第3話:毒の果実は、蜜の味
「……正気か、あんた!? そんな禍々しい種を植えるなんて!」
翌朝。村の広場に隣接した荒れ地で、ロルフが種をまこうとすると、老婆をはじめとする住民たちが血相を変えて飛んできた。ロルフの手にあるのは、どす黒い斑点がついた歪な形の種――王都では『死を招く種』として厳重に封印されていた猛毒草の種だ。
「大丈夫ですよ。この土地の毒には、この草が一番相性がいいんです」
ロルフは事も無げに言うと、指先で土を掘り、種を埋めていく。そして、傍らに寄り添うシオンを振り返った。
「シオン、ちょっと手伝ってくれるかな」「……はい、ロルフ様。僕のすべて、使ってください」
シオンは少し恥ずかしそうに、だが決意を秘めた瞳でロルフに歩み寄る。彼は自ら服の襟元を少し緩め、白く細い首筋をロルフの前に差し出した。そこからは、目に見えるほどの濃密な紫色の「神の毒」が陽炎のように立ち上っている。
「……いただきます」
ロルフがその首筋に手を触れると、シオンが「ひゃんっ……」と短く甘い声を漏らした。体内に流れ込む、爆発的なエネルギー。
(変換波形を書き換える。生命力を……『時間の加速』と『果実の甘味』へ!)
【毒素等価交換:事象変換・成長加速】
ロルフが地面に掌を突き立てた瞬間、どす黒い魔力の波紋が土壌を駆け抜けた。直後、地響きとともに芽が吹き出し、まるで生き物のようにうねりながら空へと伸びていく。一分と経たぬうちに、荒れ地は巨大な紫のツルが絡み合う「毒の果樹園」へと変貌した。
「な、なんだってんだ……」「一晩どころか、数秒で実がなったぞ!?」
ツルの先には、完熟したマンゴーのような形の、紫色の果実がたわわに実っている。ロルフはその一つをもぎ取り、皮を剥いて一口かじった。
「うん、最高だ。毒気が抜けて、魔力が体に満ちていくのがわかる」
それを見た一人の飢えた子供が、辛抱たまらず果実にかじりついた。「ま、待て! 死ぬぞ!」という大人の制止も虚しく、子供は目を輝かせた。
「……おいしい! すっごく甘いよ、これ! お母さんも食べて!」
子供の言葉に、恐る恐る手を伸ばした母親が一口食べ――その場に泣き崩れた。「ああ……力が、力が戻ってくるわ……。ここ数年、ずっと体が重くて、死ぬのを待つだけだったのに……!」
それを皮切りに、住民たちが次々と果実にかじりついた。「なんだこれ、口の中でとろけるぞ! 都のリンゴよりずっと美味い!」「見てくれ、じいさんの顔色が良くなった! 毒で動かなかった指が動くぞ!」
広場は一変して、祭りのような喧騒に包まれた。昨日まで地面を這うように歩いていた老人たちが、背筋を伸ばして笑い合っている。毒に侵され、ただ死を待っていた村人たちが、生きる活力を取り戻した瞬間の、震えるような歓喜の声。老婆の村長も、果実の汁を口の端からこぼしながら、涙を流してロルフを仰ぎ見た。
「……あんたは、救世主だ。豊村を地獄から救い出してくれた……本物の聖農家様だよ!」
一方その頃。王都・王立植物園は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「報告します! 聖女様のバラ園に続き、王宮直轄の穀倉地帯も全滅! すべてが黒く溶けて異臭を放っています!」「なんだとぉっ!?」
報告を受けたバルトロ主任は、脂汗を滝のように流していた。彼が「除草」の名の下に撒き散らした最高級除草剤。それが、ロルフが密かに管理していた「浄化の毒草」を全滅させた結果、土壌の自浄作用が消失。さらに、ロルフが食い止めていた「魔界の胞子」が王都中に蔓延し始めたのだ。
「し、主任! 王家の方々にも、魔力が抜けて動けなくなる『魔力衰退症』の兆候が……!原因不明の病だと大騒ぎです!」「ええい、黙れ! あんな無能な農夫が一人いなくなっただけで、こんなことになるはずがないだろうがぁ!」
バルトロの絶叫が響くが、彼の手元にある「目録」には、解決策は一つも記されていなかった。
豊村、夜。満腹になった住民たちが寝静まる中、ロルフは小屋の縁側に座り、夜空を見上げていた。
「……ロルフ様」
隣に座ったシオンが、そっとロルフの肩に頭を預けてくる。毒を吸い取られた後の彼は、いつも以上に中性的で、壊れ物のような危うい美しさを放っていた。
「今日の変換、すごかったです。……僕、もっとロルフ様のお役に立ちたい」「十分助かってるよ。シオンがいなきゃ、あの森で死んでたのは僕の方だ」
ロルフがそう言って微笑むと、シオンは顔を赤くし、裾を握る手に力を込めた。
「……旦那様が望むなら、僕の体、どう使ってもいいですから。毒も、命も、……それ以外も」
その言葉に含まれた熱っぽい響きに、ロルフは少しだけ動揺した。 恋愛感情なのか、それとも神の末裔としての本能的な執着なのか。
王都が崩壊へと向かう中、この「毒の楽園」だけが、奇妙で甘い静寂に包まれていた。




