表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十年間、王都の魔力汚染を密かに抑えていた農夫を『毒草使いの無能』と追放した結果→王都、崩壊寸前。僕は毒の神子と辺境を黄金の楽園にしてるので、今さら戻れと言われても手遅れです  作者: ジュライ
毒草使いは、世界の価値を書き換える

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/54

第28話:庭師の夜這いと、沈黙の邸宅

 襲撃を退けたその日の深夜、豊村は静寂を取り戻していた。しかし、ロルフは愛用のクワを手に、旅の身支度を整えていた。


「ロルフ様、やはり行くのですね」


 家の前で待っていたのはシオンだった。彼は自分の内側に眠る毒が、再び誰かに利用されることを何よりも恐れていた。


「やれやれ、隠し事はできないね。……雑草を抜いたら、その種がどこから飛んできたか確かめなきゃいけない。そうしないと、また来年も同じ掃除をすることになるからね」


「僕も行かせてください。……僕の力が招いたことです。僕がどう扱われるべきか、その相手に自分の目と言葉で伝えたいんです」


 ロルフは少しだけ困ったように眉を下げたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「いいよ。……ただ、庭師の仕事は『静かに』やるのが基本だ。騒がしいのは好きじゃないからね」


 ロルフはクワを地面に突き立てた。土の中に張り巡らされた「根の道」を通じて、二人の姿は夜の帳へと溶け込んでいった。



 王都郊外、フェルディナンド伯爵邸。

 豪華な石造りの壁には、教団から贈られたという「不純な魔力」を帯びた防衛結界が張り巡らされていた。だが、ロルフにとってそれは、換気の悪い部屋に溜まったすすのようなものだった。


 ロルフは指先で結界の膜に触れ、シオンの手を握った。


「シオン、君の毒をほんの一滴だけ、僕の指先に貸して。……この『防壁』という名の汚れを、少しだけ中和するんだ」


 シオンが集中すると、微量の毒がロルフの指先を通じて結界へと流れ込んだ。

 パリン、と音がしたわけではない。ただ、重厚な魔術の壁が、熟しすぎた果実が弾けるように、音もなくその「機能」だけを失った。


 見張りの兵たちは眠り草の胞子に包まれ、立ったまま穏やかな夢の中へ。

 ロルフとシオンは、鍵を壊すことも、扉を蹴り開けることもなく、植物の根が隙間を通るように、伯爵の私室へと足を踏み入れた。



 私室では、フェルディナンド伯爵が教団の使者と、次の策について密談を交わしていた。


「……あのような田舎村、適当な罪を被せて焼き払えば済む話だ。神子さえ手に入れば、教団との契約も――」


「――火を扱うなら、風向きを考えたほうがいい。自分の袖に火がつくのは、農家じゃなくても避けるべき失敗だよ」


 部屋の隅、月光の届かない影から、穏やかな声が響いた。

 伯爵は悲鳴を上げようとしたが、喉が引き攣って音が出ない。いつの間にか、部屋のあちこちから伸びた細い蔦が、彼の衣服の繊維と絡み合い、椅子から立ち上がることさえ禁じていた。


「き、貴様……。あの村の……!」


「こんばんは、伯爵。夜分に失礼。……君が僕の村に置いていった『忘れ物』を届けに来たんだ。……ああ、動かないほうがいい。壊すのは好きじゃないんだ。この部屋の美しい調度品も、君が着ている高価な服もね」


 ロルフは部屋の中央にある大理石のテーブルに、昼間回収した暗殺者のブローチを静かに置いた。


「……君は、等価交換の本当の意味を知っているかい? 価値あるものを差し出し、相応の対価を得る。……でも、君が村に差し出したのは『悪意』という名の毒だった。……だから、それに見合う対価を今、君から受け取りに来たんだ」



 ロルフがクワを床にトントンと叩く。

 シオンは一歩前に出ると、ロルフの合図に応えて、自らの毒を部屋の空気に僅かに解放した。


「シオン、空気をかき混ぜて。……この部屋にある、不純な魔力の残滓エネルギーを全部拾い集めるんだ」


 シオンの黒い魔力が、部屋の豪華な装飾品や壁の隠し魔導具に宿っていたエネルギーを無理やり引きずり出していく。

 ロルフは掌を広げると、シオンが呼び寄せた魔力と毒を、一点へと集中させた。


 バチバチと火花が散り、ロルフの手の上に、漆黒と紫が混ざり合った「禍々しい光の球」が形成される。それは、伯爵が多額の金をかけて屋敷に施した防衛機構や装飾用の魔力を、ロルフが等価交換の技術で強引に「物理的なエネルギーの塊」へと圧縮したものだった。


 ロルフの手の中で、その球体はまるで心臓のようにドクン、ドクンと脈動し、触れれば部屋ごと吹き飛ばしかねない圧倒的な圧力を放っている。


「……見ての通り、壊してはいないよ。ただ、君がこの部屋に溜め込んでいた魔力を、シオンの毒を触媒にして、少しだけ『扱いやすい形』にまとめさせてもらっただけだ」


 ロルフは、その弾けんばかりのエネルギー球を、伯爵の鼻先に近づけた。伯爵の顔が、恐怖で土色に染まる。


「これが弾けたら、君自慢の屋敷も、君自身も、跡形もなく消えるだろうね。……君が次に僕の村を覗こうとしたら……いいかい、伯爵。庭師っていうのはね、雑草を抜くだけじゃない。不必要な枝を切り落とすのも、大切な仕事なんだ」



「わ、わかった……。二度と、二度と手は出さん! 教団との繋がりも断つ! だから、その手を引いてくれ……!」


 伯爵は、眼前の死の塊と、それを平然と弄ぶロルフの底知れない怪物性に、完全に屈服した。


「……やれやれ、話が早くて助かったよ」


 ロルフが指を鳴らすと、手の中のエネルギー球は、シュルシュルと萎むようにして一粒の「真っ黒な種」へと姿を変え、床にハラハラと落ちた。蔦の拘束も解かれ、部屋は一瞬で元の静寂を取り戻した。


 調度品も、伯爵の服も、物理的には無傷。だが、伯爵の精神は、一生消えない恐怖という刻印を押されていた。


 ロルフとシオンは、再び夜の闇へと消えていった。


 帰りの「根の道」の中、シオンがふと尋ねた。

「ロルフ様。……本当は、あの力で全部を終わらせることもできたんですよね?」


「……そうだね。でも、それは庭師の仕事じゃない。……無駄な破壊は、土を汚すだけだから。……それに、あの伯爵が怯えながら生き続けるほうが、村にとっては最高の『防虫剤』になるだろう?」


 ロルフはいつもの「やれやれ」という表情で笑い、王都の方角を一度だけ振り返った。

 回収した手帳の中身は、すでに彼の頭の中にすべて収まっている。


「……さて、シオン。明日の朝は、今日より少し丁寧に大根の世話をしなきゃ。……良い交渉ができた後の土は、きっと美味しい野菜を育ててくれるはずだからね」


 月明かりの下、二人の影は静かに豊村へと帰っていった。

 王都の権力者が、一人の庭師に「恐怖」という名の敗北を喫した、静かな夜の出来事だった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ