昔なじみと気まずい挨拶
雑貨屋の勝手口から帰宅したジニィは、ダイニングテーブルに倒れるように座り込んだ。誰かの立てた物音に反応する気力もない。しばらく放置していると、温かい感触が肩に触れた。
「おかえり、ジニィ」
ノロノロと顔を上げると、アルカンが身を屈めてジニィの顔を覗き込んでいた。パジャマにガウンを羽織った起き抜けの姿だ。
「おはようアルカン。今日は休み?」
アルカンは小さく微笑んで、ジニィの隣に腰を下ろした。
「そう。売れ行きは好調だし、一日くらい平気でしょ」
生活を共にしてからずっと見ているが、彼の所作は驚くほど美しい。だからテーブルに肘を乗せて頬杖をつくだけの仕草に、気を許されている感があってジニィの頬は緩んだ。
「なに?」
「いや。どんな格好してもサマになるの、うらやましくてさ」
頬に白い爪先が触れる。
「ふふ。疲れた顔しちゃって」
アルカンは もみあげから顎にかけて薄い桟橋を築くヒゲを、爪の背でサラリと撫でる。
「そんなとこ触って楽しいか?」
「楽しいよ?」
なんというか。なんというか。なんというか。
(俺が兄じゃなかったらヤバかった)
甘い仕草を無駄に消費してしまう残念な弟氏。いや、本人にとって大した意味はないのだろう。
「普通はな、気持ち悪いから止めろって引っ叩かれるトコだぞ」
「え、本当に?」
男前部下の実話怪談である。
「あ、そうだ。薬酒の件、色々わかったよ」
「え、マジか」
そのまま報告してくれるのかと思いきや、アルカンは戸棚から瓶を取り出して来た。
「じゃ~ん。王都の薬酒で〜す」
「え、マジかよ」
御大層なラベルが貼られた、小綺麗で高そうな大瓶。同時に用意されたショットグラスに、薄茶色をした液体が注がれる。飲めという事だ。
「コレ飲んだら寝なよ」
「ふ〜ん」
ジニィは小さく息を呑んだ。目の前に掲げたグラスから、薬っぽい独特のにおいが薄く漂う。口をつけてクッと飲み込むと、アルコールが喉を焼いた。そして口の中に広がる、えも言われぬ独特の風味。口内から鼻に突き抜ける香りに顔を顰めていると、ぐらりと視界が揺れた。
「…っう」
強烈な眠気に襲われ、意識が急激に持っていかれる。
(なんで、ウソだろ)
一切の抵抗を許されず、そのまま意識が途絶えた。
カタリ。
ジニィの指が絡むショットグラスが、そっと抜き取られる。アルカンはボトルとグラスを隅にどけ、意識を失ったジニィを軽々と抱き上げた。向かうは二階の部屋。彼の足取りに一切の乱れはなく、ひと息に二階まで登りきった。洗いざらしのシーツに義兄を寝かせ、ひとときの間 そこを離れる。戻って来た彼の手には光るモノがあった。よく研がれた なまめかしいカミソリ。そこに自身の目が映る。
「……ふん」
ジニィの首もとに刃が添えられた。
「できるかな? 首のすげ替え」
凄みを増したアメジストは、一人の男の命運を その手に握る。
✦✦✦
夜勤明けの その足で、バスカルは古い馴染みが ねぐらにしているはずの場所を訪れた。そこはバスカルにとって因縁のある場所。活気あふれる街並みの裏で、ひっそりうごめく薄暗い街。ホロ布がはためき、錆びた金属が濁った金切り音を立てる。乱立する建物の陰。ホコリとカビのにおい。どこからともなく漂う煙。
「ヘクター!」
不気味な静けさに包まれた無法者の街に、バスカルの雄々しい声が響いた。
「お前がココに来るなんて、どういう風の吹き回しだ?」
ざらつく地面を擦る音に反応し振りかえる。そこには、最後に会った時より痩せた昔なじみが居た。ダボつくコートを羽織った不健康な顔色の男ーーヘクターは、薄ら笑みを浮かべてバスカルを鋭く睨みつける。
「こんな格好してるが、衛兵として来たんじゃねえ。……つか、ひでえ顔色してんな」
皮肉と受け取ったのか、ヘクターは弾けるように笑った。
「そりゃあ、こンだけ立場が変わりゃあよぉ。
てめえはスッカリ堅気が板についたじゃねえか。ああ?」
彼はポケットに手を突っ込んだまま、ゆったりと距離を詰めてくる。バスカルの反応をジッと見つめながら、それを愉しむように。
「……チッ」
今にも殴り合いそうな緊張感をもって両者が対峙する。
「おれは遊びに来たんじゃねえ」
「ならオレを見て感傷に浸りに来たかのかよ。それともコッチが目的か?」
ヘクターは挑発的に腰を反らした。
「ぶあーか! ヤクで萎びたちんぽじゃイケねえよ」
ヒゲ面が怒りに歪む。ヘクターの体全体からは、独特の薬物臭が体臭のように漂っていた。
「なにしに来やがった」
「おれ達みてえなガキを増やして、おれ達を虐げたクソ野郎と同じコトやって、今、どんな気持ちだ?」
「……」
「答えろよっ、ヘクター!!」
憎悪、狂気の滲む面相。薬による忘却さえ、救いには程遠い。同じ境遇に生まれながら、全く違う人生を歩む二人の男が睨み合う。
「オレをテメエの手柄にする気か? そうはいかねえ」
「うるせえ、ちゃんと答えろ!」
ヘクターの体がひるがえる。バスカルは素早く反応する。一瞬の攻防、弾かれるように離れる両者。そしてヘクターは逃亡した。
「クソがっ」
深追いを危険視したバスカルは、使える道を選んでいる内に子ども達に遭遇した。二人の男児、その片割れは屯所から連れ去られた あの子供だ。とっさに少年の腕を掴むと、もう一人がバスカルを敵と見なし殴りかかった。
「お前らを捕まえに来たんじゃねえ!」
捕まえた少年が抵抗を弱めた。
「おれも昔ココに捨てられた孤児だ。お前らと同じ……。なあ、少し話せねえか?」
「火事のコトじゃねえのか?」
「あ?」
少年は失敗を隠すように手で口を押さえた。この あからさまな反応に、バスカルは愕然とする。
「隊長の家に火ぃ着けたのは、お前らか……?」
「へ、ヘクターさんが、知られたら殺せっていうから」
バスカルの手が力なく垂れ下がる。
「バカな……」
✦✦✦
扉をノックする高い音が、眠りの世界からジニィを引き上げた。雨戸の閉じられた部屋は暗いが、隙間から漏れる光はまだ明るい。重い体をのそりと起こすと、扉の向こうからイルの声が響いた。
「ジニィさーん。お客さんが来てますー」
怠い体を引きずって、少しだけ扉を開く。光の化身のような亜麻色の青年が挨拶をよこす。しょぼつく目をこすりながら時刻を聞くと、なんと出勤時間をとうに過ぎていた。
「嘘だと言ってくれ……」
「えーっ、ちょっと待って! あれ、ジニィさん!?」
「今、支度する。待っててもらって」
寝巻き代わりにしている下着の上から、いつもの制服を着込む。この家に来てから、服は小まめに洗濯され、キレイに畳まれカゴに収められている。シャツなんてパリッパリ。ありがたすぎて怖いくらいだ。袖を通しながら、ふと気づく。
(俺、寝る前に脱いだっけ?)
空きっ腹が低く唸る。それはそう。帰ってから食べた覚えがない
「待てよ。俺……酔っ払ったのか?
いや、そんなまさか」
寝る前の出来事と疑問が、己の尻尾を追いかける犬のように暴れ回る。考え事をするクセでアゴに触れると、指の感覚に違和感があった。
「え……」
ヒゲが、ない。アゴ、頰、鼻の下。ない。どこもかしこも……ツルッツル。
「っえ゙ーー!?!?」
「あ、今気づいたんですー?」
イルは あっけらかんと笑った。
「笑いごとじゃないよ!」
「お客さん待ってますー」
「っ!」
慌てて身支度を整え、降りた一階の客間。そこにはあり得ない人物が居た。
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