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十年間、王都の魔力汚染を密かに抑えていた農夫を『毒草使いの無能』と追放した結果→王都、崩壊寸前。僕は毒の神子と辺境を黄金の楽園にしてるので、今さら戻れと言われても手遅れです  作者: ジュライ
毒草使いは、世界の価値を書き換える

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第38話:熱狂の熱、職人の夕立

 夕闇の迫る路地裏。湿った空気の中に、焦げた砂糖のような甘い匂いと、剥き出しの殺意が充満していた。

 路地の両端を塞いだのは、教団の息がかかった自警団――という名の、ごく普通の市民たちだ。パン屋の親父、靴職人の見習い、若き母親。彼らの目は教団の香によって血走り、手には「聖なる炎」と呼ばれる、一度火を噴けば消えることのない焼夷弾が握られていた。


「教団の敵を逃がすな! 王女を誑かす悪魔を焼き払え!」


 扇動者の叫びに、民衆が呼応する。彼らは本気で、自分たちが正義のために戦っていると信じ込まされていた。


「待って! 彼らはただの市民よ……傷つけるわけにはいかないわ!」


 エリザが悲鳴に近い声を上げ、腰の剣に手をかけながらも踏みとどまる。一ヶ月の修行で「命の根」の尊さを学んだ彼女にとって、守るべき民を斬ることは死よりも辛い選択だった。

 ロルフは、飛んでくる罵声や石つぶてを避けることもせず、冷徹な目で暴徒たちの呼吸を観察していた。


「……やれやれ。みんな、頭に血が上りすぎだね。土が熱を持ちすぎると、中の芽まで焼けて死んじゃうよ。シオン、少しの間だけ、我慢してて」


 ロルフは使い古されたクワの先を、路地の石畳の隙間に、土の深層を探るように鋭く突き立てた。


「媒介にするのは、彼らが抱えている『焼夷弾の熱エネルギー』。それと、場に満ちた『昂揚した魔力』だ」


 シオンがロルフの背中に手を添える。瞬時に、破壊的な「エネルギー」がロルフへと流れ込み、彼の手元で緻密な術式へと書き換えられていく。


「交換だよ。シオンの毒を対価に、この不自然な熱気を、**【急速な冷却と凝縮】**へとひっくり返す」


 ――ドォッ!!


 クワの柄が鳴った。次の瞬間、路地裏に「奇跡」ではない「現象」が起きた。

 暴徒たちが投げようとしていた焼夷弾が、着火する直前に白く凍りつき、ただの湿った泥の塊となって地面に転がった。それだけではない。彼らの体から立ち上っていた興奮の熱が、急激な温度変化によって一気に奪われ、路地全体を視界も遮るほどの「濃い霧」と、氷のように冷たい「夕立」が包み込んだ。


「ひゃっ!? つ、冷たい……! なんだ、この霧は!」


 熱狂に浮かされていた民衆の脳が、物理的な冷却によって強制的に「停止」する。脳に上っていた血が下がり、血管が収縮する。戦意という名の熱を失った彼らは、まるで憑き物が落ちたようにその場にへたり込み、激しい震えと共に深い疲労感に襲われた。


「……今のうちに。シオン、エリザ、足元に気をつけて」


 ロルフは二人の手を引き、霧の向こう側へと足早に進んだ。

 霧の出口では、エリザの護衛である隠密のカイトが、信じられないものを見る目で立ち尽くしていた。


「……信じられん。魔術による爆発も、殺傷もなく、これだけの人数を無力化するとは。一体、どのような術を?」


「術じゃないよ。ただの『打ち水』さ。打ちすぎると、風邪を引かせちゃうけどね」


 ロルフは淡々と答えながら、呆然としているエリザを振り返った。

「エリザ、あの子たちは悪くない。ただ、悪い空気を吸わされすぎて、自分の体温が分からなくなっていただけだ。まずは、深呼吸できる場所へ行こう。……君も、少し肩の力が入りすぎだよ」


 師匠の変わらぬ平熱の言葉に、エリザは震える手で自分の胸を押さえ、深く、深く息を吐き出した。


 カイトに導かれ、一行が辿り着いたのは、下町の入り組んだ場所にある「王立土木事務所」の地下倉庫だった。

 そこはかつて、王都の地下水路や地盤を管理していた職人たちの古い作業場で、今では教団の息がかかっていないメビウスの数少ない「隠れ家」の一つだ。


 埃っぽい部屋の中で、メビウスが苦渋に満ちた表情で待ち構えていた。

「……ロルフ殿、王女殿下。ご無事で何よりです。……現在、陛下は教団の放つ『結晶』なしでは、食事すら喉を通らない状態にあります。側近もすべて教団の息がかかった者に挿げ替えられました。王宮はもはや、巨大な『結晶の貯蔵庫』と化しています」


「……王様の『根』が腐っているなら、植え替えるか、接ぎ木し直すしかないね」


 ロルフは作業場の隅にあった古い王都の地図を広げた。彼が指差したのは、王城の真下ではない。街の北側に位置する、広大な緑の領域――「王立大農園」だった。


「昨日、スラムで詰まりを掃除した時に分かったんだ。この街の地脈(水路)をせき止めている『ダム』の正体は、王城じゃなくてここにある」


 ロルフの言葉に、メビウスが息を呑む。

「大農園……? 確かに、あそこは教団が管理するようになってから、王都全体の『聖なる野菜』の供給元となっていますが……」


「美味しい野菜を作るためじゃない。あそこは、王都中の栄養を吸い上げて、毒に変えるための『ろ過装置』になっているんだ。あそこの水をひっくり返せば、王都全体の息継ぎができるようになる」


 ロルフはクワを傍らに立てかけ、職人の鋭い目つきで地図を見据えた。


「明日は大農園の視察に行こう。……美味しい野菜を収穫するためじゃない。この街の病んだ『水』を、全部ひっくり返すためにね」


 王都を揺るがす「大工事」の準備が、密かに、しかし着実に始まった。

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