第11話:断罪の儀と、招かれざる「肥料」
王宮の最高法廷は、凍りついたような静寂に包まれていた。王座に座る王が、ゆっくりと、しかし苛立ちを隠さぬ手つきで玉座の肘掛けを叩く。その音は、バルトロにとって死刑執行の秒読みのように響いた。
「バルトロ。其方の言い訳は聞き飽きた。メビウス監査官の報告、そして証拠……何よりこの、喉を焼くような不快な悪臭がすべてを物語っている。余のバラを枯らし、虚偽の報告で王室を欺いた罪……万死に値する」
「ひ、陛下! お慈悲を! 私はただ、国のために――」
「黙れ。近衛兵、この男を連れて行け。明日、広場にて処刑する」
王の冷酷な宣告が下った瞬間、バルトロの瞳から理性が消えた。絶望が、彼を狂気へと突き動かす。
「……ああ、そうですか。私を捨てるというのですね。これほどまでに尽くしてきた私を! ならば、勝手にするがいい! こんな腐った国、こちらから願い下げだ!」
バルトロは懐から、どす黒い輝きを放つ古びたメダルを取り出した。それは彼が私財を投じて手に入れた「古代の転移門の鍵」……だと信じ込んでいた代物だった。
「さらばだ、無能な王よ! 私は新天地で再び頂点に立ってみせる!」
彼が魔力を強引に注ぎ込むと、メダルが真っ赤に発熱し、法廷の床を灼いた。
しかし、転移の光は現れなかった。代わりに起きたのは、法廷全体の魔力が逆流し、床に「地獄の口」が開いたかのような地鳴りだった。
「な、なんだ!? 転移はどうした!?」
バルトロが叫ぶ中、床の亀裂から溢れ出したのは、どす黒い泥状の瘴気だった。それは瞬時に形を成し、天井に届かんばかりの巨躯へと膨れ上がる。六つの眼と、鋼をも断ち切る四本の鉤爪。……それは死の森でロルフが「肥料」に変えたあの魔獣を、さらに凶悪にした変異種だった。
「バカな……これは転移アイテムではない! 瘴気を一箇所に集める『誘引の呪具』だぞ!」
メビウスが叫ぶが、もう遅い。バルトロが使ったのは、古代の技術を理解せぬ者が掴まされた、ただの「兵器」だったのだ。
「グルアァァァァァッ!!」
魔獣の咆哮が法廷の窓を粉砕する。近衛騎士たちが抜剣するが、瘴気の圧力に押され、近づくことすらできない。
「陛下! お逃げください!」
騎士たちが王を庇う中、広間の隅で凍りついていた人影があった。王の末娘、第一王女のエリザだ。彼女は好奇心からこの裁判を覗きに来ていたが、あまりの恐怖に足がすくみ、魔獣の目の前で座り込んでいた。
「……あ……あ……」
魔獣の赤い瞳が、小さな王女を捉える。逃げ場はない。振り上げられた鉤爪が、王女の細い体を両断せんと振り下ろされた。
「エリザ!!」
王の悲鳴が響く。誰もが、最悪の結末を覚悟した。
―ガィィィン!!
鼓膜を劈くような硬質の音が、法廷に響いた。砂埃が舞う中、人々は目を開け、その光景に言葉を失った。
王女のわずか数センチ先。振り下ろされたはずの巨大な爪を、一人の「地味な男」が素手で受け止めていた。
男は深いフード付きの外套を羽織り、顔の半分を隠している。ガラムの商隊の荷運び役に変装して、王都の混乱を密かに見届けに来ていたロルフだ。
「……ロルフ様、やっぱり我慢できなかったんですね」
背後で、同じく変装したシオンとリゼットが溜息をつく声が聞こえる。
「……グル……ァ?」
魔獣が困惑し、さらに力を込めるが、ロルフの腕は微動だにしない。
「……掃除したそばから、またこんな不潔なものを呼び寄せるとは。本当に、ここの管理体制はどうなっているんですか」
ロルフの低い、呆れたような声が静まり返った法廷に響く。彼は魔獣の爪を握り潰すと、そのまま地面へと引き倒した。
「【等価交換】――不浄なる執念を、純白の鎮魂へ」
ロルフが軽く魔力を通すと、魔獣の巨体から瘴気が一気に抜け、光の粒子へと還元されていく。断末魔の叫びすら上げさせない、圧倒的な「浄化」。数秒前まで死を撒き散らしていた怪物は、跡形もなく消え去り――。
驚愕して座り込む王女の周りには、一面、真っ白なユリの花が咲き乱れていた。殺伐とした法廷が、一瞬にして聖域のような香りに包まれる。
「……あ……ああ……」
腰を抜かしたバルトロが、指を差して震えている。王も、重臣たちも、そしてアルベルトやメビウスも、ただ呆然とその「男」を見つめていた。
ロルフは邪魔そうにフードを脱ぎ、乱れた髪をかき上げた。その顔を見て、メビウスの眼が見開かれる。
「……ロ、ロルフ殿……!? なぜ、ここに……」
ロルフは、足元に転がっているバルトロを一瞥し、それから王座で震える王へ視線を向けた。その瞳には、恨みも怒りもなく、ただただ「仕事の出来の悪さ」を嘆く職人のような、深い溜息の色があった。
「やれやれ……管理が行き届いていないにも程がありますよ」
ロルフのその一言は、どんな刃よりも鋭く、王都の権威を切り裂いた。
圧倒的な「本物」の再臨。静まり返る法廷で、ロルフの言葉だけが、重く、静かに響き続けていた。




