悪だくみは衝突する
ジニィは 次々と襲い来るならず者らを退けていった。多勢に無勢、やむにやまれぬ本気モードで急所を抉る。敵も本気のジニィに呼応し、殺気を高めていく。横合いからナイフが繰り出され、ジニィは とっさに身を反らした。丈夫な軍服が裂け、一瞬の危機に目が据わる。体を翻し頭に肘を叩き込み、続く男の横っ面を警棒で張り倒す。アゴが砕けて戦意喪失だ。
「……ふっ」
あと三人。まだやれる。そう思っていたのに、左側の男が飛び出してきた瞬間、疲労で反応が遅れた。一発目は避けるが、二人目のフェイントに引っかかって腹に一撃食らう。
「っく」
たたらを踏み地面に片手を着くと、口角を吊り上げた二人目が脚を振りかぶる。膝に力を込めて上体を起こし、腕に添えた警棒で受け止めた。蹴りの男は悶絶し倒れ込む。飛び掛ってきた男に肩を掴まれバランスを崩す。次いで左頬に衝撃が走った。ふらついた隙に殴る蹴る、敵の猛攻が始まる。蜂の巣から逃れる為に体当たりを食らわすが、威力が足らずに地面に引き倒された。上にナイフが光る。
(まずい!)
その瞬間 頭に浮かんだのは、アルカンの エグい一言だった。
「そうは行くか!」
振り回した警棒が男の手に当たるが、反撃までには至らない。いよいよか。
「っぐあ!」
唐突な発砲音。ジニィの目の前で、男の肩が拳で殴られたように弾ける。飛び散った血が頬にかかった。何が起きたか分からないまま、残りも連続で撃ち抜かれていった。ジニィは頭を腕で庇いつつ身を伏せる。
「狙撃っ、どこから!?」
圧倒的な殺傷力を前に、ならず者らは あっという間に制圧された。訳が分からない。まるでジニィを助けたかのようだ。ジニィは迷った。しかし細かい事にかかずらっている暇は無い。体の痛みをおして屯所まで走る。息咳切って飛び込んだ屯所で、隊員らの無事を確認した。
「隊長!?」
「バスカルは無事か?」
「戻ってないですよ。隊長、何がーー」
状況が複雑であるゆえ、バスカルは身を隠しているのだろう。であれば、ジニィが出来ることは一ツだけ。己が普段使用しているデスクから椅子を退かし、床に手を這わす。捜すのは少し前に修繕した、比較的新しい床板。色が違う板の縁をなぞり、僅かな隙間を見つける。そこに定規を入れ、テコの要領で板を引き上げた。板を取り外すと、隠した当時のままの ずだ袋を取り出す。隊員らがジニィの行動を唖然と見守る中、袋から目的の物を取り出した。
「なんですか、それ?」
紐で括られたメモの束。そして仮綴じの本数冊。開封済みの手紙。
「トッド、サブ!」
ジニィはお調子者二人組を呼びつけると、袋に戻したそれを手渡した。
「これを、どうすりゃいいんで?」
「支部の代官に渡してくれ」
「い、いつまでに?」
「すぐだ! 今すぐ! 走れ!!」
無茶を承知で二人を外に押し出すと、その背を見送ってジニィは へたり込んだ。
「ハード過ぎる……」
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「日のある時間で良かった」
まだ熱のこもる銃身を冷ましつつ、デルは独り言ちた。幸い まだ昼の長い季節。走り回る獣を撃つでもない。
「しかし……思ったより強いな」
個性的な兵士が雑貨屋に駆け込んで来たのは、デルが配達から戻ってすぐの事だった。その青年兵士は、なぜ店に助けを求めに来たのかすら理解していなかった。緊急性が高いと判断したデルは、すぐさまアルカンに判断を仰いだ。そして今ココ。ジニィの現在地においては、バスカルが大体のアタリを付けていた為、見つけるのはそう難しくなかった。ならず者共が無闇矢鱈に街中を駆けずり回っているのを除けば。
「戻るか」
ジニィは屯所の方角に走った。ボスの命令で散った手勢が、敵集団の撹乱に精を出している。きっと無事に戻ってこれるだろう。
店に戻ると、洗い場でイルが手を洗っていた。
「どうかしましたか?」
「お前も今帰り?
ボクは例の殺し屋を引っ掛けてきたとこさ。今ごろボスが……ふふふふふっ」
「……」
相当うっぷんが溜まったのだろう。イルは濡れた手をタオルで拭い、投げるように放った。デルは落ちたタオルを拾い上げ、汚れの度合いを確認する。鮮やかな紅、薄紫のシャドウ。そして白粉。塗りたくるのはキレイだが、落とす方は非常に雑。
「今回は女装したんですか」
「あ〜、お腹減った!」
声がでかい。きっとイルの部屋には、匂いのキツい薄いドレスや 尖ったハイヒール、高価な宝石、乱れたカツラが散乱しているだろう。その片付けを思うと憂うつになる。
「何か作りましょう」
「いらない。適当に食べる」
デルは少し驚いた。以前までのイルは、デルに対し傍若無人に振る舞うだけだった。それがこの任務についてから、こうして偶に しおらしくなる。彼の変化が妙に気になったが、今はボスへの報告が優先だ。地下に続く階段を降りていくと、どん詰まりの厚い扉の向こうから男の悲鳴が僅かに漏れ聞こえてくる。生理的反応でシワの寄った眉間を、指先で丹念に伸ばした。果たして扉の向こうには、想像に違わぬ光景があった。
「ぐわああ!」
「失礼します。報告に参りました」
アルカンの足元には、赤く汚れた複数の欠片が散らばっている。それを見ないふりして、無表情を心がけた。
「彼は無事か?」
彼はペンチの先端を汚す傍ら、義兄の身の安全に心を砕いていた。
「ハッ」
「そうか」
柔らかく緩む表情は天使の佇まい。なのに手元の暴力は止まない。デルは どうしようもなく震える手を、気合いで抑え込んだ。
「お前らぁあっ、どこの手先だあ!? 西のアドラーか、それともーーうぎぃっ」
「私の質問には常に正しい答えを用意せねばならない。
二巡目はココに硫酸を垂らす。貴様の軟弱な骨が見えるようになるぞ。楽しみだな?」
次の道具はスポイトか。これならデルが 分からせてやった方がマシだった。
「ハッハッハ……デズモンド、依頼主はデズモンド!」
「私は末端の売人に興味はない」
「違う! 古株の、ディーラーだっ。カルテルの、二番手っ……前の連中に代わって、こっち側に販路を」
男は白目を剥き、短い息と共に口を割った。この程度のヘタレ根性で、よく暗殺稼業などやってこれたものである。
「ほう。ではカルテルのボスは誰だ」
殺し屋が黙り込み、再び悲鳴が響く。吐き気のするニオイが拷問部屋に漂い始めた。
「どうせお前らも、あの組織に……殺される……」
「デル。アレを持ってこい」
「はい」
棚にあった目的のモノは、部品が一部破損していた。
「申し訳ございません。確認の不手際で使用が不可能です」
「ふん。ではコイツの靴を脱がせろ。続きはお前がやれ」
「ハッ」
デルは手袋を装着し、殺し屋の靴と靴下を脱がせた。素足が見える状態で、椅子に備え付けの固定器具に足首をはめる。男からよく見えるように、箱から道具を取り出した。
「ひぃいいい!」
「これは序ノ口だ。終われば減らず口もなくなるだろう」
狭い部屋のせいで、耳がおかしくなりそうだ。
深夜。それまで静かだった店に、ガサツな足音が響く。イルが騒ぐ前に、デルが“彼女”を出迎えた。
「レビィ、ご苦労様でした。かなり派手に動きましたね」
「犬たちは無事! ありがとう、デル。楽しかった!」
服の汚れも参るが、特に靴がドロドロ。清潔感がウリの店が汚染の危機にあった。それを防ぐのがデルの仕事の一ツでもある。
「お静かに。ここでスリッパに履き替えて、洗面所で着替えてください」
「みんなに食事用意してたら私もお腹ペコペコ!」
レビィは土埃を落としながらドカドカと洗面所に走っていった。時々、家事で報われないオカンのような気分になって滅入る。
「今日は義兄君に会えるかなっ。楽しみ!」
着替えてダイニングに戻ってきたレビィは、ワクワクしながら席に着いた。残念だが、彼女の希望は しばらく叶わない。なぜならーー
「ええ。きっと気が合います」
我らがボスは、兄君の好みを事細かに把握しているからである。




