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十年間、王都の魔力汚染を密かに抑えていた農夫を『毒草使いの無能』と追放した結果→王都、崩壊寸前。僕は毒の神子と辺境を黄金の楽園にしてるので、今さら戻れと言われても手遅れです  作者: ジュライ
毒草使いは、世界の価値を書き換える

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第15話:豊村の日常と、規格外の隣人たち

 王都から帰還して数日。「ゆたかむら」の朝は、驚くほど静かに、そしていつも通りに始まった。


 窓から差し込む柔らかな陽光と、森の木々が発する清涼な魔力の気配。ロルフは大きく欠伸をしながらベッドから起き上がると、まずは窓を開けて深く呼吸をした。肺の奥まで洗われるような、澄み切った空気。王都のあの鼻を突くような異臭と、人々のどろりとした欲望が混ざり合った淀んだ空気とは、もはや別の世界のもののようだった。


「……ふぅ。やれやれ、やっぱり自分の家が一番だね」


 ロルフが庭へ出ると、そこにはすでに朝の仕事を終えようとしているシオンの姿があった。シオンはロルフの姿を認めると、手に持っていた水桶を置き、音もなくその場に膝をついた。


「おはようございます、ロルフ様。菜園の全区画、および村の境界付近への散水、完了しております。土壌の魔力配分にも乱れはありません。すべてロルフ様が望まれる通りの状態です」


「おはよう、シオン。……やれやれ、相変わらず仕事が早いね。でも、そんなに気負わなくても大丈夫だよ? ここは王都じゃないんだから」


「滅相もございません。ロルフ様が管理されるこの大地を、一刻たりとも疎かにするわけにはいきませんから」


 シオンの表情は至って真面目だった。王都での騒動を経て、彼の忠誠心はどこか「信仰」に近い域に達しているようにも見える。ロルフとしては少しこそばゆいのだが、本人が納得してやっているのならと、いつものように「やれやれ」と受け流すことにした。


「ロルフ様、シオン、朝ごはんができましたよ!」


 台所からリゼットの明るい声が響く。テーブルに並べられたのは、村で採れたばかりの野菜をふんだんに使ったスープと、香ばしく焼き上げられたパン。そして、近所の農家から分けてもらったという卵だ。


「おいしそうだね。……それじゃ、いただこうか」


 ロルフが椅子に座り、卵を割ろうとして手を止めた。  コツ、コツ。  包丁の背で軽く卵を叩いてみるが、割れる気配がない。それどころか、金属のような「キンッ」という硬質な音が響く。


「……ねえ、リゼット。この卵、ちょっと硬すぎないかな?」


「あ、やっぱりそう思います? 私もさっき、割るのに少し苦労しちゃって。結局、裏庭にある石に叩きつけてようやく割ったんですよ」


「……。ロルフ様、この卵からは微弱な防御魔力が検出されています。恐らく、鶏たちが食べている餌……ロルフ様が改良されたあの穀物の栄養が、殻の構成成分を異常に強化しているものかと」


 シオンが冷静に分析する。ロルフは「やれやれ」と呟きながら、少しだけ手に力を込めて卵を割った。中身は驚くほど濃厚な黄金色をしており、一口食べれば全身の活力がみなぎるのが分かる。


「まあ、美味しいからいいんだけどね。……でも、殻を割るのに気合が必要な卵っていうのも、どうなんだろうね」



 朝食を終え、ロルフたちは村の広場へと散歩に出た。豊村の中心部は、今日も平和そのもの……のはずだったが、そこには王都の常識では計り知れない光景が広がっていた。


「お、ロルフの旦那! 帰りなせえ!」


 声をかけてきたのは、近所の農家のヨハンさんだ。彼は現在、自分の畑を耕している最中なのだが、その様子がどうもおかしい。


「ズガガガガガガガガガッ!!」


 ヨハンさんがクワを振り下ろすたびに、小型の爆発でも起きたかのような土煙が舞う。猛烈なスピードでクワを往復させる彼の姿は、もはや人間のそれではなく、高速回転する掘削機のようだった。


「……ヨハンさん、ちょっと飛ばしすぎじゃないかな? 土が柔らかくなりすぎて、砂嵐みたいになってるよ」


「ははは! いやあ、旦那に分けてもらった肥料を撒いたら、なんだか体が軽くてよお! クワが勝手に動くっていうか、地面が豆腐みたいにサクサク耕せちまうんだ!」


 ヨハンさんの背後には、わずか数分で完璧に耕し終えられた広大な畑が広がっていた。シオンがその様子をじっと観察し、ロルフの耳元で囁く。


「……ロルフ様。あの方の筋肉密度が、先週比で約三割増強されています。クワの旋回速度は、王宮騎士団の剣速を上回っていますね。摩擦係数が仕事をしていないのは、土壌に含まれる高純度魔力が潤滑剤の役割を果たしているためかと」


「……まあ、あのおじさんが元気ならいいんだけどね」


 ロルフたちはさらに進み、村の境界付近へと差し掛かった。そこでは、ちょうど「事件」が起きていた。


 森の奥から迷い込んできたのであろう、巨大な魔獣『ブラッディベア』が姿を現したのだ。本来なら、熟練の冒険者パーティが数人がかりで挑まねばならない、危険度Bランクの魔獣。鋭い爪を振り上げ、村へ向かって咆哮を上げようとしたその時――。


「こらあああ! そこっ! 邪魔だよ!」


 洗濯物を干していたおば……いや、近所のおばさんが、物干し竿を片手に魔獣の前に立ちはだかった。


「グルアッ……!?」


 魔獣が困惑したような声を上げる間もなく、おばさんの放った「洗濯物のシーツ(濡れている)」が魔獣の顔面にクリティカルヒットした。


「乾きが遅くなるだろ! あっち行きな!」


 さらに、横からやってきた薪割りをしていたおっさんが、魔獣の首根っこをひょいと掴んだ。


「おっと、危ねえな。……こいつ、ちょうどいい重石になりそうだ。ほいっ」


 おっさんが無造作に腕を振ると、体重数百キロはあるはずの魔獣が、まるで小石のように空を舞い、境界線の外へと放り出されていった。ドスッ、という鈍い音と共に、魔獣の首はあらぬ方向へ曲がり、白目を剥いて動かなくなった。


「……。ロルフ様。あの魔獣、首の骨が複雑骨折しています。排除の手間が省けたのは重畳ですが、村人の筋力が、生物学的な理論値の限界を軽々と突破していますね」


 シオンが至極真面目な顔で、折れ曲がった魔獣を指差す。


「……やれやれ。ここの空気、そんなに栄養豊富かなあ。肺活量が増えるのはいいことだけど、魔獣を雑に扱いすぎるのも考えものだね」


「ロルフ様、あの魔獣のお肉、あとで回収しておきましょうか? 結構いい出汁が出そうですし」


 リゼットが献立を考えるような気軽さで提案する。ロルフは、平和すぎる(?)村の光景を眺めながら、深く溜息をついた。自分が整えすぎた土壌と、そこから溢れ出す濃密な生命力。その循環の中に身を置く村人たちが、無自覚に超人化していくのは計算外だったが、本人たちが幸せそうならそれでいいかと、思考を止めることにした。



 夕暮れ時。一日の作業を終え、ロルフたちが自宅のテラスでハーブティーを飲んでいた時のことだ。


 村の境界に設置された守護陣が、微かな共鳴音を上げた。


「……。ロルフ様、境界に侵入者。……いえ、接触者です」


 シオンがカップを置き、鋭い視線を村の入り口へと向ける。


「今度はどのおじさんかな。それとも、また重石が必要な魔獣?」


「いいえ。……今度は、身なりの良い、しかしひどく消耗した不審者です。……武装は確認できませんが、魔力波形に覚えがあります。排除しますか?」


「やれやれ、物騒なことは言わないでよ。……ちょっと見てくるよ」


 ロルフが立ち上がり、境界線へと歩いていく。そこには、一人の少女が立っていた。


 ボロボロに汚れた平民の服を纏い、足元はおぼつかない。顔には泥がつき、髪も乱れている。しかし、その瞳だけは、王宮の奥底で見た時と同じ、凛とした気品と強い意志を失っていなかった。


「……はぁ、はぁ……。ようやく……辿り着きました……」


 彼女はロルフの姿を認めると、安堵したようにその場に崩れ落ちそうになった。


「……エリザ様。まさか一人でここまで来たの?」


 ロルフは急いで駆け寄り、彼女の肩を支えた。王女が一人で、王都からこの遠く離れた辺境の村まで、しかも自力で歩いてくるなど、正気の沙汰ではない。


「……あなたに、伝えなければならないことが……そして、お願いが……」


 エリザは掠れた声でそう言うと、ロルフの腕の中で小さく震えた。ロルフは困ったように眉を下げ、いつものように「やれやれ」と溜息をついたが、その手は優しく彼女を支えていた。


「話は後で聞くよ。……立ち話もなんだし、とりあえず中に入ってお茶でも飲んでいくかい? リゼット、悪いけどエリザ様の着替えと、温かいスープを準備してくれるかな」


「はい、ロルフ様!」


 夕闇が迫るゆたかむら。平穏を取り戻したはずのロルフの日常に、新たな嵐が吹き込もうとしていた。

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