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十年間、王都の魔力汚染を密かに抑えていた農夫を『毒草使いの無能』と追放した結果→王都、崩壊寸前。僕は毒の神子と辺境を黄金の楽園にしてるので、今さら戻れと言われても手遅れです  作者: ジュライ
毒草使いは、世界の価値を書き換える

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第29話:静かなる余波と、風の便り

 王都郊外での「交渉」を終え、ロルフとシオンが豊村に戻ったのは、東の空が白み始めた頃だった。

 ロルフは、寝不足など微塵も感じさせない足取りで、そのまま朝の畑へと向かった。昨夜、伯爵の鼻先で死の熱量を弄んでいた手は、今、土にまみれて大きく育ったカブを丁寧に引き抜いている。


「……シオン、腰が入ってないよ。収穫は土への感謝を込めて、一気に、かつ優しく抜くんだ」


「は、はい、ロルフ様……!」


 シオンは眠い目を擦りながらも、昨日よりも確実に力強くなった手つきで作業に従事していた。伯爵邸での出来事は、彼に恐怖ではなく、「自分の力は、正しく使えば悪意を沈黙させられる」という、静かな自信を与えていた。


 そこへ、家のほうからエプロン姿のリゼットが、腰に手を当てて歩いてきた。


「二人とも! 朝からどこへ行っていたんですか? 起きたらもぬけの殻で、私、また誰かに連れ去られたのかと心臓が止まる思いだったんですよ!」


「やれやれ、リゼット。ちょっとシオンの特訓を兼ねて、夜の散歩に行っていただけだよ。……ほら、今日の大根は瑞々しくて最高だ。朝食の味噌汁に入れてよ」


 ロルフはひょいとカブをリゼットの籠に放り込み、のんびりと笑う。その平穏な笑顔の裏に、一晩で王都の有力貴族を失脚させた「怪物の影」など、露ほども感じられなかった。



 一方、王都は混乱に包まれていた。

 有力貴族、フェルディナンド伯爵が「急病」を理由にすべての公職を退き、領地に引きこもるという報が、朝一番で政界を駆け巡ったからだ。


 伯爵邸の調査に当たった魔導師たちは、一様に首を傾げていた。


「……信じられん。邸宅の外装も、高価な美術品も、物理的には指一本触れられた形跡がない。だが、伯爵が数万金かけて張り巡らせた防御結界の魔力リソースだけが、綺麗に、根こそぎ『吸い出されて』消えている……!」


 魔導院の副院長・ボルツは、報告書を読み終えると、奥歯を噛み締めた。

 単なる破壊なら、いくらでも対応のしようがある。だが、この「奪わずに無力化する」という芸当は、自分たちの魔導理論を根本から嘲笑う、未知の技術だ。


「……農夫、か。あの儀式師が言っていた狂言は、真実だったというわけだ」


 ボルツの脳裏に、かつて勇者パーティーに在籍していた「やれやれ」が口癖の、冴えない男の顔が浮かんだ。しかし、すぐにそれを打ち消す。あの男に、これほどの真似ができるはずがない。


「教団の連中は、これでもまだ『隠密部隊』で対応できると思っているのか。……いいだろう。これより王宮騎士団、第三、第四大隊の動員を要請する。……村ごと、あの神子と怪物を包囲し、一気に押し潰す」



 王都の一角。庶民的な酒場の片隅で、メビウスとエリザは深刻な顔で向き合っていた。

 彼らの元には、現役時代のコネクションを通じて、伯爵邸の異変の詳細が届いていた。


「……『破壊の形跡はなく、ただ魔力だけが消えていた』。そして、部屋には微かに『土と森の香り』が残っていたそうよ」


 エリザが声を潜めて告げると、メビウスは苦笑してジョッキを置いた。


「……間違いない。ロルフさんだ。あの人は昔から、無駄なことが嫌いだった。魔力を効率よく吸い取って、別のエネルギーに転換する……彼にとって、魔術の防壁も『質のいい肥料』に過ぎないんだろうな」


「でもメビウス。魔導院はこれを『国家への挑戦』と受け取ったわ。騎士団の正規兵が動く。……ロルフ殿がどれほど強くても、何百人、何千人の兵士と正面から戦えば、あの静かな村は……」


 メビウスは立ち上がり、剣の柄を握り直した。

「ああ。ロルフさんは村を守るために動いたんだ。今度は、俺たちが動く番だ。……エリザ、聖教会の『上の連中』の動きを探ってくれ。俺は騎士団の進軍ルートを遅らせる」


「ええ。……あの方の庭を、これ以上荒らさせはしないわ」



 だが、事態は想像以上に、不気味な方向へと進んでいた。

 王都の地下、教団の秘密祭壇。そこでは、魔導院の合理性とは無縁の、狂気的な「儀式」が執り行われていた。


「……伯爵は、我々の期待に応えられなかった。凡夫には、神子の器を扱う資格はない」


 大司教が冷酷に呟く。彼の前には、巨大な水槽があり、その中にはシオンに似た容姿を持つ、しかし感情を欠いた数人の少年たちが漂っていた。


「シオンという『本物』が手に入らぬなら、この『偽の神子』たちを豊村の土に還してやろう。……彼らの中に蓄えた毒が、あの大地を根こそぎ腐らせるはずだ」



 夕暮れの豊村。

 ロルフは、収穫したばかりのカブを井戸水で洗っていた。冷たい水が心地よいはずのその時、彼の指先がふと、何らかの「違和感」を捉えた。


 井戸の底から上がってくる水の波長が、僅かに濁っている。

 それは、昨日までのような「人間の悪意」といった生ぬるいものではなく、大地の循環そのものを逆行させるような、生理的な嫌悪感を伴う振動だった。


「……ロルフ様?」

 異変に気づいたシオンが、ロルフの背中に寄り添う。


「シオン、村の境界線の森を見てごらん」


 シオンが目を向けると、そこにはロルフが植えた防衛用の植物を食い破るようにして、見たこともない「赤黒い花」が、毒々しい胞子を撒き散らしながら急速に芽吹いていた。


「……やれやれ。根っこから腐りきった連中が、今度は直接、僕の庭に『枯れ葉剤』を撒きに来たみたいだね」


 ロルフはクワを握り直し、その瞳を鋭く細めた。

 王宮騎士団、そして教団の禁忌。

 豊村を巡る戦いは、もはや「掃除」で済むレベルを超えようとしていた。

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