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親の離婚で別れた兄弟、波乱の再会を果たす  作者: 蛍人(月香茶から改名)


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6/7

従業員は働き者である

 一日空けての第六話です。

 一通りの洗浄を終え、アルカンは兄の怪我の消毒を始めた。火傷は然程でもなく、浅い切り創、小さな刺し傷、カスリ傷が多い。お姫様を相手にする様に無骨な手を取り、ジッと傷の具合いを見る。   

「程々でいいよ」

 単なる手当てだというのに、ジニィの羞恥心がジワジワと大きくなっていく。乙女か。己から石鹸の良い匂いがするのも慣れない。

「お前ってキレイ好きだな」

「兄さんからヘドロの臭いがするなんて、ぼくは一秒たりとも耐えられない」

 しょぼくれた犬のように気落ちした兄に、少しばかり心を動かされたのか。アルカンは同情心をチラリと覗かせた。

「何があったらこんな事になるんだい?」

「ごめん。言えない」

「兄さんのバカ!」

 頬の傷に綿が触れると、刺すような痛みが走る。顔を仰け反らせようとしたジニィは、顎をキュッと掴まれた。

「我慢」

「ちょ、もーいいってえ!」

 目が合いそうで合わなくて。敢えて逸らそうとするのに、なぜか合ってしまいそう。ジニィは この綺麗な紫色の瞳が、ちょっと苦手だ。

「余計な心配をかけた」

「余計、は要らない」

 今はツンケンしてるが、心優しい弟である。

「ごめん」

 視線の熱から逃げるように、そっぽを向いた。

「『俺たちの家族』は夢みたいな出来事で、とっくに過去だった」

 それは昨夜の問答の続きだった。眉を顰める弟に苦笑する。孤独を拗らせると、素直に人を信じられなくなるものか……。

「俺は薄情なんだろうな。お前が期待するようなものは、きっと返せない」

「ぼくの期待って何?」

 真っ直ぐ問われ言葉に詰まる。返答に惑ってる間に、下ろした前髪がピンと引っ張られた。アルカンは微笑んでいる。

「前髪下ろしてると、余計に童顔」

「!」

「あれ、気に障った?」

「べつに……」

 ジニィは席を立つと、アルカンの髪をクシャクシャにかき混ぜた。が、余りにも素晴らしい指触りによって手が止まる。

「お前は貴族か」

「は?」

 丸く見開いた目と目が合う。交錯する思考。

「?」

 手首を強く掴まれ、鼓動が一際大きく跳ねた。

「失礼しまーす、喉渇いてませんかー?」 

 奇妙な沈黙を破ったのは、盆に飲み物を乗せてやって来たイルだった。

「おー、ちょうど良かった!」

 ジニィは藁にも縋る思いでイルのノリに合わせた。蛇のように手首に絡んだ指が、スルリと離れていく。

「世界一気が利く執事イルが、ホットココアをお持ちしましたぞ!」

「おー(?)!」

 イルの大仰な演出が、今は大変ありがたい。ジニィは温かいカップを恭しく受け取った。手にしたカップから熱い湯気が立ち上る。舌を火傷せぬよう、何度も息を吹きかけジックリ冷ましていく。そっと一口。ほっと一息。ほんのり甘いココアが、疲れた体にジンと滲み入る。密やかな笑い声に顔を上げると、アルカンとイルが揃って口角を上げていた。

「まだ猫舌なんだ?」

「あんなに唇とがらせて。大変かわいらしゅうございます(にっこり)」

 からかわれたと分かり、ジニィの頬は カッと熱くなる。

「今度は少し冷ましてから出しますねー」

 羞恥で顔を背けたジニィは、アルカンの変化に気づかない。青い顔をして震えるイルの様子も……。


 ✦✦✦


「先ほどは調子に乗って申し訳ございませんでした!」

 ここは寒々しく薄暗い地下。子羊のように怯えたイルが、深々と頭を下げている。その様子は石床へ額突かんばかり。彼の頭に垂れた赤色の液体が、亜麻色の毛髪を伝って滴っていく。空になったワイングラスをテーブルに戻し、アルカンは開いていた本をパタリと閉じた。

「ジニィに色目を使えば、次は殺す」

「はい!」

 ヒヤリとした沈黙。石よりも冷たい紫の双眸が、イルとは反対側に差し向けられる。

「デル。調査結果を」

「ハッ!」

 そこに穏やかで物静かなデルは居ない。張り詰めた表情で、アルカンの命に応えるべく“調査結果”を報告する。

「件の商人が荷物を卸した先は、軍施設ではなく労役場でした」

「荷の中身は本当に穀物か?」

「ハッ。二つに分配され、片方は労役場の備蓄に。もう一つは軍馬養成所へ着いたのを確認しております」

 アルカンが指先で机をコツコツと打つ。

「大がかりな囮だ。裏に密輸入とは異なる企みがある……。

 イル。『糞野郎』の身辺調査は?」

「あ、カドマス士長ですね!」

 急な話題転換に目を瞬かせたイルは、すぐにアルカンの求める答えを引き出した。

「贔屓にしていた娼婦を愛人として囲う前後から、不自然に金回りが良いですねー。実家からの援助はとっくに切られてますし、生活実情を見るに収支が釣り合いません。借金や飲み屋のツケまで一部解消している。足りなくなったのか、未だに借金を重ねていますが」

 報告書に綴られたカドマスの行動履歴と借金総額の羅列を見て、アルカンは鼻を鳴らした。

「無能の駒だな。女の周りを重点的に探れ」

「ハッ」

 退出するイルの背を見送りつつ、デルは近頃 浮かび上がった疑念を強くした。

(アルカン様は本当にジニィを慕っておられるのか?)

 今回の表向きの顔は『雑貨屋の店主』。その延長線上に、昔 少しばかり縁のあった『義理の兄』が在る。ジニィは地元に馴染む為の“駒”。それがデルとイルの認識だった。活動の地盤を安定させ、情報源としても活用できる優良物件。計画通りにジニィはアルカンに籠絡されつつある。

「カドマスは確かに無能です。しかし何処にでもいる屑だ。彼のどこに目を付けたのか、お聞きしても?」

 発言した途端、アルカンの鋭い視線がデルを突き刺した。殺気、えぐい。

「全て」

「すべて……」

 デルはジニィが怪我をした件の調査を命じられた。屯所へのアクセスが容易なお陰で、翌日の夜には それなりの報告を上げる事ができた。

「ジニィを殺そうとした連中を拉致しろ。全てだ」

「すべて……」

 アルカンに二言は無い。


 

「おはよう。今朝も早いな」

「おはようございます」

 洗面所で手を洗っていたデルは、寝癖をたくさんつけたジニィと鉢合わせた。デルが徹夜明けとは知る由もなく、ジニィは眠そうにボヤく。

「今日から夜勤なんだ。やることあるしアパートに帰るよ」

「え。まだ傷が治ってないのに」

 ジニィは前髪をたくし上げ、傷の具合いを確かめて笑った。

「うん、ヘーキヘーキ」

「店長が心配します」

「ああ。昔は俺が心配してたのになぁ」

 デルは まじまじとジニィを観察する。事前の素行調査で ある程度の人物像を描いていたが、良くも悪くも資料に偽り無し。特別 付け加えるなら、ガードが緩く、生真面目で、損な役割りばかり引き受けてしまう苦労性タイプ。尖り過ぎた面子に囲まれ、外野にまで気を揉まれる有り様。アルカンではないが「自分が助けなけれぱ」と思わせる人である。

「了承してくれました?」

「まぁ、うん」

「……」

 これは駄目そうなやつだ。



 夜の内に地下室へ放り込まれたのは、ボロ同然の服をまとった四人の浮浪者。歳は十代から二十代後半の男女。彼らはワケも分からず捕らえられ、上背のある男性の前に引きずり出されていた。体の拘束はそのままに、デルは彼らの口を塞いでいる布だけ下ろす。……沈黙。脅しは充分に効いたようだ。

「この者らか。隣国に逃げたと報告にあったが」

 この情報はジニィの部下から聞き出した。酒を奢れば、少しの探りで内情を垂れ流すコスパのいい連中だ。但し、情報の七割五分はカス。

「コミュニティの仲間を心配して戻って来た所を捕獲しました」

 仲間の住処に火を放ったとなれば、二度と戻らない覚悟を持つべきだろう。だが寄る辺のない彼らだからこそ、スラムに戻らざるを得なかった。

「これで全員か?」

「いいえ。向こうで三人殺され、命からがら逃げ帰ったそうで」

 四人は死刑宣告を待つ罪人の顔をしている。大人しくさせる為とはいえ、少しビビらせ過ぎたか。

「安心しろ」

 艶のある声音が彼らの心をジックリ撫で上げる。

「貴様らが正しい行いをすれば、罰したりなどしない」

 正しさとは何か。罰するとは どんな風に。生き延びるのに必死な窮困者は、一生懸命に聞き耳を立てた。目の前の支配者に、ひたすら媚びた視線を送る。

「魂に刻め。今の貴様らの主は私だ」

 手に鞭を。腰に鉄杖を。唇に笑みを。眼に冷徹を。地獄からの使者が、火箸が刺さる暖炉の炎を背に謳う。

「何もかも話せ。褒美は貴様らの命だ」

 暖炉の明るさは頼りなく、新たな主の表情は ほとんど分からない。彼の一言一句、一挙手一投足が囚われ人の命綱。

(この方を説得? 無理に決まってる)

 家族ごっこも計算の上。の……はず。


 

 次回の更新は月曜日の予定です。

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