部下はクセが強い
五日目 第五話です。
笑いたきゃ笑え。今のジニィの心境である。
今朝方、入念に髪をセットされた。犯人は弟氏。弟氏は犯行当時の心境をこう語る。
「自分の手でジニィが変わる様を見てみたかった。まだまだやれると思う」
今朝方、兄の寝顔を鑑賞する弟氏の視線で目覚めたジニィ。壁に飛び退くほど驚かせた詫びにと、支度を手伝ってくれたまではいい。結果、ジニィの愛すべき仲間たちの笑いを誘っていた。
「これから結婚式か?」
「弟と店のスタッフは褒めてくれた」
「そりゃオメーがチョレぇんだよ!
ゲハハハッ」
今日は夜勤組のキディが日勤の応援だ。ピアスの数と刺してる部位がエグいし、生まれつきのギザ歯で めちゃくちゃ誤解されるが、至って正気である。
「弟の店に居座って、その内ヒモになるんすか?」
「変な言い方すな!」
今日から本格的に抜け荷の捜索が始まる。ジニィはいつも以上に気合いを入れた。
「ハイ、傾聴ー!」
「「「うぃー」」」
ジニィらの管轄は、隣国に渡る前の最後の都市【ソーン】の“中区”だ。
「何を見つければ? 不審者? 変態?」
「疑わしいもの全て」
今回 特別に捜査の手を入れるのは、中区の最端 国境付近に位置する荒廃したスラム街だ。ちなみに、国境検問所は専任の役人と警備隊が監視強化している。
「ヴォエッ、くっせ〜」
通称『ゴミ捨て場』と呼ばれるスラム。そこは国境を侵食する微妙な立地に建てられた“曰く付きの廃工場”。過去に色々あった結果、工場は放棄され関係者が相当数 亡くなった。そんな因縁のある跡地でも、最貧困層には立派な建物。居ついた不法占拠者が日銭稼ぎに“屑拾い”を始め、廃棄物が積み上げられていく様は『ゴミ溜め』そのもの。“敷地”に近づくだけで異様な臭いが漂ってくる。
「風通しが悪いな」
「カァッ、ペッ! 腐った泥と病人のニオイだ」
侵入者を察知したスラムの住人は、ジニィらが兵士と分かると蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「おらゴミ溜めのクソども〜! 隠してるモンさっさと出しやがれ〜!」
う〜ん、この犯罪者ムーブ。とても居心地が悪い。
「無闇に他人を威嚇するな」
ここでキディの頚椎周りに注目しよう。チョーカーよろしくスミを入れた首周り。その付け根を貫くデカめのリングピアスに、ジニィが紐付きフックを取り掛ける。すると何ということでしょう。狂犬がペットのワンちゃんに変身したではありませんか。
「俺のシュミだと思われたら辛すぎる」
「もう諦めましょうよ」
“リード”を引くジニィの顔には、苦悩と悲しみが浮かんでいた。
「キディ。何か“におう”か?」
「すえた汗、あぶら、死体のなりかけ、ヤク、ドブ、酒」
キディは非常に鼻が利く。『喋れる軍用犬』などと揶揄されるも、その才能は本物である。
「最悪っすね」
「酒の量はどれくらいだ?」
「ニコイチと どっこいだ!」
キディの親友は、密造酒製造・販売で指名手配を食らった伝説の男。捕まる前にヤクと酒を同時にキメて既にお亡くなりである。彼の最高記録と張り合うなら、状況は一気にキナ臭いものとなる。
探索を始めて十分も経たない内に、ジニィらの前に強盗グループが現れた。それぞれに武器を携帯し、先端をコチラに向けている。
「ありガネおいてけ!」
「荷物よこせ!」
少数の兵士を数で攻めるという考えは理に適っている。ここにキディがいなければ。
「くぁwせdrftgyふじこlp!!」
生半可な強盗など、獰猛なキディの前では紙人形も同然。寧ろ止める方がしんどい。
「隊長。オレたちスラム狩りの悪魔っぽいス」
「仕事だから……」
暴漢がジニィらの背後から襲いかかる。ジニィは腰に帯びた警棒で、男のガラ空きの喉を突いた。男は痛みに仰け反り たたらを踏む。悶絶する暴漢を横に退け、お次は前にも横にも肉厚な でっかい男が現れた。トサカ後輩が前に出て男と対峙する。睨み合いの末、太々しい顔の男が怯んだ。
「てめえら、本当に兵士か!?」
後輩は“鬼トサカ”を唸らせ、高めの飛び蹴りをかました。後輩は言動こそ普通の青年だ。しかしファッションセンスは世紀末ザコ兵のそれ。骨太の体格に、こだわり抜いた棘々スタッズ改造装備。それに合わせた治安の悪い外見が、彼の大好物なのである。
「ヒャッハー! 俺たちの目的は国境の調査だ! 任務の邪魔をする野郎は牢屋行きにしてやるぅ!」
乱闘のノリに乗った後輩が恫喝すると、様子を窺っていた住人らは恐れ慄き、悲鳴を上げて逃げていった。彼らのお陰で、無駄な戦闘の八割を防げたと言っても過言じゃない。グッジョブ!
「さて、どこから行くか」
住人らが逃げ回る廃墟に、マトモな道はない。
「少しは片付ければいいのに」
「ダァボ! そしたら捕まっちまうだろぉ!」
ボヤく後輩を、ギザギザの歯を剥き出しにしたキディが怒鳴りつける。
「へえ。スラムなりの生存戦略か」
昨晩の雨による水溜りに苦心しつつ、建屋の奥を目指しジグザグに進む。ここは廃工場の跡地でありながら、生産機器は原型を留めていない。空き空間はゴミの量が多いので、視界不良で通り道は人工の獣道と化していた。
「釘を踏み抜くなよ。最悪 死ぬ」
「うわっ。ブーツに鉄板仕込んでおけばよかった」
「今からでもバスカル班の雑木林に行くか?」
虫嫌いな後輩を窘めながら ふとジニィは違和感を覚える。
「おい、キディ。まだ臭うか?」
「臭うぜぇ。とびきりキツい“酒”がよぉ」
ジニィらはニオイが強い方向を目指した。
「すん。高濃度アルコールだ」
「消毒とかに使うヤツすか?」
「ヒヒヒ、ガンガン燃えるぜぇ」
斜めに倒れた柵を、身を屈めて潜る。すると壊れた屋根から大量の水が垂れ、ジニィらをずぶ濡れにした。
「うわ、雨漏りか!?」
「ーー酒だ!」
キディが叫ぶ。嫌な予感がしたジニィは、咄嗟に後輩の腕を引いた。穴あき屋根の端に一瞬 人影が映り、その手元から火種が放たれた。直後、爆発的に火が燃え広がり、その勢いで壁が吹き飛んだ。
「「「ギャーー!!」」」
紙一重で壁の割れ目に身を滑らせた三人は、勢いのまま外に飛び出す。脱出後 間もなく、隙間という隙間から火が噴き出た。
「なん、なに!?」
「酒が一気に燃えた!」
ジニィらは外の泥濘みにハマりながら、燃える建屋を見上げた。次第に蔓延する黒煙と異臭。手で口を覆いながら、慌ててそこを離れた。
「こんなマネ愚図にゃできねえぜ!」
「心当たりがあるのか?」
「領兵に喧嘩売るなんざぁ、やべぇスジと相場は決まってんだろ」
「クソ!」
ジニィらは応援を呼び、火災は三時間程で鎮火した。その後 バスカルらも加えて現場検証を始める。
「隊長がイモ引いたな」
「まだ調べてみなきゃ分からん」
泥まみれの服を引っ付かせて、“事故現場”周辺を再捜索する。遺留物を発見し、チマチマ回収していく。
「こりゃ不用心だったな」
廃工場には構造的死角が多い。奇襲にはうってつけだ。
「隊長らを火達磨にしてでも隠したい秘密があんのか」
バスカルが新しい足跡と隠された逃走路を発見する。
「見つけた」
出口にあったのは、荷車の轍と数人の足跡。そして隣国への“入口”だった。
連日の兄の悲惨な有り様に、アルカンは低い唸り声をあげた。
「兄さんは ぼくを殺す気?」
「大げさだな」
頭の天辺から爪先まで泥だらけ。憤ったアルカンは、従業員に大量の湯を沸かすよう指示した。
「ムリムリッ、人前で裸なんかなれねえよ!」
抵抗を示すジニィに焦れ、アルカンは大胆な追い剥ぎを決行した。
「ちょ、お前 力強くない!?」
「デル、兄さんを羽交い締めにしろ!」
忠実なる犬、もとい従業員によって自由を奪われたジニィは、シャツとズボンを剥ぎ取られ あられもない姿に。続いて洗い場に戦場を移し、ぬるま湯を滝のように浴びた。その間に石鹸を泡立てたアルカンが、兄の体に手を滑らせる。
「ンッははは!! くすぐったいっ……!」
「……」
身を捩って逃げようとするジニィ。真顔で固まるアルカン。
「て、てんちょー?」
イルに声を掛けられ、アルカン再始動。
「……ええいっ、問答無用!」
「ヒィッ、勘弁しろよ!?」
兄と弟の仁義なき闘いは、約一時間にも渡って繰り広げられた。
この続きが気になる方、続きを読んでもいいと思った方へ。ブックマーク・絵文字リアクション・お気に入りユーザ登録(更新報告チェックにオススメ)・感想など よろしくお願いします。
拙作の評価にも何卒ご協力よろしくお願いします。




