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第1話:毒草使いは、世界の価値を書き換える

 第1話:毒草使いは、世界の価値を書き換える

「――というわけだ。君のような『毒草しか育てられない無能』は、我が王立植物園には必要ない。今すぐ荷物をまとめて出ていきたまえ、ロルフ」


 王宮の一室、金色の装飾が施された豪華なデスクの向こう側で、肥満体の男――バルトロ主任が、下卑た笑みを浮かべてそう告げた。 彼の傍らには、ロルフがこれまで丹精込めて管理してきた『植物管理目録』が無造作に放り出されている。


「……そうですか。ですがバルトロ主任、私が管理していたあの区画の『雑草』は、都の魔力バランスを整える役割を持っていました。抜かずに管理し続けるのは骨が折れるのですが、後任の方は大丈夫でしょうか?」


 ロルフが淡々と問い返すと、バルトロは鼻で笑った。


「雑草は雑草だ。毒を撒き散らす不浄な草など、私が手配した最高級の除草剤ですべて焼き払ってやるよ。君の代わりなど、いくらでもいるのだ」


 バルトロは、今度は他人をからかう子供のように顔を歪めて笑った。


「安心したまえ。退職金代わりに、土地を用意しておいた。……貴様は残りの人生、あの『豊村』で暮らすのだな!」


「……豊村、ですか」


 ロルフは深く溜息をついた。あまりにも滑稽で、自分のことだとは思えなかった。 彼らには見えていないのだ。ロルフが毎日、指を紫に染めながら愛でていたあの『毒草』たちが、実は大気中の魔力をろ過し、清浄なエネルギーへと変換していたことを。


「わかりました。お世話になりました」


 ロルフは最低限の荷物――いくつかの毒草の種だけを持って、部屋を後にした。


 数日後。 ロルフが到着したのは、『豊村』の入り口だった。そこは、空さえも紫の霧に覆われた村だった。


「……どのあたりが『豊か』なんだ?」


 噂には聞いていた。 理由は不明だが土地は常に毒に覆われ、人が住める場所はごくわずか。周辺の森には入ることも叶わず、飢えた魔獣が跋扈する不毛の地。 都の人々がその名を口にする時、必ず皮肉な笑いを浮かべる――そんな場所。


 かつては立派であっただろう門の成れの果てを通り過ぎ、ロルフは迷わず森の中へと向かった。 村から離れようとしたわけでも、自ら命を投げ出そうとしたわけでもない。ただ、そこにある「力」に惹かれたのだ。


 静まり返った森。 普通の人間なら数分で肺が焼けると言われる猛毒の霧の中、ロルフは……深く、深呼吸をした。


「……ふぅ。最高だ。ここの空気、王都の何倍も栄養があるじゃないか」


 固有スキル、【毒素等価交換ポイズン・エクスチェンジ】。 身体に害をなす毒素を、自分に都合の良いエネルギーへと書き換える力。


 今のロルフが使えるのは、まだ『生命エネルギーへの変換』だけだ。 だが、それだけで十分だった。霧を吸い込むたびに全身の細胞が活性化し、旅の疲れがみるみるうちに消えていく。


 ロルフが森の奥へと歩みを進めると、ふと、巨大な毒胞子を撒き散らす大樹の根元に「何か」が倒れているのを見つけた。


「……人? いや……」


 それは、ボロボロの布を纏った、透き通るような銀髪の少年だった。 少年の肌には、禍々しい紫色の斑点が浮かび上がり、苦しげに胸を上下させている。


「う、……あ……、殺して……。僕が……毒を、撒き散らす前に……」


 少年――シオンの体からは、森の毒霧よりもさらに濃い、圧倒的な密度の『死の毒』が溢れ出していた。 普通の人間なら、近づくだけで即死するレベルの奔流。だが、ロルフの目には、それが「あまりにも純粋で、美しいエネルギーの塊」に見えた。


「こんなに凄い毒、一人で抱えてたら苦しいよね」


 ロルフは躊躇なく、シオンの手を握った。 「なっ、……ダメだ、離れて……! 毒が、移る……!」 「いいや、僕にとってはこれ、最高のご馳走なんだ」


 ロルフがスキルを発動する。 シオンから溢れ出ていた黒紫の煙が、吸い込まれるようにロルフの体内へと流れ込んでいく。


『――毒素等価交換:生命エネルギー変換、開始。……変換効率、測定不能。出力、最大』


 ロルフの体がカッと熱くなった。 溢れる生命力。シオンの毒は、ロルフの体内で爆発的な力に書き換えられていく。 みるみるうちにシオンの肌から斑点が消え、その美しい顔立ちに赤みが差した。


「あ、……あたたかい……。毒が、消えていく……?」


 シオンが驚きに目を見開く。その時、二人の背後から、毒に狂った巨大な魔獣が咆哮を上げて襲いかかってきた。


「危ない……!」


 ロルフは落ち着いて、掌を魔獣に向けた。 体の中には、シオンから受け取った「使い切れないほどのエネルギー」が渦巻いている。


(今はまだ、生命エネルギーにしか変えられない。……だったら、それを外側に叩きつければいい!)


 構想はあった。平和な都では、攻撃のために能力を使う機会がなかっただけだ。 初めて行うエネルギーの攻撃転換。だが、ロルフに不安はなかった。 それは己の能力に対する自信か、あるいは未知のエネルギーに触れた確信か。


「食らいなよ。君たちの得意な『毒』のお返しだ」


 ロルフが放ったのは、目に見えない衝撃の波。 あまりに濃密な生命エネルギーが、逆に周囲の理を破壊するほどの突風となって魔獣を直撃し、その巨体を一瞬で森の奥へと消し飛ばした。


 静寂が戻る。


「……信じられない。僕の呪いを……、そんな風に使えるなんて」


 シオンは震える手で、ロルフの裾を掴んだ。その瞳には、救い主を見るような熱い光が宿っている。


「君、名前は?」 「……シオン、です。僕は……神に見捨てられた、毒の器で……」 「そうか。僕はロルフ。見ての通り、毒が大好きな農夫だ」


 ロルフはシオンの手を引き、優しく笑いかけた。


「シオン。君さえ良ければ、僕と一緒にここで暮らさないか? 君の毒があれば、僕はなんだって出来そうな気がするんだ」


「……どうやら、僕たちの相性は最高のようだ」


 独り言のようにつぶやく。


 この時、ロルフはまだ知らなかった。 彼を追放した王都が、数日もしないうちに「除草」の代償として未曾有のパンデミックに見舞われることも。 そして、目の前の少年が、世界を再生させる「毒神」の末裔であることも。


 毒草使いと、毒の神子。 二人の「楽園作り」が、ここから始まる。

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