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十年間、王都の魔力汚染を密かに抑えていた農夫を『毒草使いの無能』と追放した結果→王都、崩壊寸前。僕は毒の神子と辺境を黄金の楽園にしてるので、今さら戻れと言われても手遅れです  作者: ジュライ
毒草使いは、世界の価値を書き換える

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第31話:空の清掃と、鉄の種

 泥濘に沈んだ五百の騎士団。その動揺を塗り潰すように、空が異様な赤黒さに染まった。

 雲を割り、ゆっくりと降下してきたのは、一人の少年だった。シオンとよく似た年恰好、そしてシオンと同じ「神子の服」を纏っているが、その瞳には光がなく、ただ教団の呪詛を垂れ流すためだけの「空っぽの器」としての気配を放っている。


「……偽物アーティファクト

 シオンが震える声で呟いた。

 空中の少年が手を広げると、その指先から赤黒い胞子が滝のように溢れ出した。それは風に乗り、豊村ゆたかむらの森へと降り注ぐ。胞子が触れた瞬間、ロルフが丹念に育てた防衛植物の葉が、断末魔のような音を立てて黒く腐り落ちていった。


「やれやれ。根っこも土も無視して、ただ枯らすことだけを目的に作られた種か。……あんな不自然なもの、庭に置いておいたら翌朝の空気が不味くなる」


 ロルフはクワを肩に担ぎ直し、空を見上げた。胞子の雨は村を包囲するように広がり、このままでは数分と経たずに村全体が死の土地と化すだろう。


「ロルフ殿、何をしている! 早く逃げ……いや、あの空をどうにかできるのか!?」

 泥の中に腰まで埋まったメビウスが叫ぶ。彼は能吏として、あの胞子が教団の禁忌「大規模腐食呪術」であることを知っていた。



「……シオン、少しだけ深呼吸して。君の毒を、僕の指先に集めてくれるかい?」


「……はい、ロルフ様!」


 シオンがロルフの背中に手を添える。純粋で破壊的な毒が、ロルフのクワへと流れ込む。だが、空中の広範囲を浄化するには、シオンのエネルギーを変換するための「質量」が圧倒的に足りない。

 ロルフの視線が、足元で泥に塗れている騎士たちに向けられた。


「メビウスさん。騎士団の人たちに、あとで謝っておいて。……彼らが着ているその立派な甲冑、少しばかり『間引き』させてもらうよ。どうせ、この泥の中じゃ重いだけだろう?」


「なっ、間引きだと……?」


 ロルフがクワを大きく円を描くように振るった。

 その瞬間、等価交換の術式が泥濘の中の騎士たちを包み込む。


「……交換だよ。彼らの甲冑の表面メッキに使われている『高純度の魔導鋼』。それを対価に、空を掃除するための『塵』を作る」


 シュルシュルと、奇妙な音が響いた。

 数百の騎士たちの甲冑から、魔力を帯びた鋼の成分だけが、粒子となって吸い出されていく。騎士たちの鎧は一瞬で輝きを失い、錆びた鉄のような色に変質した。

 集まった鋼の粒子は、ロルフの頭上で巨大な銀色の渦を作り出した。



 ロルフは、銀の渦の中にシオンの毒を叩き込んだ。

 本来なら反発し合うはずの「無機質な鋼」と「有機的な毒」。それを職人の手つきで無理やり練り合わせ、一つの新しい物質へと書き換える。


「……さあ、仕事の時間だ。空を汚す不純物を、全部拾ってきなさい」


 ロルフがクワを天に突き出した。

 掌から放たれた無数の「銀色の粒」が、重力を無視して空へと撃ち上げられた。それはまるで、地から天へと逆流する雨のようだった。


「銀の種」たちは、空中で爆発的に拡散した。

 一粒一粒が磁石のような性質を帯び、空を覆っていた赤黒い胞子を次々と吸着していく。吸着した胞子は、種に含まれたシオンの毒によって瞬時に分解され、無害な「炭の塵」へと変わっていく。


「ば、馬鹿な……。教団の禁忌魔術が、ただの鉄の粒に食われていくというのか……!?」

 泥の中から騎士団長が絶望の声を上げる。


 空を覆っていた赤黒い雲は、銀の粒に飲み込まれ、キラキラと輝く星屑のような灰となって地上へ降り注いだ。それは腐敗の雨ではなく、大地を僅かに潤す「鉄分入りの肥料」へと変質していた。



 胞子という武器を失い、魔力をロルフの術式に干渉され尽くした空中の少年――「偽の神子」は、糸の切れた人形のようにバランスを崩した。


 ロルフはクワを動かし、風の流れを操る。

 落下する少年を衝撃で叩きつけるのではなく、植物の蔦を空中で編み上げ、柔らかなベッドのように受け止めた。


「……シオン、彼を運んで。意識はないみたいだけど、酷い使い方をされた痕がある。……少し休ませてあげないとね」


 シオンは複雑な表情で、自分と瓜二つの少年に歩み寄った。少年は蒼白な顔で眠りについており、その呼吸は弱々しい。


 騎士団の後方で胞子を操っていた教団の隠密たちは、自分たちの切り札が「農夫の収穫作業」のような手つきで無力化されたことに戦慄し、蜘蛛の子を散らすように撤退していった。



 村の入り口には、再び静寂が訪れた。

 泥の中に沈み、ボロボロの錆びた鎧を着た五百の騎士団。そして、呆然と立ち尽くすメビウス。


「……。国家の軍勢と教団の禁忌を、たった一人で……」


「やれやれ。言っただろう、メビウスさん。僕は庭師だ。……庭に落ちたゴミを拾って、少しばかり肥料に作り替えただけだよ」


 ロルフはクワを肩に担ぎ直し、腰を叩いた。

「……さて、シオン。連中が置いていったこの泥、後で良い土にするのが大変そうだ。……でも、その前にあの少年の手当てをしよう。リゼット、お湯を沸かしておいてくれるかい?」


 勝利の宣言などない。ただ、明日の農作業を心配する隠居者の言葉だけが響く。

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