おとうとのキケンなヒミツ
時は少し遡り、アパート火災が起こる少し前。
ここは市役所ーーソーンの行政機関であり、ソーン衛兵隊を束ねる代官が駐留している施設。トップのアラン・デューガルドは、領主から一目置かれる程の、極めて有能な文官である。人徳と威厳を兼ね備え、国境を抱える地域の手綱も上手く握っている。そんな能吏にも厄介な相手がいた。
ソーン市には、領主の親族が地元名士として名を馳せていた。カドマス士長の実家。カドマスの本家である。
「それで、どのような用向きでここに?」
デューガルドは正面に座る中年の男を見据えた。彼はカドマス本家の執事。本家使用人のトップだ。
「アーロンさまの今後の扱いについて、旦那様より言付けがあります」
「今まで放置していた弟ぎみを、今ごろ、かね?」
執事は背後に控えさせている部下に、一通の手紙を出させた。受け取ったデューガルドは、封蝋の印章を確認する。開いた手紙に、片眉を吊り上げる。
「……」
「アーロンさまは本家で療養します。
後釜は“代理”を格上げに。それでいかがでしょうか」
「ふむ。正式な推薦状を受け取ってから、適切に処理しよう」
カドマス本家の執事が退出した後、デューガルドは窓際に立ってしばし思案に耽る。
(地元に根を張るカドマス家。面倒な連中だ)
デューガルドが街を治めるにあたって、カドマスは避けて通れない障害だ。彼の施政にとって、アーロン・カドマスの離脱は少し早すぎる。
読みかけの速達を引き出しから引っ張り出した。中区 隊長代行からの報せだ。
『廃工場』『アルコール』『ガラス製の遺留物』
「またおかしなモノを見つけたな。ーーむ」
見逃していた問い合わせの一文に目が留まった。
『国境警備隊にカドマス士長の縁者が在籍しているか確認を願います』
ジッとその一文を見つめ、スッと息を呑んだ。
酒の過剰摂取で倒れた当主の弟。出来の悪い弟を手元に置きたがる当主。
「なるほどな。本家以外を見逃していた」
デューガルドは部下を呼び、急遽 中区に赴く旨を伝えた。そして国境警備隊に在籍している隊員の中に、カドマス夫人の親族が居るかの確認も命じる。
「聞かねばなるまい。誰の入れ知恵か。それとも自力でそこまで辿り着いたのか」
これから行く街には、消えた『頭痛の種』の代わりに『葬送者』が紛れ込んでいる。彼に目をつけられたら最後。ささいな抵抗も許されず、あっという間に地獄送りだ。
「カドマス家より早く動かねば」
明日のスケジュールは全てキャンセルだ。ご機嫌ナナメになるだろう妻を想い、デューガルドは大きな溜め息を吐いた。
翌日。デューガルドが中区の屯所を訪れると、隊長代行は不在だった。所在を尋ねると、アパートが火災で全焼し、義弟の家に間借りしているという。
(火事を「運が悪い」で済ますには、時期的に不自然だ。誰かが口封じに動いた。誰だ? カドマス家か、それとも別口)
部下に“報告書にあった物品”を検めるよう命じ、代行の仮の住処へ馬車を飛ばす。辿り着いた店でデューガルドを迎えたのは、予想外の人物だった。
「なぜ、君が」
「お代官さま自ら、ヒラ兵士の住処に乗り込むとは。ずいぶん気が急いでいるようですね」
冷酷無比な葬送者、その人だった。
「お茶を淹れましょうか?」
「いや、結構。ここは中区 隊長代行ジニィ・ブレシュが間借りしている義弟の家で相違ないか?」
“彼”は表面上 穏やかに微笑み、デューガルドの質問を肯定した。
「ジニィは ぼくの兄です」
「兄……本気か?
なら兄はどこに?」
「眠っています」
デューガルドは息を呑む。上にあるのは生者か。もしくは死者か。
「せっかくですから、話をしましょう」
タイミング良く家人が茶を用意する。
「どうぞ。毒は入っていません」
「まるで普段は入れているような口ぶりだな」
「フフッ。すごい警戒心だ」
先にお茶に口をつけた彼は、微笑みながらカップを下ろす。
「言ったでしょう。カドマス家は“きな臭い”と」
「ああ……だが実家から出した弟を始末する程とは思うまい」
正面に座る青年から、笑みの要素だけが消えた。この家に迎えられてから、小さな棘のような殺気が全身に刺さり続けている。
「この機にカドマス家を潰しますか?」
「……いや。それでは悪戯に混乱を生むだけだ。しかしーー」
「しかし、悪しき伝統と腐敗の慣例を敷くカドマス家と、施政のさらなる改革を望む お代官さまは、相性が最悪だ」
彼の言う通りだ。金さえ上納すれば全てを うやむやにする。してくれる。そうして街を荒らされれば、国境を抱えるこの領は 些細な事から足元を崩され、あっという間に戦場に変わるだろう。
「ここで一度、悪習は一掃せねばならん」
「どうせまた湧きますよ。害虫は」
青年の微笑みは、主人に媚びへつらう執事のそれとは違う。
「内憂の粛清。それが君たちの役目だろう」
この様な おぞましい笑みではない。
✦✦✦
「ジニィ、おはよう」
「え……とぉ」
義兄に麗しい笑みを向ける義弟。
「やあ。邪魔している」
真顔の代官。
二人はダイニングからジニィを見やった。
(なにこれ、なにこれ、なにこれ、なにこれ)
何がどうなっているのか。意味が分からない。
(屯所に来るだけじゃ……。まさか、俺に用?)
「ジニィ。座ったら?」
「う、ん。無作法 失礼します」
謎の余裕を見せるアルカンに、冷や汗が流れる。ジニィがアルカンの側に歩み寄ると、彼はご機嫌に微笑んで席を立った。
「仕事の話なら、ぼくは居ない方がいいよね」
「うん、悪いな」
彼に代わって椅子に掛けようとすると、アルカンは耳元に顔を寄せて ひと言。
「この埋め合わせは今度、ね?」
「ゔっ。分かったよ」
席に着いて代官と向き合うと、これまた凄い眼力で睨まれる。
(いつもより圧がヤバいな!)
「似ていないな」
「あ、アルカンですか。はい。血の繋がりはありません。はい」
アルカンがダイニングを出た後で良かった。この手の質問は義弟の癪に触る。
「それで兄弟? 不思議な関わりだな」
(その話題、まだ引っ張るの……?)
その疑問は、ジニィのものでもある。
「あの……義兄弟、みたいなもんです」
「ほう。そこまでとは……」
「?」
代官は首を横に振り、話題を本筋へと切り替える。
「君の報告書を読んだ。その内容について、もう少し詳しく話を聞きたい」
ジニィの胃がすくみ上がった。非常に、非常に不味い質問が来てしまった。
(なんて大馬鹿なんだ! カドマス本家の執事が帰った時に、これくらい想像できただろ……っ)
速達で報告書を支部に送った際、その時のジニィは、カドマス士長が毒に倒れるとは思ってなかった。ほんの少し浮かんだ疑問への、対処を早まっただけで。
「どのあたりを説明すれば……」
「国境警備隊」
胃だけでなく、心臓までも痛くなってくる。
ジニィが黙っていると、代官は更に突っ込んだ質問を浴びせかける。
「あそこに本家の親類は居ない。ただし……アーロン・カドマス夫人の兄が在籍していた」
(ひぃ〜〜!)
ジニィは猫に睨まれるネズミ状態となった。
「……カドマス士長の、え〜、妾宅には、有るはずの無い物がありまして」
カドマス本家に尻尾を振るか、代官に筋を通すか。今ここが人生の分かれ道だと、ジニィは肌で感じていた。
(同じ猫にいたぶられるなら、あっちのがまし……か)
最悪、街を出ればいい。兵士の働き口が無いわけではないのだ。
「それは何だ?」
「禁制品」
「!」
代官の顔色がガラッと変わった。
(アア……オワッタ)
ジニィは緊急招集から戻ったあの日、カドマス士長の愛人宅で“あるもの”を見てしまった。正直に言うと、見ないふりをした。でなければ、あの場で殺されていたかも知れない。
「詳しく話せ」
「……はい」




