弟は非凡である
二日目 第二話です。
「もしかしてウチに来てくれた? ゴメン。今開けるよ」
「あーっ、違う違う。いま勤務中!」
「あぁ、そうなんだ……」
落胆する店主の姿に、ジニィの内からジワジワと罪悪感が湧いてくる。
「“兄さん”? おいおい、ウソだろ?」
バスカルが交互に二人を見遣る。その表情には不信感がありありと浮かんでいた。
「ええと、それはだなぁ」
街の噂で持ちきりの雑貨屋店主。彼はジニィと血の繋がりがない弟ーー元・弟だった。
(こんな反応されるからバレたくなかったんだよオ……!)
彼と再会して一番予想外だったのは、兄が盾にならねば他人と話せなかった内気な弟が、堂々と人前に出られるようになった事だ。
「ぼくはアルカン。ジニィの“たった一人の弟”だが?」
アルカンが威嚇をするようにバスカルと対峙する。体格は違えど身長はどっこい。兵士と一般人がメンチ切るという異様な構図にドン引きだ。
ジニィは睨み合う二人の間に、チョップ・スタイルで体を割り込ませた。
「そ、そういうことだ。
アルカン。バスカルは俺の同僚。決して悪い奴じゃない。だから話は後でゆっくりーー」
「そうなんだね。バスカルさん、“ぼくの兄”がいつもお世話になってます」
アルカンの謎の迫力に、強面のバスカルが押し負けている。
「おいおい “ニィさん”。家族は居ねえって言ってたよな? それともおれらには知られたくなかったってか?」
「バカ言うな」
バスカルは悪戯半分 怒り半分でジニィの肩に腕を回した。その瞬間、対面の双眼が鋭く光る。ジニィの目の前に長い腕が伸びてきて、手が首の後ろに回ると前に引き倒された。
「おっ!??」
不意にバランスを崩したジニィは、兵士とは思えぬ醜態を晒しながらアルカンの肩口に突っ込んだ。
「ぼくの兄さんに気安く触るな」
「……え?」
天使と見紛う美青年に汚物を見るような目を向けられ、バスカルは色を失った。
「あー……そりゃ悪いことしたなァ……」
すっかり威勢を削がれ、蚊の鳴くような声である。
「ほら、ジニィが泣きそうになってる!
今までも嫌がってたのに気がついてなかったのか?」
それは違う。ジニィが涙目なのは鼻を強かにぶつけたからだ。
「おい、ボケッとしてんなよ隊長! お前がおれの冤罪を晴らさないで誰が晴らすんだよ!」
この修羅場モドキ、街を守る兵士の沽券に関わる。
「アルカン。誤解だ」
「本当に?」
「そう。俺たち親友! な、バスカル!」
「だろっ!? イエーイ」
早くもバスカルは、この出来事を悪夢に見そうだと悟った。早々に ここから離脱したい。唯それに尽きる。
「よしっ、仕事にもどるぞ!」
「ジニィ。ぼくに気を遣ってない?」
宝石のような紫色の瞳が凡庸な男を映す。
「久しぶりに会った時、ぼくに気づかなかったよね?」
「す、済まない……!」
ジニィは逃げるように そこを後にした。
「懐かれる理由が分からねえ……!」
弟から強烈なデバフを食らい、ジニィは屯所のデスクで頭を抱えていた。
「なにごと?」
普段から纏まりのない同僚らは大いに戸惑い、面を突き合わせて相談をし始める始末。そこに憂さ晴らしから戻ったバスカルが登場。事情を聞くや否や、結ばれた連帯感は儚くも雲散霧消した。
「くだらねえ」
「だっせー」
「兄弟で馴れ合ってんか? キッショいわ」
「仲いい兄弟もいますよ。多分」
何も知らない同僚らは、情けない隊長を遠慮なく扱き下ろす。それをバスカルは薄暗い笑みで眺めるのであった……。
「クソ。何で俺がこんな目に」
そこに緊急を告げる伝令が飛び込んだ。
「中区隊長へ伝令! 支部から呼び出しがかかりました」
「何ィ!?」
「代官の直接招集です。至急来られたしと!」
「クッソォ。俺に悩む暇はないってのかっ……!」
ジニィは外套を羽織ってボタンをガッチリ留めると、普段は仕舞いっぱなしの軍帽を被り、外出用のカバンを引っ掴んだ。
「じゃあ行ってくる!」
「「「いってらー」」」
「親しみやすいお見送りありがとよ!!」
バタバタと出ていくジニィの背中を見送って、居留守の仲間らが呟く。
「隊長さあ、何をそんな悩んでんの?」
「兄は複雑なんだよ。知らんけど」
「そんなに言うんなら、見に行ってみるか?」
「「……」」
ちょっと面倒臭そうな顔と、興味津々な笑顔。
「ま、警ら中なら隊長も怒んねーべ」
「寄り道くらいなら、まあ」
次の市中巡回は午後イチである。
支部に向かう馬上で、ジニィは午前の出来事を振り返っていた。
「お互い もう立派な大人だろ……」
ジニィの知るものとは“何か”が違う兄弟関係。心苦しくも下衆の勘ぐりなどしてみる。借金、痴情のもつれ、外因トラブル……
「美人はトラブルに巻き込まれ易いよな……。男でも、あのレベルじゃ無理ないか……」
であれば、ジニィを頼る理由に納得はいく。自身の裁量と可能な限りで力になってもいい。
「ーーだがなぁ」
昔のアルカンは、ショックを受ければ卒倒するような、極めて繊細な子供だった。外見含め、そのまま成人したなら違和感などない。
「あのまま放置してたら、バスカルとタイマン張ってたか?」
同じ素材でも、撚り合わせ重ね掛けした強靭さが垣間見える。今と昔の弟のピントが致命的に合わない。
「別人だったりして」
それを知る為にも、まずは弟の近況を探らねばなるまい。何も無ければヨシ。何かありそうならーー
「ヨシ」
結論は出た。後は緊急招集に備えるのみである。緊急招集の内容も然ることながら、懸念点の一ツは代官だ。ジニィは片手で足りる程度しか会った事がない。会話なんて面接時の軽い問答だけ。未だに代官の人柄が理解できずにいる。勿論、友人でもない人を理解するには時間がかかる。だが あえて言おう。一発で分からないのは“詐欺”だと。
ジニィの住む街から支部は、馬で飛ばせば一時間以内に着く。到着は一番乗り。意気揚々と門番に挨拶し、厩舎に馬を預けた。
(あ〜、緊張する!)
領内は大まかに五つの市に分けられる。ジニィの地元・中区があるソーン市は その一ツだ。兵士らは領主の直轄地を“本部”と俗称し、領主の代官がトップに立つ市を“支部”と呼ぶ。これから会いに行くのは、ソーン市の執政を担う長。ジニィには一ツ雲の上の存在だ。
彼の方に纏わる直近の出来事としては、一昨年 雑食性の凶暴な獣が里山に降りてきて大変な騒ぎになった件だ。代官の即決即断で兵士が派遣され、ジニィらの隊も狩りに参加した。被害者には合同葬儀を行い、農作物被害の程度で税が軽減されたと聞く。その一件で村と周辺地域から大変感謝され、贈り物(農作物)が献上されたらしい。つまりまあ、代官は求心力のある有能な お人だということだ。
「こちらでお待ち下さい」
代官の秘書に、いつもの会議室に案内される。獣害の時も近いので ここに集められた。緊急招集といえばココ。飾り気一ツない簡素な内装だが、いつも清潔で片付いている。建物は老朽化していて建て替えの話も出てるようだが、領主の裁可が下りなければ しばらくこのままだろう。
ジニィに続いて隊長格が次々と到着する。顔見知りが何人か。ここ一年半で三人が代替わりし、平均年齢が若返った。他にも知らない顔が数人。二人は やや垢抜けた出で立ちからして都出身だろう。室内は落ち着かない雰囲気。最後に入室した『代官』が皆を一瞥すると、雑音は直ぐ様止んだ。流石だ。代官は良く通る声で事情説明を始めた。
「此度 皆を集めたのは、このソーンで脱税の疑いが浮上した為である。仔細は秘書が話すので、しっかりと聴くように」
一際大きな ざわめきが起きた。ジニィら兵士には寝耳に水だ。
(何で俺らに。そういうのは文官の仕事だろ!)
弟に事情を聞くのは、まだ先になりそうである。
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