プロローグ
神殿の塔は高く、静かだった。あまりにも静かで、そこに人が幽閉されているとは思えないほどに。空に近い最上階。そこに、ひとりの王子がいる。
アシュレイ・エヴァルド・ヴァレシア。穢れを引き受ける贄として生まれ、ヴァレシア国の繁栄を祈る象徴として幽閉された第三王子。
塔の下から見上げれば、その姿は小さく遠い。でも、レオンハルトは知っている。あの場所が、檻ではないことを――少なくとも自分にとっては。
王子の身体に流れる穢れは、決して暴れるためのものではない。地下深くに眠る“それ”を押さえ込む楔。それが、王子の力だった。
聖騎士の役目は、斬ることではない。彼を守ること。穢れを払うことではなく、穢れが形を保てるよう支えること。
身に着けている銀の鎧に風が触れる。
塔の上で、アシュレイがわずかに身を動かした気配がした。距離は遠い上に、ここからでは声は届かない。それでもレオンハルトは、静かに口を開く。
「聖騎士は、守るために立つ」
それは誓い――神殿に向けた言葉ではない。空に近い塔に囚われた、ひとりの王子へ向けた静かな宣言だった。
「命を捨てることが使命ではない」
吹き荒んでいた風が止まる。
「殿下の隣に立つことが、聖騎士の矜恃です」
見上げた先、王子がほんのわずかに振り向いた気がした。表情は見えないが、それでいい。穢れは静かに揺れているのが、心の目に伝わってくる。
悲しみでなく怒りでもない。ただ運命を受け入れながらも、なお何かを求めている色がそこにある。
レオンハルトは剣の柄に触れる。それは戦うためではない。この場所に立ち続けるための証だった。
王子は、空に近い塔にいる。そして騎士は、地に近い場所に立つ。それでいい、それがいい――運命は、すでに動き出している。




