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十年間、王都の魔力汚染を密かに抑えていた農夫を『毒草使いの無能』と追放した結果→王都、崩壊寸前。僕は毒の神子と辺境を黄金の楽園にしてるので、今さら戻れと言われても手遅れです  作者: ジュライ
毒草使いは、世界の価値を書き換える

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第10話:断頭台への階段

王宮の地下深く、窓のない冷徹な監査室。  そこには、かつての尊大な面影を失い、脂汗で顔をテカらせたバルトロが座らされていた。


「バルトロ主任。……いや、もはや主任ではないな」


 メビウス監査官が、無機質な声を響かせた。机の上には、バルトロが私財を投じて隠蔽しようとした証拠品の数々が、整理されて並べられている。


「これは……これは陰謀だ! メビウス殿、君は私を妬んでいるのだろう? 私が新薬を完成させ、バラ園を救うのが怖くて――」


「黙れ、無能が」


 メビウスの低く冷たい一喝に、バルトロの言葉が喉に詰まった。メビウスは、バルトロが「新薬」と称して昨夜生成した、ドロドロの黒い泥が入った瓶を指差した。


「鑑定の結果が出た。……この泥に含まれている魔力波形は、確かに君が追放したロルフ殿のものだ。だが、君の雑な魔力抽出によって術式は完全に破壊され、今や触れるだけで皮膚を腐らせる猛毒に変わっている。……君は、これを陛下に献上しようとした。これはもはや失態ではなく、暗殺未遂に相当する」


「な……っ!?」


「さらに、君が口封じのために金を握らせた役人たちは、すでに全員供述を始めている。……君がロルフ殿の功績を自分のものとして報告し続け、挙句、彼を不当に追放したことも含めてな」


 バルトロの視界がぐにゃりと歪んだ。自分が信じていた「金による繋がり」は、メビウスの「告発すれば罪を減じる」というたった一言の条件で、呆気なく崩れ去ったのだ。


「……連れて行け。判決が出るまで、地下牢へ」


「待て! 離せ! 私は天才庭師なんだぞ! 私がいなければ、バラ園は、この国は……!」


 無惨な叫び声を残し、バルトロは騎士たちに引きずられていった。



 一時間後。バルトロは、ネズミが這い回り、壁からカビの臭いが漂う地下牢にいた。豪華な絹の寝具も、香り高い酒もない。あるのは、冷たい石の床と、小さな窓から差し込む汚れた光だけだ。


「なぜだ……なぜ、私がこんな目に……」


 バルトロはガチガチと歯を鳴らしながら、虚空を睨みつけた。本来なら今頃、新薬の開発者として称賛を浴びているはずだった。それなのに、あのロルフが残していった草が、あんな泥に変わるなど誰が予想できたというのか。


(……あいつだ。あのロルフという小僧が、わざと私を陥れるために不良品の草を残していったに違いない! ああ、忌々しい! あいつさえ、あいつさえ大人しく私に跪いていれば……!)


 そこへ、牢番が盆に乗った食事を差し入れた。瘴気の影響で黒ずみ、石のように硬くなったパンと、泥の混じったようなスープ。一口食べたバルトロは、あまりの不味さにそれを吐き出した。


「ペッ! ……なんだこれは、豚の餌か!?」


 だが、吐き出した瞬間、彼は思い出した。ロルフがいた頃、王宮の食卓には常に瑞々しい果実と、芳醇な香りの野菜が並んでいた。それはロルフが目立たぬよう、庭園の魔力循環を調整し、厨房へ送られる食材の品質を底上げしていたからだった。バルトロが「当然の権利」として享受していた贅沢は、彼が「無能」と切り捨てた男が、その人知れぬ努力で支えていたものだった。その事実を、彼は今、この絶望的な飢えの中で突きつけられていた。



 その頃、王宮の会議室では、別の醜い争いが始まっていた。「メビウス監査官。バルトロの罪状、確かに受け取った。だが……これをただの事務的な処罰で終わらせるのは、いかがなものか」


 恰幅の良い財務卿が、ニヤニヤとした笑みを浮かべて言った。彼はメビウスの台頭を苦々しく思っている派閥の筆頭だ。


「……何が言いたい」


「陛下は今、大変お怒りだ。バラ園の崩壊によって、王室の権威が傷ついたことにね。そこでだ、バルトロを直接、陛下の前で断罪させようではないか。陛下の御前で、我ら重臣がバルトロを厳しく糾弾し、陛下の慈悲と正義を国民に示す……。これこそが、傷ついた王権を回復させる最高の舞台となる」


 メビウスは心中で吐き気を覚えた。この期に及んで、彼らは「国家の危機」を、自分の点数稼ぎの道具にしようとしている。


「……よかろう。陛下に報告せよ。『バラ園崩壊の真犯人』を、明朝、御前にて糾弾すると」



 翌朝。王都の最高法廷には、着飾った貴族たちが詰めかけていた。  重厚な扉が開かれ、鎖に繋がれたバルトロが引きずり出される。「おお、見ろ。あれがかつての天才庭師(自称)か」 「なんと浅ましい。陛下を欺き、国宝を枯らした大罪人め!」


 昨日までバルトロに媚びを売っていた貴族たちが、一斉に罵声を浴びせる。バルトロは真っ青な顔で震え、王座に座る「王」を仰ぎ見た。そこには、絢爛豪華な衣装に身を包んだ、恰幅のいい中年男性がいた。王は退屈そうに頬杖をつき、まるで汚物を見るような目でバルトロを見下ろしている。


「――バルトロよ。其方の口から説明せよ」


 王が、重々しく、しかしどこか他人事のような空虚な声を響かせた。


「なぜ、余の大事にしていたバラを枯らした? なぜ、余が特別に目をかけてやったというのに、これほどまでの不始末を犯したのだ?」


「ひ、陛下! お、お待ちください! 誤解です、すべては誤解なのです!」


 バルトロは床に額を擦り付け、必死に声を張り上げた。


「私は懸命に尽くしました! しかし、あのロルフという助手が、去り際に庭園に高度な呪いを仕掛けていったのです! 私はその呪いを解こうと不眠不休で……! そう、あの黒い泥も、呪いを中和しようとした結果の副産物でして! 私の技術があれば、あと数日あればバラは黄金に輝き、陛下の御威光を永遠のものに――」


 支離滅裂な言い訳に、法廷からは失笑が漏れる。メビウスが冷ややかに遮った。


「呪いなど存在しないことは、既に鑑定済みだ。……見苦しいぞ、バルトロ。陛下にこれ以上の嘘を重ねるつもりか」


「違う! 鑑定した者が無能なのだ! 陛下、信じてください! 私は被害者なのです! 悪いのは私を欺いたロルフで、私に虚偽の報告を上げた庭師たちで、私を支えきれなかった監査局の――」


 バルトロは周囲のすべてに責任をなすりつけ、見苦しく叫び続けた。そのあまりの醜悪さに、法廷の空気は冷え切っていく。王の視線はいっそう険しさを増し、バルトロの背中には、目に見えない死刑宣告のような圧力がのしかかっていた。


 ――バルトロに残された時間は、もうなかった。

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