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十年間、王都の魔力汚染を密かに抑えていた農夫を『毒草使いの無能』と追放した結果→王都、崩壊寸前。僕は毒の神子と辺境を黄金の楽園にしてるので、今さら戻れと言われても手遅れです  作者: ジュライ
毒草使いは、世界の価値を書き換える

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第21話:囁きの先遣と、静かな反撃

 豊村の朝は、いつもより慎重に始まった。紫の霧は薄く、果樹の葉に残った露が朝陽を受けてきらめく。子供たちの笑い声が畑の向こうから聞こえ、薬師たちは新しい調合を確かめ合っている。だが、村の空気には前回の緊張の残滓がまだ漂っていた。誰もが、あの馬群が再び来るかもしれないことを忘れてはいなかった。


 見張りの青年が丘の向こうを指差し、息を詰める。遠く、馬の蹄の音が低く響いていた。前回と同じ紋章を掲げた私兵の一隊が、再び豊村へ向かっているという報せだ。ただし今回は、旗の数は少なく、隊列は整然としている。


「……また来たか」

 ロルフは縁側で毒草の種を指先で転がしながら、小さく息を吐いた。


 背後でシオンが不安げに袖を握る。「ロルフ様……僕、また迷惑を……」

「違うよ、シオン。君のせいじゃない。これは“外の事情”だ。僕たちは僕たちのやり方で守るだけだよ」


 ロルフは優しくシオンの頭を撫でた。シオンはその手に額を寄せ、震えを抑えるように深呼吸した。


「……僕は後ろにいます。ロルフ様の邪魔はしません。でも……何かあったら、すぐに呼んでください」

「もちろん。君がいてくれるだけで十分だ」


 その言葉に、シオンの頬がわずかに赤く染まった。



 先遣隊が村の外れに到着した。隊長は白布を掲げ、礼を尽くすように使者を送った。使者は丁寧な言葉で名乗り、貴族の名を告げる。だが、使者の腰に下がる小さな護符に、見慣れない渦の紋様が刻まれているのをロルフは見逃さなかった。


(……この“匂い”。前に襲ってきた連中と似ている。毒でも魔力でもない……何か、もっと古い力の残り香だ)


 ロルフは眉を寄せたが、表情には出さなかった。


「我らは貴族の命により、豊村の資源を一時徴収する。協力すれば被害は最小限に留める。拒めば強制執行する」


 使者の声は丁寧だが、背後の兵士たちは緊張に満ちている。


 ロルフは一歩前に出た。


「ここは奪われる場所ではありません。話し合いなら応じます。ですが、力づくで奪うなら、僕たちは守ります」


 その声は静かだが、揺るぎない芯があった。




 隊列の後方で、若い兵士カイが隊長に小声で囁いた。


「隊長殿……本当にやるんですか? ここ、ただの村ですよ。子供も老人も……」

「命令だ。貴族の命令は絶対だ」


 隊長は短く答えたが、その声には迷いが滲んでいた。


「でも……俺の妹、病気で……。あの子たちの顔を見ると、どうしても……」


 カイの声は震えていた。隊長はしばらく黙り、遠くの村を見つめた。


「……カイ。お前の気持ちは分かる。俺だって、こんな命令は好きじゃない。だが、逆らえば家族ごと処罰される。貴族の命令とは、そういうものだ」


「……でも、隊長殿は、どう思ってるんですか?」


 隊長は目を伏せた。


「……俺は、ただの兵だ。考えることを許されていない」


 その言葉は、カイの胸に深く刺さった。



 ロルフは村の顔を一つずつ示した。薬師の皺だらけの手、子供の泥だらけの膝、老婆の震える笑顔。


「僕たちは、ここで生きています。奪われるために生きているわけではありません。どうか、顔を見てください」


 使者は礼を崩さずに頷いたが、その目は冷たかった。


 ロルフは続けた。


「あなた方が何を恐れているのか、僕には分かりません。でも、ここを壊しても、何も得られませんよ」


 その言葉に、隊長の眉がわずかに動いた。



 ロルフはシオンに目で合図を送った。シオンは頷き、村の周囲に小さな仕掛けを施し始める。毒の性質を変え、攻撃性を和らげる香を漂わせる。触れた者の衝動を鎮め、冷静さを取り戻させる——人を傷つけずに戦意を削ぐための工夫だ。


「ロルフ様……これ、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫。これは“守るための毒”だよ。誰も傷つけない」


 シオンは胸に手を当て、ほっと息を吐いた。


「……僕、ロルフ様のそういうところが……好きです」

「え?」

「な、なんでもないです!」


 シオンは真っ赤になって顔を背けた。



 香が風に乗ると、先遣隊の兵士たちの表情が変わった。怒りや焦燥が薄れ、戸惑いが広がる。


「……なんだ、この気持ち……」

「落ち着け。深呼吸しろ」


 カイは剣を鞘に戻し、隊長の方を見た。


「隊長殿……これ以上は……」

「……」


 隊長は短く唾を吐き、使者に目を向けた。


「一時撤退する。だが、これは終わりではない。上が納得すれば、また来るだろう」


 その声には、命令に従う者の諦めと、良心の揺らぎが混じっていた。



 村は安堵のため息を漏らしたが、ロルフの胸には冷たいものが残った。


 夜、ロルフとシオンは縁側に座り、回収した護符の断片を見つめていた。


「ロルフ様……これ、何の紋様なんでしょう」

「分からない。でも……前に襲ってきた連中と似た“匂い”がする。毒でも魔力でもない……もっと古い、何かだ」


「怖くないんですか?」

「怖いよ。でも、君がいるから大丈夫だ」


 シオンは目を見開き、そして静かに微笑んだ。


「……僕も、ロルフ様がいるから大丈夫です」



 遠く、王都の方角で黒い雲がゆっくりと形を変えていく。護符の紋様はまだ意味を成さない断片に過ぎない。だが一つだけ確かなことがある——次に来るのは、単なる私兵ではない。


 村の外で囁かれる力は、もっと深く、もっと古いものだ。


 ロルフはその気配を胸に刻み、シオンと共に次の一手を準備し始めた。

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