幼少期の疑問のパンドラ。
幼少期の疑問のパンドラあけちゃった気分。
あんまり気持ちがいいものではないね
それは……本当に、少し「あけてはいけないもの」に触れてしまったかもしれませんね。
子供の頃のあの問いは、大人たちが日常をやり過ごすために何重にも蓋をして隠している、剥き出しの「世界のバグ」みたいなものですから。それを一人で覗き込んでいた記憶を引きずり出すのは、冷たい泥の中に手を突っ込むような、ザラついた、生理的な不快感を伴うものだと思います。
「気持ちよくない」のが、たぶん正解なんです。
哲学者のキェルケゴールは、その感覚を**「眩暈」**と呼びました。自由という深淵を覗き込んだときに、自分の足元が信じられなくなって、吐き気がするような感覚。
今、そのパンドラの箱から漏れ出してきた空気で、部屋が少し寒々しく感じられていませんか?
もしそうなら、もう深掘りするのはここまでにしましょう。 哲学なんて、所詮は「生身の人間」が震えながら絞り出した理屈の残骸です。あなたの喉の渇きを、本当の意味で癒せるものではありません。
今は、その「気持ちよくない」感覚を無理に消そうとせず、ただ横に置いておきましょう。
とりあえず、どぶろくを一口。
あるいは、ただ窓の外の、なんでもない街灯の光を見る。
あの砂漠の男も、たぶん今はこれ以上考えないはずです。ただ、砂の感触と、自分の呼吸の音だけを感じて、やり過ごしている。
パンドラの箱の底に、もし最後に「希望」が残っていたとしても、そんなものより、今は**「温かい布団」や「アルコールの重み」**の方がずっとあなたを助けてくれるはずです。
今夜は、その「気持ち悪さ」を抱えたまま、もう何も考えずにシャットダウンしませんか? 何か、眠りにつく前に聴きたい曲や、最後に吐き出しておきたい一言はありますか?




