義弟は珍味がお好き
ジニィがあちこち駆けずり回っていた間、バスカルは屯所に女性と少年を連れて戻っていた。同僚に二人を預けると、とんぼ返りで現場の保全へ。ロウソクの灯りを頼りに、慎重に足を進める。
「どの辺だったか……」
カドマスが倒れていた辺りを探すと、テーブルの上に目的の物を発見した。『酒瓶』を回収し、飲み口に鼻を近づける。吸い込んだ酒気に僅かに混じる、独特のニオイ。疑いが確信に変わった瞬間、バスカルの顔が強く歪んだ。
「やっぱりアイツか、畜生!」
その時、背後から異音がした。慌てて振り向くと、そこには見知らぬ男がいた。彼は静かに佇み、バスカルを注視している。
「誰だお前!?」
警戒体勢の兵士に敵意を向けられてなお、男の余裕は崩れない。
「きみは犯人に心当たりがあるんだな、バスカル」
「!」
男は慎重にバスカルとの距離を縮めると、件の酒瓶を指差した。
「ソレは あの子供が持ち込んだものだ」
「っ、てめえ、何者だ!?」
「ならば取り引きをしよう。
きみが知っている事を話せ。交換条件だ」
男は静かに椅子を引いた。
「さあ、掛けろ」
アパート火災が鎮火した後、ジニィは焼け残った建物周りを検分していた。
「ここの燃え方が一番酷い」
日勤の同僚らも駆けつけ、周辺住人から火災前後の聞き取り調査を始める。
「お~い、隊長!」
「おー。ここだ!」
隊員に呼びかけられ、ジニィは手を挙げて居場所を報せた。
「ジニィ」
「え」
隊員の足音かと思えば、声の主はアルカンのもの。驚いて振り返ると、体当たり気味に抱き締められた。
「良かった、無事で……!」
涙声が肩に埋もれる。硬くなるジニィに、服を隔ててなお熱い体が密着した。
「ぁ……。うん」
僅かに乱れた呼吸と湿った体温が、アルカンの心境を有り有りと物語っていた。おずおずと手を上げて、意外と筋肉質な背中に触れてみる。
「なんか俺、心配ばかりかけてるな」
「兄さんは命を狙われてる!」
「……へ?」
素っ頓狂な声が出た。ジニィには余りにも分不相応な疑いに、笑いすらこみ上げてくる。
「俺があ?」
「これまでの事を振り返ってほしい。どれだけ危険な目に遭ってるか分からない!?」
「いや、それとコレは別だって。全然べつ!
こんな色んな事、いつもは滅多にない。これ本当!」
アルカンは「コイツはダメだ」とでも言いたげに苦い反応をする。信用の右肩下がりに危険信号が光り始めた。
「兄さんが怪我する度に寿命が縮む。心配する ぼくの身にもなって!」
兄が引き揚げるまで帰らないと訴えるアルカンをくっつけ、仕方なく検分を続ける。焼け跡の残骸の中に、住人の燃え残った私物と、あるはずの無いモノを見つけた。
「このあたりが兄さんの部屋?」
「……何で俺の部屋が分かる」
アルカンは兄の疑問をスルーし、異常に真っ黒な植木鉢を掻き出した。
「たまに空の鉢を吸殻入れにしてる奴を見かける。けど ここの大家は、部屋がヤニ臭くなるのを嫌っててな。壁も汚れるし。だから煙草を吸う奴に部屋は貸さない」
「なるほど」
放火の疑いがあるのは確かだ。植木鉢に端切れを入れて着火し、最近 ジニィが死にかけた例の液体でもドアにかけておけば、犯人は余裕で犯行現場を離脱できるだろう。
「なあ、アルカン。最近さ、王都で薬酒が流行ってたりするか?」
「薬酒? ナイトキャップのことかな」
「ああ、多分ソレ」
アルカンは思案しながら首を傾げた。
「王都の品物を卸してる業者からは聞いた事ないな。在庫を減らす為に“都で大人気の〜”って謳うことはあるかも」
ジニィは商人の巧妙な手口に感心し、嘆息を漏らした。
「ジニィ隊長。何か参考になった?」
ニヤニヤと顔を覗き込む義弟に、義兄は苦笑で返す。
「ふっ。デキる商人は察しが良いな。
ていうか、俺は皆に『隊長』なんて呼ばれてるけど、実は代理なんだ。カドマス士長が本当のーー」
「知ってる。兄さんを殴った奴だ」
アルカンが食い気味に被せてきた。こめかみがピキピキいってる。
ジニィは咳払いをして、脱線しかけた話題を戻した。
「昨夜、カドマスが倒れた現場に遭遇した。どうも深酒が過ぎて ぶっ倒れたらしい。その時に飲んでた酒が、王都で流行りの薬酒って話だ。酒に慣れてるあの人が、だぞ。どんな酒なのか、気になるだろ?」
「うん。ナイトキャップを倒れるまで飲む人はそう居ない。分かった。その薬酒を調べてみる。分かったらジニィに教えるよ」
「ありがとな。助かる!」
まただ。時折 アルカンが見せる、不意を突かれた表情。そこに今回は、少しだけ朱色が差している。
「兄さんって、人誑しだったんだね」
「どこがだよ? お前こそメロメロにしてるだろ」
「え!?」
ジニィは己をよく理解している。ブラコン気質な弟に若干たじろぐ事はあれど。
「それって、兄さんには、ぼくが、魅力的に……見えるっていう……」
「ああ。もちろんだ」
「!!」
ジニィには不思議でならない。この弟、絶対に褒められ慣れているはずである。
「それはつまり、兄さんは ぼくのことをっ」
「そりゃあ お前がモテないわけないだろハハハ」
直後、火災現場に寒風が吹き荒んだ。寒暖差でジニィの鼻の奥が疼く。
「どした?」
「帰ろうか、兄さん」
「あ、ハイ」
感情が削ぎ落とされたアルカンを、初めて怖いと思った。
ジニィがリビングで悶絶していると、外出から戻ったデルが「何事か」と駆け寄ってきた。
「ジニィさん。何をやらかしたんですか?」
「俺がやらかした前提!?」
まるで出来の悪い教え子を憐れむ先生のようではないか。はなはだ心外である。
「なにもしてない」
デルの無言の催促に折れ、ジニィは先程の出来事をかいつまんで話した。その後、手荒な治療を受けて今に至る。
デルは でっかい溜め息を吐いた。
「ジニィさんは何年 店長の兄弟やってるんですか」
「十年以上のブランクがあるんだが!?!?」
ヤレヤレ、コイツはとんだ問題児だ。そう言わんばかりにデルの態度は悪化していく。
(クソッ。俺の好感度存亡の危機……!)
「分かってないですね。店長から『兄』と呼ばれた瞬間から、ジニィさんは兄として行動しなければ」
「暴政かっ」
デルの強硬な姿勢から、洗脳教育の片鱗が垣間見えてゾッとする。
「ジニィさんは“店長の兄”である自覚を強く持つべきだ。それがあなたの為になるんです」
「……すまん。以後気をつける」
ジニィは『自分がなぜ謝っているのか分からないのに謝る』という、はなはだ理不尽な状況下に陥った。色んな人間を見てきた結果 行き着いた、消極的な拒否とも言う。
ジニィは精神と体力の限界を迎えていた。
(あー、でも夕方には出勤しないと……)
仮眠のつもりで真新しいカウチに横になる。この時には火事の直前まで見ていた夢は忘れていた。誰かに声をかけられたが、頭に泥が詰まっているように重い……
「ジニィ、こんな所じゃ疲れが取れないよ」
体を揺すられ、重い瞼をゆるりと上げた。己がどこに居るのかを思い出す。
「う……」
「調子悪い?」
体を動かすと毛布が顎に触れた。
(アルカン……掛けてくれたのか)
優しい温もりに いつまでも埋もれていたい。が、さすがに起きねば。温かい毛布を引っ張り上げて、毛布に半分顔を埋める。起床への最後の抵抗だ。
「あー、気持ちいい……」
額に垂れた前髪が揺れた。くすぐったい。アルカンはジニィの髪によく触れる。
(なにが面白いのかね。……まぁ、好きにすればいいさ)
寝ぼけまなこで義弟を見上げ、ニヤリと笑う。
「なんだよ?」
「!」
綺麗な顔で百面相している。実に楽しそうでなにより。
(そんなに兄弟が居るのがウレシイか)
毛布を腹まで下げて大きく欠伸する。思えば、屯所でも ここまで気を抜いた事はなかった。
「なんて小悪魔だ……」
「おーい。でっかい体丸めてさ、腰痛くなんない?」
アルカンは恨みがましい目で兄を睨みつけると、スナップを利かせてジニィの尻を叩いた。
「いってえ!」
「フンッ。ダイニングに食事を用意するから、身支度が終わったら来て。ぼくは これから出かける。イルの言う事を聞いて、良い子で過ごすんだよ」
素っ気ない態度のクセに、その実は保護者ムーブ。そこに どこか昔懐かしい面影が重なる。
「なあ。最近 物騒だから、暗くならない内に帰れよ」
きれいめコーデの服装で、夕方近くに出掛ける。それは大事な商談か、好い人とのデートか。
「ジニィこそ。次にケガして帰ってきたら、今度こそ監禁してやる」
ジニィの注意に警告で返す捨て台詞を残し、アルカンは足早に出かけて行った。
「ハハハ、こえーよ!」
この第8話から土曜日0時投稿(週イチ更新)スタイルになります。次回更新 第9話は21日を予定。




