親切な従業員と美味い飯
四日目 第四話です。
アルカンの強い希望を受け入れ、ジニィは雑貨屋二階の一部屋を一晩 借りる事に。元は宿屋だったので、泊まる場所には困らない。間借りしている従業員と顔を合わせたら、感じの良い人達で少し安心した。
「ジニィ。お湯とタオルを置いておくよ」
「ん。ありがとう」
「食事の時間になったら呼ぶね。それまで休んでるように!」
「わかったって」
苦笑いで手を振る。
(参ったな)
しかし いつもと違う環境に取り残されると、何をしてよいのか分からなくなる。とりあえず目の前の作業に取り掛かる事にした。
(アイツ、ずいぶん変わったな)
再会したアルカンに、ジニィは圧倒された。少年時代のアルカンとは まるで別人のよう。意志薄弱で過敏な子供が、いつから強い自我を芽生えさせ、鋭い“怒り”をその身に内包するようになったのか。
(いや、アルカンにも色々あったんだろう)
ジニィだって同じだ。アルカンが慕う当時の“兄”だって、過去を美化したモノに違いない。現実の“兄”は、失望を濁しながら生きる“つまんねー大人”である。
「いや。俺が変わってねえのか」
ドアのノック音に意識が浮上する。ベッドに横たわったら、いつの間にか うたた寝していたのだ。起きて掛け鍵を外すと、雑貨屋の従業員がそこに居た。愛嬌のある笑顔に、口元の黒子が特徴的な青年 イル。
「ジニィさん。湯おけ引き取ります」
「ああ、これくらい俺がやるよ」
湯おけを持ち上げて顔を上げると、イルの顔面が真正面にあった。驚いた反動で水が跳ね、少しだけ袖を濡らす。辛うじて声を上げずに済んだが、とても心臓に悪い。
「な、なに?」
「ジニィさんって、優しいんですね」
「はあ?」
「なんでもないでーす」
素早く湯おけを攫われ、唖然と立ち尽くす。そんなジニィに、イルは無邪気な笑みを向けた。
「夕飯は期待してください。ウチの“シェフ”が腕によりをかけて作ってるので!」
言うだけ言って踵を返し、あっさり部屋を出ていく。まるで嵐のようだ。
「意味わからん」
などと呟きつつも、唯一の心当たりがあった。
「俺のこと何て説明したんだか」
立場も生活も大きく変わってしまった元兄弟が、妙な所で交わりを持った。これを“奇遇”とでもいうのだろうか。
一階に降りていくと、美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。腹の虫は素直に鳴き声を上げる。
「おお、豪勢だな」
テーブルに並ぶご馳走の数々。籠に盛られた焼きたてのパン。湯気を立てるシチュー。ピクルス。表面をこんがり焼いた厚切りハム。キノコとひき肉のパイ。まるでパーティーだ。
「すごいな。誰が作ったんだ?」
「おれです」
大人しげな印象の男性が手を挙げた。従業員のデルだ。四人の中で一番デカい彼が“キッチン支配者”だったとは驚きだ。
「今日は お兄さんの歓迎会ですよー!」
イルが椅子を引いてジニィを迎える。ジニィの正面にはアルカン。それぞれの隣にイルとデルが座る。
「なんか悪いな。気を使わせて」
「とんでもない。頑張って用意したんだから、たくさん食べて」
アルカンの陽の気が眩しい。
ジニィのグラスにワインを注ごうと、イルが注ぎ口を向けた。それをアルカンが制する。
「酒は怪我に良くない」
「あっ。そーですよね!」
「ハーブと柑橘を漬けた蜂蜜水があっただろう」
「ハイ、ただいまーっ」
イルは慌ただしくキッチンへ。
「働き者だなあ」
ジニィとしてはチョット残念である。
「お好きな料理はありますか?」
デルが腰を上げると、アルカンがそれに先んじて切り分けたパイをジニィの皿に乗せた。
「あ、ありがとよ」
「どういたしまして」
飲み物を用意してくれたイルに礼を言って、四人だけの食事会が始まった。
パイにフォークを入れると、キツネ色の表層が良い音を立てる。一口ほおばると、サクサクの生地の中で 粗びき肉がぷちりと弾けた。肉汁が溶け出したミートソースがパイ生地に染み込んで、旨味の塊だった。
「どうかな?」
「うまい!」
ハイテンションで褒めちぎると、アルカンが機嫌よく微笑んだ。デルも嬉しそうに口角を上げている。
「懐かしいな。これ俺が好きだった料理。そう、“お母さん”の得意料理だ!」
「ああ、そうだったね」
キノコが苦手なジニィの為に作ってくれた、義理の母の味。父親も美味いと褒めていた。料理を口にするアルカンを見ていたら、当時の記憶が鮮明に蘇ってきた。食事時の弟は無表情で、皿の上の料理を機械的に片付けていた。賢くて内気で、気味の悪い“小さな怪物”。
「アルカン、うまいか?」
「うん。おいしいよ」
「そっか」
子供心に不安だった。この子は“何者”なのか。不思議だ。どうして「守ってやろう」なんて思えたのだろう。
(そうだ)
自分の皿のハムを一口分切り分け、アルカンに差し出す。
「……兄さん?」
差し出したフォークに、一欠片のハムが刺さっている。アルカンは兄の乱心に戸惑いつつ、ハムを唇で こし取った。唇に拳を当てながら咀嚼する様子が、実に微笑ましい。
「懐かしいだろ」
「まあ、うん……」
恥ずかしげな上目遣いの瞳が、茫洋とした色あいに変わる。
(そうだ。あの時もこんな風に)
少年時代との共通点を見出して、ジニィは ほんの少し安堵した。
「兄さんのくれるものなら、何でも美味しかったよ」
「よせよ。照れるじゃないか」
こんなもの、ただの自己満足だ。この顔で人誑しかと、思わず溜め息が出そうになる。
(背後から刺されないよう見といてやろ……ん?)
ふと従業員二人の視線に気づき、ハッとする。イルとデルは、おっかなびっくり全ての遣り取りを見守っていた。
「わ、わあ……思ったより仲いいんですねー」
棒読みである。完全に“やらかした人”への態度だ。
「ハハハ……。嬉しいこと言ってくれるな。ほら、見て分かる通り、俺たち本当の兄弟じゃないからさ」
「兄さん」
咎める弟を苦笑で制して、ジニィは話題転換の切札を出した。
「兄弟じゃなくなった期間の方が ずっと長いのに、アルカンはすぐに俺を見つけてくれた。……思い出せなくて、悪かった」
「ジニィ……」
アルカンの顰めっ面が、またたく間に緩んでいく。
「ところで、お母さんは元気か?」
「ああ……ぼくが独立してからは会ってない。あの人、自由人だから」
「へえ。会えなくて お互い寂しくないか?」
「いいんだよ。きっと独り身になって吹っ切れたんだ」
「そんなもんか」
母親の話題は感触が悪い。個人的な話は二人きりの時に聞くべきかも知れない。
和やかな食事を終え、洗い物に飛び込み参戦。弟の仲間達と、イイ感じに馴染めている、と思う。
(う〜ん。さっきので引いてねえかな)
この恥ずかしさも明日まで。そう思えば乗り切るのも難しくない。
「え。兄さん、もう部屋に戻る?」
「ああ、うん?」
従業員は部屋に引っ込んだし、ジニィなら とっくに灯を落としてる時間だ。アルカンは寂しそうに兄を見つめている。
「……分かったよ。燃料も勿体ないし、少しだけだぞ」
「ありがとう!」
小さな罪悪感が胸を締め付ける。夕餉時の反動が効きすぎたようだ。誘われて椅子に腰を下ろす。何故か隣に座る弟氏。
「どした」
「ふふ」
昔々、ジニィは義弟を雛鳥のように扱った。そうすることでようやく、互いに心を触れ合わせる事ができたのだ。
「なあ、アルカン。どうしてお前は俺を覚えていてくれたんだ?」
「どういうこと?」
「いや……」
何と説明していいか分からなかった。仕事なら適当な台詞が出てくるのに、迷う心は舌をつっかえさせる。
テーブルの上で握っていた拳に、アルカンの手が触れた。
「もしかして……ぼくを弟と思えない?」
「!」
急激に核心へ触れられて、ジニィは息を止めた。
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入浴描写ないと違和感すごいの私だけ? 風呂だけローマ風にすべきだったか?? そうか公衆浴場……! 三助……!?




