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十年間、王都の魔力汚染を密かに抑えていた農夫を『毒草使いの無能』と追放した結果→王都、崩壊寸前。僕は毒の神子と辺境を黄金の楽園にしてるので、今さら戻れと言われても手遅れです  作者: ジュライ
毒草使いは、世界の価値を書き換える

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第39話:根腐れの中心、夜の剪定計画

 王立土木事務所の地下倉庫は、石造りの壁から少しずつ染み出す地下水の音だけが響く、静かな空間だった。


 古い設計図や工具が無造作に積み上げられた棚の間に置かれた粗末な卓を囲んで、ロルフとシオン、それからメビウスとカイト、そしてエリザが輪になって座っていた。


「まずは、大農園の現状を整理しましょう」


 メビウスが羊皮紙を広げると、王都の全体図が現れた。中央には王宮、その東の城壁沿いに、王立大農園と書かれた広大な区画が広がっている。


「面積は王都の東側の三分の一を占めます。教団が管理を引き受けてからは、農園の周囲に新しい外壁が増築されました。今は教団の聖騎士が二十四時間交代で見張っています。正門は一か所。搬入口が北側に三か所。いずれも教団の証明書がなければ通れません」


「中の様子は?」


 ロルフが尋ねると、メビウスは少し言いにくそうに眉を寄せた。


「潜入できた斥候が一人いましたが……戻ってきたとき、目が虚ろで、あの甘い匂いをまとっていました。自分が農園の中で何をしていたか覚えていないと言って。三日後に熱を出して、今は療養中です」


 沈黙が落ちた。


 カイトが腕を組んで言う。


「つまり、中に入れば教団の香に汚染される。そういうことですよね」


「おそらく農園全体が、あの香で満たされているんでしょう。あれだけの規模で焚き続けていれば、地下から湧き出るようにして充満するはずです」


 ロルフはメビウスの言葉を聞きながら、指先で卓の上をとんとんと叩いた。農園。香。麻痺。地脈を塞ぐダム。


 頭の中で、王都という名の庭の構造が、少しずつ輪郭を帯びていく。


「香に汚染されるということは、中に入った者の判断力を奪って、農園の構造を報告できなくさせている、ということですね」


「おそらく意図的に」


「それだけ、見られたくないものがある」


 ロルフはすっと立ち上がり、全体図の農園の区画に指を置いた。


「根を断つには、根元を見なければなりません。僕が中に入ります」


「ロルフさん!」


 エリザが思わず声を上げた。


「でも、あの香は魔法や体力に関係なく人を狂わせると言って——」


「僕には効きませんよ」


 ロルフはあっさりと言った。エリザが目を丸くする。


「なんで……」


「毒は僕のご飯みたいなものですから。入ってきた瞬間に、交換してしまいます」


 隣に座っていたシオンが、こくりと頷く。


「旦那様の身体は、毒が溜まる前に全部エネルギーに変えてしまうんです。だから毒の多い場所のほうが、むしろ元気になるくらいで」


「…………信じられない」とカイトが呟いた。


 メビウスは深く息を吐いてから、紙の上の農園区画を指でなぞった。


「仮にロルフさんが汚染されないとしても、単独潜入は危険です。農園内部に教団の上位聖職者がいる可能性が高い。あの連中は、杖を使った暴力的な排除も躊躇しません」


「単独ではありません」


 シオンが静かに手を挙げた。


「僕も行きます」


「シオン……」


「旦那様の毒の対価は、僕の毒です。それに——」


 シオンは少し間を置いてから、ゆっくりと続けた。


「あの農園の地下に、神子の祭壇がある気がします」


 空気が変わった。


 ロルフがシオンを見る。シオンの金色の瞳が、どこか遠くを見つめていた。


「……どういうこと?」


「わかりません。でも、王都に入ったときからずっと、地面の下で何かが僕を呼ぶような感覚があって。その声が一番強く聞こえるのが、あの方角なんです」


 シオンが指さしたのは、地図の農園区画のほぼ中心部だった。


 メビウスとカイトが顔を見合わせる。


「神子の祭壇……それが本当なら、教団は大農園の地下に何らかの神聖な場所を設けて、地脈の操作を行っていることになります」


「聖なる力を使って地脈を塞いでいる、ということですか」


 エリザの声が低くなった。


「だとすれば、単に農園の毒を抜くだけでは足りない。祭壇そのものを壊さなければ、地脈の流れは戻らない」


「壊す必要はありませんよ」


 ロルフが言った。全員がロルフを見る。


「塞がっているなら、掘り返せばいい。植え替えればいい。農園というのは本来、大地に感謝して、大地のものを預かる場所です。その原則に戻してやるだけです」


 言葉は穏やかだったが、その静けさの中に、動かせない確信があった。


 カイトが小さく息を吐いた。


「……言い方だけは、いつも農夫らしいですね」


「農夫ですから」


 ロルフは少し笑った。


 その夜、ロルフはメビウスから受け取った農園の古い設計図を、ランプの明かりの下で丁寧に広げた。


 建設当時のもの。教団が管理を引き継ぐ前の、元の農園の姿。


 果樹の配置。灌漑水路の走り方。地下の集水槽の位置。


 ロルフはそれらを一つひとつ確認しながら、指先でなぞっていった。


 昔、自分が働いていた王立植物園の図面とも、少し似ている。同じ時代に、同じ設計思想で作られているからだろう。


 大地の水路に沿って作物を配置し、季節ごとに役割を変えながら、土が休む時間を作る。


 それがこの国の農業の基本だった。


 だが今の農園の様子を聞く限り、その設計はすでに原形をとどめていないはずだ。教団が持ち込んだ聖灰によって土は改造され、地下には何かが増築されて、本来の水路は塞がれている。


「死んだ庭を、もう一度読み直す作業だな」


 ロルフは独り言を言いながら、設計図の余白に小さな文字でメモを書き始めた。


 すると、倉庫の入口に積まれた工具の陰から、小さな気配が動いた。


「……まだ起きてたんですか、シオン」


 ロルフが振り返らずに言うと、シオンが決まり悪そうに姿を現した。毛布を肩に引っ掛けたまま、そっとロルフの隣に腰を下ろす。


「眠れなくて」


「呼ぶ声、まだ聞こえる?」


 シオンは少し考えてから、こくりと頷いた。


「聞こえます。……怖いかというと、怖くはないんです。ただ、何か大切なものを呼ばれているみたいで。引っ張られてるみたいで」


 ロルフは設計図から目を離して、シオンを見た。


 王都に入ってから、シオンは変わらず穏やかで、ロルフの傍にいて、毒を必要なときに差し出してくれる。だが、どこかに張り詰めたものが生まれていた。まるで、知らなかった自分の根が、地面の下で目覚めかけているような——。


「シオン、明日の潜入、無理にとは言わない」


「行きます」


 即答だった。


「旦那様が危ないところに行くのに、僕だけ離れてなんていられません。それに……」


 シオンは膝を抱えて、遠くを見るような目をした。


「あの声は、僕自身の中の何かな気がします。神子として知らなければいけないことが、あそこにある気がして」


 ロルフはしばらくシオンの横顔を見ていた。


 それから、設計図の上に手を置いて言った。


「わかった。二人で行こう」


 ランプの明かりが、二人の影を倉庫の壁に長く伸ばしていた。


 翌朝、夜明けより少し早い時刻。


 ロルフとシオンは作業着姿に着替え、農園への搬入路が走る北側の路地に入った。


 メビウスが手配してくれた、教団の農園に野菜を納品する業者の荷馬車。農夫らしい格好で荷台に乗り込んでいれば、搬入口を通れるはずだった。


 馬車が石畳を揺れながら進む。夜明け前の王都は静かで、路地を吹き抜ける風がまだ少し冷たかった。


 ロルフはシオンの手の甲に、そっと触れた。


「大丈夫?」


「はい」


 シオンは少し緊張した顔で頷いた。


 馬車が農園の搬入口に近づく。篝火の明かりの中で、聖騎士の鎧が光っている。


 ロルフはクワを腰の横に当てながら、ふと思った。


 王立植物園を追放されたとき、自分はまさにこの農園の前を通った。


 大きな外壁を見上げて、自分には縁のない場所だと思いながら。


 それが今、中に入ろうとしている。


 世の中というのは、不思議なものだ。


「止まれ」


 聖騎士が馬車の前に立った。


 御者台に座った業者の男が、震える手で証明書を差し出す。


 ロルフは荷台でじっと待った。シオンが隣でわずかに息を止めているのが、わかった。


 聖騎士が証明書を確認し、こちらに視線をやる。


 ロルフは目を伏せて、農夫然とした表情を崩さなかった。


 重い沈黙。


 それから——搬入口の大きな鉄扉が、ゆっくりと開き始めた。


 馬車が動き出す。


 ロルフは静かに目を細めた。


 庭師の仕事は、まず庭の中に入ることから始まる。


 根腐れの原因を確かめるのは、そこからだ。

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