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十年間、王都の魔力汚染を密かに抑えていた農夫を『毒草使いの無能』と追放した結果→王都、崩壊寸前。僕は毒の神子と辺境を黄金の楽園にしてるので、今さら戻れと言われても手遅れです  作者: ジュライ
毒草使いは、世界の価値を書き換える

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第14話:芽吹かぬ試練と、静寂

 王都は、不快な熱気と異臭に包まれていた。ロルフが去ってからというもの、一度は清められたはずの空気は再び淀み始め、街の象徴であったバラ園は、もはや腐った泥の沼と化している。


「……メビウス。準備は整ったか」


 国王の震える声が、荒れ果てたバラ園に響く。そこには、かつての威厳を失い、憔悴しきった王と、その周囲を固める私欲にまみれた重鎮たちが集まっていた。彼らの視線の先にあるのは、メビウスが捧げ持つ小さな革袋。あの日、ロルフが手渡した、【浄化草】の改良種だ。


「はっ。いつでも植えられます、陛下」


 メビウスは、冷めた心地で答えた。王はこの数日、狂ったようにこの「種」に執着していた。バルトロが引き起こした魔獣騒動、そして深刻化する環境汚染。それらすべての不祥事を、「この不思議な種を王自らが植え、奇跡を起こした」という美談ですり替え、失墜した権威を塗り替えようとしているのだ。


 メビウスはロルフに教わった通り、丁寧に土を解し、種を中央へと置いた。王はひったくるように豪華なじょうろを手に取ると、仰々しく、水を注ぎかける。


「さあ、芽吹け! 私の慈悲に答え、都を救う聖なる花よ!」


 王の叫びに合わせ、取り巻きの貴族たちが一斉に拍手を送る。彼らはすでに、この後に続くであろう「祝宴」の算段を始めていた。誰もが、この種が芽吹くことを当然の権利として信じて疑っていなかった。


 ――だが、沈黙は続いた。


 一分、五分、十分。陽光を浴び、最高級の水を与えられたはずの土壌は、ピクリとも動かない。そこにあるのは、ただ湿った泥と、沈黙する沈殿した魔力だけだった。


「な……なぜだ!? なぜ芽吹かん! メビウス、貴様、植え方を間違えたのではないか!」


 王が激昂し、じょうろを地面に叩きつけた。泥が飛び散り、メビウスの頬を汚す。メビウスは表情を変えることなく、ロルフが去り際に残した言葉を、冷徹に反芻していた。


(――管理を怠ればすぐに枯れますし、何より、育てる者の『心根』が腐っていれば、根すら張りません)


 今の王都はどうだ。王は自らの保身だけを考え、貴族たちは利権を貪り、騎士たちは民を守る剣を権力の誇示に使っている。目の前の男たちが求めているのは「都の救済」ではなく、「自分たちの都合の良い奇跡」でしかない。


「……陛下。この種は、ただの植物ではありません」


 メビウスは、地に膝をついたまま静かに告げた。


「これは、私たちの覚悟を試す鏡です。……今のこの地には、一粒の種さえ育つための、真っ当な土壌がない。そういうことなのでしょう」


「貴様、何を不吉なことを! 無能な助手如きが残したガラクタではないか!」


 王の怒号が響く中、メビウスは確信していた。あの日、ロルフが見ていたのはこの景色だ。この都の腐敗は、もはや一人の天才庭師が肩代わりできるレベルを越えている。


 一方その頃、王宮の奥深く。王女エリザは、自室の窓辺で小さな小瓶を見つめていた。中には、あの日ロルフが咲かせた白いユリの、最後の一片が入っている。彼女は、外で聞こえる父の醜い叫び声に耳を貸すこともなく、ただ遠い空の向こう――あの広い背中が消えていった方角を見つめていた。その瞳は、もはや「籠の中の鳥」のそれではなく、何かを決意した鋭さを秘めていた。



 馬車の車輪が、ガタゴトと心地よい音を立てている。街道を進むにつれ、空気の不快な重みは霧散し、代わりに肺の奥まで洗われるような、澄み渡った風が流れ込んできた。


「……ふぅ。ようやくこの空気だね」


 ロルフは馬車の窓から顔を出し、大きく伸びをした。目の前に広がるのは、深緑の森と、その先に広がる豊かな田園風景。王都のバラ園が「造られた美」だとしたら、ここは「溢れ出す生命」そのものだ。


「そうですね、ロルフ様。やはり、ここが私たちの場所です」


 隣に座るリゼットが、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。彼女もまた、王都での緊張から解き放たれ、自然な明るさを取り戻している。


「……。ロルフ様、間もなく境界です。私の魔力感知も、村の守護陣を確認しました。異常ありません」


 前方の御者台に近い席で、シオンが短く報告した。かつては「死の森」と呼ばれた村の周辺は、今やロルフの【等価交換】とシオン、リゼットの協力によって、どの王立植物園よりも強固で豊かな結界に守られている。


「ありがとう、シオン。……それじゃ、ガラムさん。村まで一気にお願いしますよ」


「合点だ! 旦那様、本当にお疲れ様でした!」


 馬車が村の入り口を抜けた瞬間、村人たちが一斉に駆け寄ってきた。彼らにとって、ロルフはもはや「ちょっと変わった庭師」ではなく、自分たちの暮らしを守る絶対的な恩人であり、誇りだった。


「ロルフ様、お帰りなさい!」 「お土産話、期待してるよ!」


 口々に声をかけられ、ロルフは少し照れくさそうに頭を掻いた。


「ただの買い物に行ってきただけなんだけどね……。あ、ガラムさん、荷物はそのままでいいよ。後で自分たちで運ぶから」


 ロルフは、村人たちの歓迎を柔らかく受け流しながら、真っ先に自分の家へと向かった。彼にとって、王都での断罪劇も、魔獣の討伐も、すべては「遠い出来事」だった。今の彼を最も惹きつけているのは、自分の家の裏手に広がる、あの小さな菜園だ。



 自宅に着くなり、ロルフは旅装を解く間も惜しんで、菜園へと駆け出した。


「……あー、やっぱり。たった数日空けただけで、これだ」


 そこには、ロルフが丹精込めて育てているトマトの苗があった。王都の魔導師が見れば絶叫するほど濃厚な魔力を蓄えたその苗は、ロルフの不在をいいことに、あちこちから「脇芽」を自由奔放に伸ばしている。


「やれやれ、これじゃ実に栄養がいかなくなっちゃうだろうね。……シオン、悪いけどすぐに水汲みをしてくれるかな。この暑さだと、土の乾燥が早いみたいだ」


「承知しました。何でも言ってください。ロルフ様が作業しやすいよう、すぐに準備します」


 シオンは一分の無駄もない動きで井戸へと向かった。その表情は真剣そのもので、王都の騎士を相手にしていた時よりもずっと集中している。彼にとって、ロルフが育てているトマトに水をやることは、王国の興亡よりも重い任務なのだ。


「リゼットは、土の温度と魔力濃度を見ておいてくれる? 脇芽を摘んだ後に、少し追肥が必要かもしれないからね」


「はい、ロルフ様。今、計測用の杖を持ってきますね」


 二人の完璧なサポートを受けながら、ロルフは愛用の剪定バサミを手にした。パチン、パチン、と規則的な音が菜園に響く。余分な枝を落とし、大地の力を一つの実に集中させる。その作業は、あの日、王都の法廷で「不純物」を排除した時よりも、ずっとロルフの心を落ち着かせた。


「……ふぅ。これでよし」


 一通りの作業を終える頃には、夕陽がゆたかむらの山並みに沈みかけていた。リゼットが淹れたばかりのハーブティーを三つのカップに注ぎ、冷えた木製のテーブルに並べる。


「お疲れ様でした、ロルフ様。シオンも、ご苦労様」


「……ロルフ様のトマトのためなら、これくらい当然だ」


 シオンは汗を拭いながらも、どこか満足げな様子でカップを手に取った。ロルフは、香り高い茶を一口啜り、夕暮れの穏やかな景色を見つめる。


「……やっぱり、ここが一番落ち着くね。……あ、そういえば、置いてきた種、ちゃんと芽が出てるといいんだけど」


 ふと思い出したように呟いたロルフの声に、皮肉や悪意は全くなかった。彼は純粋に、自分が生み出した植物が健やかに育つことを願っている。ただの農夫として。


「まあ、メビウスさんなら上手くやってくれるだろうね。やれやれ、これ以上は僕の仕事じゃないよ」


 ロルフはそう言って笑うと、再びトマトの苗へと愛おしげな視線を向けた。王都を揺るがした激動の果て。  天才庭師は、再び一人の農夫へと戻り、豊村の静かな夜が始まろうとしていた。

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