第27話:独善の私兵と、闇に潜む牙
豊村の入り口に、不釣り合いな金属音が響き渡った。
街道を埋め尽くしたのは、王都の有力貴族、フェルディナンド伯爵が独断で派遣した私兵団「銀の鷹」の一団である。教団と深く癒着し、神子の力を私物化せんとする伯爵の野欲が、ついに物理的な暴力となって村へと牙を剥いたのだ。
「――この村に『神子』が匿われていることは判明している! 直ちに引き渡せば、村人の命までは取らぬ!」
先頭に立つ兵団長が、馬上で傲慢に言い放つ。
村の境界線に立ち、クワを杖にしてそれを見上げるのはロルフだ。背後には、緊張した面持ちのシオンが控えている。
「……やれやれ。神子なんて仰々しいのはここにはいないよ。いるのは、僕の仕事を手伝ってくれる見習いの少年だけだ。許可なく私有地に入るなら、不法侵入として処理させてもらうけど」
「黙れ、卑しい農夫が! ……魔導師部隊、やれ! 抵抗する意志を焼き払え!」
兵団長の合図とともに、後方に控えていた私兵魔導師たちが一斉に呪文を唱える。彼らが放ったのは、攻撃性を高めるために「不純な魔力石」を触媒にした火炎魔術だった。
飛来する数多の火球。ロルフはそれを、避けることもなく見据えた。
「シオン、昨日の練習通りに。……君の『毒』を、僕の足元の土に流し込んで」
「はい、ロルフ様……!」
シオンが地面に両手を突く。彼の内側から溢れ出した漆黒のエネルギーが、土中を伝ってロルフのクワへと収束する。ロルフは、その破壊的な「毒」を燃料として、等価交換の天秤を動かした。
「……交換だよ。シオンの毒の一部を、土の密度を高める『結合エネルギー』に」
ロルフがクワの石突きで地面を叩く。
刹那、飛来する火球の熱を飲み込むようにして、地面から巨大な土の防壁がせり上がった。ただの土ではない。シオンの絶大な毒を対価に、瞬時に分子構造が書き換えられ、鉄よりも硬い「硬質セラミックス」へと変質した防壁だ。
ドォォォォンッ! という爆音とともに火球が激突するが、防壁は微塵も揺るがない。
「バカな……火炎魔術を、土の壁だけで防ぎきっただと!? どんな高位の障壁魔法を使っている!」
「魔法じゃない。……君たちが踏んでいるこの土が、君たちの無礼を嫌がっているだけだよ」
正面で私兵団が騒いでいる影で、風の音さえ立てずに動く影があった。
私兵に紛れ込んでいた教団直属の暗殺部隊「鴉」だ。彼らは伯爵の私兵などハナから囮としか思っていない。狙いは、ロルフが防壁に集中している隙を突いた、シオンの強奪。
彼らはロルフの死角から、地面を滑るようにしてシオンが控える家の裏手へと肉薄した。その短剣には、魔獣の血から精製された「麻痺の毒」が塗られている。
「……見つけたぞ、神子」
暗殺者が影から飛び出し、シオンの首筋に手を伸ばす。
だが、シオンは怯えなかった。ロルフと共に過ごし、自分の「毒」が価値あるものに変えられる瞬間を何度も見てきたからだ。
「……来ないで!」
シオンが反射的に突き出した手から、制御しきれない毒の霧が爆発的に噴き出す。暗殺者の短剣に塗られた「安っぽい毒」は、シオンの「神子の毒」という圧倒的な格差に触れた瞬間、逆に分解され、暗殺者自身の腕を激しく腐食させた。
「ぐ、あああああッ!? な、なんだ、この毒は……! 私の魔力まで侵食されて……!」
「……裏口の方は、あまり掃除が行き届いていなかったかな」
正面の防壁を維持したまま、ロルフが暗殺者の背後に立っていた。いつの間に移動したのか、あるいは土を通じて現れたのか。
「君たちが持っているその短剣の毒……。せっかくだから、有効活用させてもらうよ」
ロルフは暗殺者の手から落ちた毒塗りの短剣を、素手で掴んだ。通常なら即死するはずの毒が、ロルフの指先に触れた瞬間、輝く粒へと変換されていく。
「シオンが放った『余剰の毒』と、この短剣の『毒』。……これを対価に、君たちの足を地面に固定させてもらう。……植物の肥やしには少し毒が強すぎるけど、重石にはちょうどいい」
ロルフがクワを一閃させると、暗殺者たちの足元の土が、シオンと短剣の毒のエネルギーを吸って急激に盛り上がり、彼らの膝までを「石化」させて封じ込めた。
「ひ、ひぃぃっ……! 何だ、お前は……! 毒を、毒をそのまま触媒に術を編むなど……!」
「ただの庭師だよ。……さて、表の連中も一緒に片付けようか」
正面の私兵団は、自分たちの攻撃がすべて土の壁に吸収され、逆にそのエネルギーで周囲の植物が異常成長し、退路を断たれていることに絶望していた。
ロルフは、石化した暗殺者たちと、蔦に捕らえられた私兵団の兵団長を村の外まで「押し出す」ように土の波で運ばせた。
「今日はここまでだ。……君たちの持ってきた毒は、全部この村の防壁を固めるために使わせてもらったよ。……伯爵に伝えなさい。次に村を汚しに来るなら、その時は君たちの着ている甲冑の『鉄』を対価に、もっと大きな罠を張るってね」
圧倒的な敗北感を植え付けられた私兵団は、散り散りになって逃げ出した。
残されたのは、平穏を取り戻しつつある豊村と、自分の力で暗殺者を一度退けたシオンの、少しだけ自信に満ちた表情だった。
「ロルフ様……。僕の毒、ちゃんと使えましたか?」
「ああ。最高の燃料だったよ、シオン。……でも、次はもっと楽に耕せる方法を考えよう。掃除に力を使いすぎると、大根の芽が出る前に腰を痛めちゃうからね」
ロルフはいつもの「やれやれ」という表情に戻り、クワを肩に担ぎ直した。
だが、回収した暗殺者の装束に刻まれた教団の紋章を見つめるその瞳には、次なる「害虫」を見据える冷徹な計算が宿っていた。




