だと分かっていても、彼の腕は少しだけ強く抱きしめる。規定より、ほんの僅かに。しかも私が震えると、わずかに腕の力が強くなった。それは、誰も気づかない誤差の範囲だった。
でも私は知っている。あれは義務ではない、彼の選択だ。
「……ずるいのは、私だ」
私は先に気づいていた。彼の優しさに。彼の不器用さに。そして自分が、その温度を待っていることに。毎日の接触を、心の底から待ちわびた。甘い予感に胸を高鳴らせて。
だから、あのとき唇を重ねた。穢れが反応しないと分かっていた。数値が変わらないと知っていた。ただ知りたかった。彼が揺れるかどうか。私の想いに、甘く応えてくれるかどうか。
答えは見えた。抱擁を一拍置いて、離れなかった一瞬。あれが答え。互いの心の響き合いを、感じることができた。
「私は、お前を意識した」
それは依存ではない。王子としてではなく一人の人間として。恋する人として。
そして今。レオンの守りが薄くなっているのを感じる。穢れが僅かに彼に触れるだけで、彼の感情が波形に出始めている。
それが痛い。だけど甘い痛みになる。
「私のせいで――」
いや違う。私は選んだ、彼を意識して求めることを。ならば彼が揺れる責任も、半分は私のものだ。ふたりで分かち合う、甘い絆になる。
窓を開けると、夜風が頬に優しく触れる。アシュレイは目を閉じながら、静かに呟く。
「レオン」
遠く離れた場所で、レオンもまた眠れずにいる。なぜか、それが分かったのだった。




