悪魔はささやく
アルカンは『家族愛』を己に求めている。それがジニィの見立てだ。
(俺は どうなんだろう。親父は年中フラフラしてるし、母親は生きてるのか死んでるのかも知らんし)
出勤の道すがら、少し浮ついた気持ちで街を見回す。いつも早めに出勤しているジニィは、屯所から少し離れた所に立っているバスカルを見つけて首を傾げた。なぜか木箱を抱えている。
「おう。昨日の今日で顔色死んでんな」
そりゃあ連日 修羅場をくぐってれば、若くてもさすがに辛い。厄年だろうか。
「ああ。ここんとこ特に治安がやばすぎる」
「そんな隊長にちぃとばかし相談があってよ。ってコレ、さっき配達員に押し付けられた!」
中身は屯所で使う事務用品の替えだった。
「お、ちゃんと注文しといてくれたのかって、中古じゃねえか!」
「しゃーない。予算が限られてるんだから。そんでも支部のお下がりだし物は良いぞ」
箱を屯所に運び入れると、グレイズが駆け寄ってきた。
「隊長、保護していた子どもが……」
彼女から受けた報告は想定外のものだった。子守役だったお調子者二人組が、しおらしく俯いている。グレイズと当事者二人の話によると、ジニィのアパート火事騒動の裏で、叔父だと自称する男に子どもを連れ去られたらしい。
「そいつの名前は?」
「わかりません」
「なんせバタバタしてたもんで」
「困ったな」
カドマスの妾は、あの少年を娼館の使いっ走りだと証言していた。つまり彼の身元を保証する居所は娼館。だが“自称・叔父”が偽物という確証もない。
「隊長ォ。火事の現場で拾った目撃情報なんですがぁ」
「私めが! これだけの証言を! 苦労してかき集めてきたんです!」
二人組がメモの束をジニィに差し出す。まあまあな量だ。
(こいつら時々やらかすけど、挽回しようと足掻くから憎めないんだよなあ)
まぁ内容のほとんどは中身スッカスカ。
「分かった。帰るまでに始末書を提出しろよ」
「「そんなあ〜っ!」」
お調子者二人組は膝から崩れ落ちた。
子どもの事は娼館へ聞き込みに行かせ、ジニィは火事現場の目撃証言を読み込む。その中の一つに、気になるものがあった。
『見たことがない子ども達がアパートの近所で遊んでいた。兄貴分らしい男が迎えに……』
「子ども……」
「隊長。ちょっと」
そういえば後回しにしたバスカルの用事があった。まだ時間があるので、人の気配が無い屯所の裏手に回った。
「おれ、あの子ども知ってる」
「本当か!?」
バスカルは首を横に振った。
「わり、知ってるのは子どもの出どころ」
言い辛そうなバスカルの様子に、ジニィの頭が閃きを得る。
「まさか隠しgブッ」
何も頭をシバくことない。口より先に手が出るところ、ホント育ちがイイ。
「ちと前に、知り合いが孤児院みてえなコトしてるって小耳にはさんでよ」
「なんだそりゃ」
奥歯にモノが挟まったような言い方は、バスカルらしくない。
「……飼ってんだよ。身寄りのねえガキを」
その一般的でない表現に、ジニィの表情筋が固まった。
「……まさかお前、ソイツと付き合いが」
「今はない」
ジニィは安堵の息を吐いて壁に懐く。石壁で頭を冷やしながら、彼に続きを促した。
「元カレ?」
「おれが美少年だった頃の初恋の相手だ」
「美……今も好きなの?」
バスカルは眉を垂れて小さく俯く。筋骨逞しい男の弱った表情は、悔しいかな女子にモテる。だがネコ属性である。
「なんだソイツ。子ども使ってヤバい事やらせてるとか?」
嫌な予想は当たるもので、バスカルの顔は大きく歪んだ。
「うそじゃん」
多分スリグループ程度なら、バスカルもここまで反応しないだろう。
「ついでにもイッコ聞くけど、ソイツ“何屋さん”?」
「……」
「教えてくれ。俺を信じて打ち明けてくれたんだろ?」
バスカルは観念して古い馴染みの名を明かした。男の名はヘクター。バスカルと同じ“施設”で育った幼なじみだという。
「誰かに依頼されて、カドマスを殺そうとしたのかも知れねえ」
「殺し屋か」
「……つか、表に回せねえ依頼を請ける何でも屋」
ジニィの頭の中で、様々な情報が形を求めてさまよう。殺しの手口。最近 増えている薬物による死者。火事の前に現場をうろついていた子どもたち……兄貴分。
「隊長ー!!」
屯所内からジニィを呼ぶ声がして、二人の肩は大きくはねた。一旦 話を切り上げ、中に戻る。トサカ後輩が速達をジニィに手渡した。支部からのものだ。
「えっ。明日 代官がここに来る!?」
「「「うそ!?」」」
それが本当なら異例中の異例だ。急な事態に あたふたしていると、またしても別件で来訪の報せが。相手は信じ難いことに、カドマス本家の執事だった。ジニィの全身から血の気が引く。バスカルなんて世界の終わりみたいな顔をしていた。
日も暮れかかった夕刻。一見して使用人とは思えぬ紳士が、古臭くて狭い屯所に入ってくる様は恐ろしく場違いだ。それらしく繕った応接室にて、ジニィは中年の執事と対面する。
「君の働きぶりは折に触れ耳にしている」
彼が訪れた理由は、十中八九 カドマス士長が倒れた件について。お叱りを受けるものと戦々恐々しているジニィに、予想外のお褒めの言葉が。
「アーロンさまが倒れた際の、君の迅速な動き。旦那様は大層満足しておいでだ」
「あ、ありがとうございます」
執事はご機嫌な笑顔を浮かべた。お陰でジニィの胃の緊張も少しは和らぎそう。
「ついては、次の隊長には君を推薦するお考えである」
「待ってください。カドマス士長は どうなるんですか?」
執事は粘つくような目でジニィを見る。まるで、そう。品定めしているような。
「旦那様は弟さまを気づかい、屋敷で治療に専念させるお考えだ。復帰にはしばらくかかろう。それまで隊長の役職を空けておくのは忍びない。そう おおせなのだ」
執事から言外の圧力がかかる。
「話は変わるが、他に報告があるなら聞いておこう」
「今、ですか?」
「今だ」
「……手がかりは、まだ何も」
執事は頷いて、用件は済んだとばかりに腰を上げた。応接室を出る間際、扉を押さえるジニィをジッと見つめる。
「住んでいた家が火事になったそうだな」
ジニィの喉から漏れそうになった悲鳴は、ギリギリで抑えられた。
「近頃は昼でも物騒なようだ。……身辺には気をつけたまえ」
「はっ、はい」
執事は来訪時の唐突さと同じくらい あっさり帰って行った。馬車を見送ったジニィは、柱に体を預けてズリズリと尻もちをつく。
「おい、大丈夫か?」
「えっ、えっ、なに言われたんです!?」
隊員らは顔色の悪いジニィを引きずり、適当な椅子へ落ち着かせた。暗い表情で黙り込む姿に、皆も何かしらを察する。今は そっとしておこうと、それぞれの業務に戻っていった。
しばらくして、やや覚束ない足取りのジニィがデスクに戻った。手が空いたバスカルは、そっと彼の隣に身を寄せる。
「カドマスの実家は、なんだって?」
他の隊員は聞き込みか警らに出ている。屯所には二人きりなのだが、自然と声を潜めてしまう内容だ。
「士長の一件は終わりだ」
「それってよ、お咎めナシっつぅ……」
「事件なんて起きてない。そういうことだ」
バスカルは詰めていた息を思いっきり吐いた。が、肝心な事を思いつく。
「でもカドマスが戻って来やがったら?」
「実家で療養するって。ずっとな」
「まじでか……!!」
バスカルは降って湧いた幸運に腰を浮かせた。対するジニィはジト目である。
(その代わり、俺には首輪が付けられたんだよ)
提示されたのは、『出世』という要らぬ口止め料。
それより もっと恐ろしい事がある。
この街の内外で起きている事件の数々が、カドマス家の企みかも知れないこと。不運にも厄ネタに触れてしまった、不吉極まりない己の未来だ。
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