隊長代行は闘う
急ぎ足で屯所に出勤したジニィは、深刻な様子の日勤組と夜勤組に出迎えられた。
「隊長!」
「隊長〜っ」
「隊長オ!!」
「落ち着け、一人ずつ話せ!」
「「「うわっ、ヒゲ剃ってる!」」」
「うっさい!!」
緊急だという話はやはり、代官が屯所に立ち寄った事だった。それはともかく、もう一つ見逃せない問題が持ち上がった。
「隊長、ヒゲが無いと新人みたいっすね!」
「それはもーいーよ!」
「バスカルも来てません!」
「なにい!?」
猛烈に嫌な予感がしたジニィは、後輩を連れてバスカルの住処へ直行した。前のカレシと同棲していた部屋は現在、友人とシェアしているのだが、その友人もバスカルは一昨日から不在だと言う。
「……俺に心当たりがある。カル、ついてこい」
数年前。バスカルと初めて出会った当時、たまたま知ることになった場所がある。巡回で通る道とは別の、コレと言って目立つ物の無い通り。その裏路地に入る。更に横道へ入り、ボロい階段を登って建物に入り 通路を真っ直ぐ抜けると、今度は降りて階段の裏手に回る。
「うわ〜。こんなトコあるんスね!」
「静かに」
仕切り壁とゴミの散らばる細道を行くと、途中で壁が途切れる。そこに入って右の奥。幌布が掛かった通路を見つける。
「良かった。変わってない」
分厚い幌布をかき上げると、目的の人物が居た。
「バスカル!」
物置きほどの狭いスペースで、目を閉じたバスカルが壁に背中を預けていた。口の端には血が滲み、頰は腫れ、服はヨレて泥で汚れている。
「わ、大丈夫すか!?」
駆け寄ったトサカ後輩がバスカルの肩を揺すった。ジニィは その傍らで、バスカルの利き手を取った。やはりというか、拳の皮膚が破れ出血し、腫れている。
「うっ……」
「バスカル。俺達が分かるか?」
意識を取り戻したバスカルは、ジニィの顔を見て眉をひそめた。
「誰とやりあった。ヘクターか?」
トサカ後輩が怪訝に先輩兵士らを見比べる。
「カル。この場所の事は秘密だぞ」
不承不承頷くトサカ後輩と共に、バスカルを両脇から支えて立ち上がる。
「無茶しやがって」
「隊長、すまねえ。……俺は、奴を止められなかった」
「まぁ、お前が こんなになるくらいだからな」
「そうじゃねえ!」
バスカルの表情に焦燥の色が浮かんでいる。
「まさか!?」
「その、まさかだよ。ちくしょう……!」
慌てて周囲を窺うジニィに、何かを察したトサカ後輩が声を震わせる。
「えっ。もしかして、囲まれてるんすか!?」
「ああ。俺たちは、つけられてた」
三人は血の気の引いた顔で目を見合わせた。
「俺に考えがある」
このところ ほぼ毎日 修羅場を経験しているジニィは、据わった目で覚悟を決めた。
作戦は単純明快だ。ジニィが敵の足止めをする。道に詳しいバスカルの指示で、トサカ後輩が逃走をアシストする。以上。
「無理すんなよ!」
「絶対に戻って来てください!」
入口の反対側に立てかけた板を外し、バスカルと後輩が外へ出る。ジニィは ゆっくり十秒数え、幌布を剥いだ。来た道を戻っていくと、いくつもの人の気配が周囲に散らばっていた。たっぷり息を吸い、腹の底から ゆっくりと吐く。向こうが距離を詰めてくる前に、階段の手すりを乗り越え、向かいの屋根に飛ぶ。殺気立った ならず者共が、荒い足音を立ててジニィを追った。
(今はとにかく時間稼ぎだ!)
バスカル達が逃げた方向とは逆に、できる限り敵を引きつける。屋根から屋根へ、排水管を伝いベランダに飛び込み、他人の部屋を通り抜けて通路を走る。追っ手の数はどんどん増えていくようだ。バスカル一人を どうにかする為に、これだけの人員を動員できる力。ヘクターのバックにある“組織”の規模が窺える。
(クッソ。あきらめねえな!)
ジニィは職業軍人の平均より体重が軽いせいで、全体的な力は弱い。だがその分 身軽に動ける。追っ手の半分以上は撒けた。ここで あえて戦いやすい場所まで引きつける。
(得物が護身用の警棒だけってのは心許ないな。銃とまで言わない。せめてサーベルがあれば……)
銃を持てるのは高位軍人に限られる。衛兵隊は暴漢をぶん殴れる力があれば充分。まともにサーベルを使える兵士ですら実は多くない。
敵が目前まで迫る。ジニィは警棒をベルトから引き抜き、攻めの態勢に入った。
「隊長、大丈夫っすよね?」
バスカルの体を支えるトサカ後輩は、追っ手の数が少ないのが気になって仕方ない。
「お前、知らねえのか。あいつは意外と強ぇぞ」
「隊長クラスが強いのは知ってますよ!」
「バーカ。そうじゃねえ」
ようやく表の通りに出て、積まれた木製コンテナの陰に座り込む。バスカルは顔色を青くする後輩に、息を切らしながら言い聞かせた。
「グレイズより後に入った お前らは知らねえか。戦闘訓練は おれも受けてる」
「えっ、じゃあ!」
「黙って聞け」
頬も腫れてるが、口の中が切れて痛いので、なるべく ゆっくり喋る。
「おれが行ったのは、隊長候補とか代理が受けるやつだ。戦闘訓練以外に勉強もさせられる。受講の回数と筆記試験の結果で隊長の資格を認められんだ。……だが おれは、勉強が嫌いでな」
「……オレもっす。教会の勉強会サボって、親に怒られてました」
平民の出自で隊長になれるのは、出世欲があるか、向上心の強い真面目な人間だけだ。
「隊長も支部に行ったが……その後 本部に呼ばれて、王都まで研修に行ったくれぇ優秀なんだ」
「え゙っっっ!?!???」
トサカ後輩は目ン玉が飛び出そうなくらい驚いた。ジニィは そんな事おくびにも出さず、ひけらかしもしないので、知ってるはずもなかった。
「な、なんでこんな所で油売ってんですかね……?」
もはや怯えにも近い反応に、場違いな笑いが込み上げる。
「合わなかったんだってよ。向こうの水が」
「ええ〜、もったいな〜」
ジニィはバスカルに こう漏らした事がある。
『俺は あそこに居たくない。見た目は綺麗なものでいっぱいだけど……魔窟だよ』
酒を飲んでるのに血の気の引いた顔で、無表情に呟くから尚更こわかった。先輩兵士の実話怪談である。
「でも多勢に無勢じゃないですかぁ」
「んだな。早いとこ応援呼んで助けに行こうぜ……あ」
バスカルは大切な事を思い出した。今や屯所は見張られ、いつ襲撃されてもおかしくない。そんな絶望的状況において、一カ所だけ例外的な場所がある。
「カル。おれの事はいいから、雑貨屋に行ってくれ!」
「はあ?」
バスカルは訝しむ後輩を急かし、ジニィの義弟の元へ走らせた。自身は痛む体を叱咤し、なんとか歩き出す。
「アイツらなら、神の一手を指すかも知れねえ」
バスカルの知る限り、ソーンの どの勢力にも属さず、明確な目的を持ってこの街に潜入したアグレッサー。図らずも雑貨屋の正体を知ってしまった彼は、怖気に身を震わせた。
(隊長をどうするつもりか知らねえが、必要なら守ってもらうぜ!)




