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第4話:静寂を乱す者は、毒に沈む

 豊村の夜は、王都よりもずっと深い。 紫の霧が月光を乱反射し、視界を遮るこの場所で、人々は死者のように深く眠りにつく。 だが、その静寂を切り裂くように、三つの白い影が音もなくロルフの小屋を囲んだ。


 彼らが纏う法衣の奥で、鈍い光を放つ儀礼具が脈動している。 彼らにとって、この地に眠るシオンは救うべき対象ではない。彼らが崇める神の光を絶やさぬために、世界の歪みを押し込めておく『聖なる器』。古きことわりを維持するための、血の通わぬ供物に過ぎなかった。


 ギィ……、と。  古びた板間が、微かな悲鳴を上げた。斥候が寝室の扉を開けようとした、その時だ。


「……静かにしてくれないか。シオンが、ようやく眠りについたところなんだ」


 暗闇の中から、低い声が響いた。斥候が驚いて顔を上げると、そこには椅子に座り、月明かりを浴びながらナイフでリンゴを剥いているロルフがいた。


「なっ……いつから気づいて……!」「君たちが村の門を抜けた時から。……随分と騒がしい、『懐かしい匂い』をさせていたからね」


 斥候の一人が、焦って呪文を紡ぐ。「聖なる光よ、不浄を撃て――『ルミナス・ボルト』!」放たれたのは、鉄をも溶かす高密度の光の弾丸。だが。


「……変換エクスチェンジ


 ロルフが指を弾いた瞬間、光の弾丸はロルフの目の前でシュン、と小さな紫の煙となって霧散した。「馬鹿な……。ルミナス様の魔法を、なぜ農夫の分際で書き換えられる……!?」


 ロルフは立ち上がり、ゆっくりと歩み寄る。その瞳は、月光を吸い込んで禍々しい紫色に発光していた。


「不思議だよね。……僕は『毒』以外のエネルギーには、干渉できないはずなのに」


 ロルフは消えた光の残滓を、愛おしそうに指で弄んだ。


「でも、君たちの放つこの『光』……。ちっとも綺麗じゃないな。僕の知っているドロドロの毒と、全く同じ匂いがする」


 斥候たちは戦慄した。自分たちが「至高の浄化」と信じて疑わなかった力の正体。その根底に流れる真実を、この男は「匂い」だけで暴いている。


「黙れ、異端が! 我らが神を侮辱する――」


「――静かに、と言っただろう」


 ロルフが静かに告げると、斥候たちの言葉が喉の奥で詰まった。彼らの周囲の大気が、一瞬にして肺を焼く死の気配へと書き換えられたのだ。声を出そうとしても、肺が燃えるような激痛に襲われ、膝から崩れ落ちる。


「……あ、が……っ……!」


 ロルフはもがく彼らの首筋を、冷めた目で見下ろした。その視線は、人間を相手にしているのではなく、ただの「素材」を見定めているかのようですらあった。


「君たちの神様に、一つだけ伝言を頼むよ」


 ロルフは一人の中の毒を少しだけ緩和し、逃げ道を作るように耳元で囁いた。


「『もう、押し付け合いはやめろ。その汚い食事どくは、全部僕がもらう』……ってね」


 ロルフは、声も出せなくなった彼らを一人ずつ村の外へと「排除」した。音もなく、誰にも気づかれることもなく。


 小屋に戻ると、シオンが不安げに目を覚ましていた。 「……ロルフ様? どこかへ、行っていたんですか?」 「いや。ちょっと、庭の『害虫』を駆除していただけだよ」


 ロルフはシオンの銀髪を撫で、再び眠りにつかせる。シオンは幸せそうに微笑み、ロルフの温もりに顔を埋めた。


 夜の静寂は再び戻った。だが、教団が誇る「光」がロルフにとっての「食料」に過ぎないという事実は、間もなく彼らの聖域を揺るがすことになる。


 ――狂った天秤の針が、今、音を立てて折れた。

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