兄は平凡である
はじめましてな方も、前作から引き続き ご贔屓下さっている方も、改めて ご挨拶申し上げます。“月香茶” 改め“蛍人”です。新作はじめました!
尚、前作からの方は狂った感覚を一度リセットして頂き、まっさらな感性で お楽しみください。
一日目 第一話です。
霞がかった早朝。太陽が顔を覗かせる少し前から、人々の営みが呼吸を始める。空が白んで街並みが明瞭になるにつれ、通りを行き交う人の姿が少しずつ増えていく。
主道から少し奥に入った所に、二階建てのアパートがある。年輪を重ねた外壁の傷。昨夜から強い風が吹いて、玄関口の溝に木の葉が吹き溜まっている。住人が内から扉を開くと、踏み出した足の下で葉が音を立てて潰れた。
「ふ〜。昨日は飲みすぎた……」
共用の洗い場へ向かう一人の若い男性。彼の名はジニィ・ブレシュ。スラリとした上背に、寝癖のついた黒寄りの茶髪、薄い無精ひげの青年だ。むくんだ顔を洗う為に、肩にタオルを引っ掛けている。
「早いね、ジニィ。昨夜はずいぶん遅かったんじゃないかい?」
洗い場の一番乗りは、この古アパートの大家。どうやら前日の洗い物をしていたらしい。
「おはよう ネリー。昨夜は上司の酒に付き合わされてさ……なかなか帰れなかった」
「ホントに人が好いねェ。ハッキリ断ればいいのにサ」
「仕事の為だから仕方ないさ」
大家が呆れたように顔を顰める。心配してるのは分かるが、朝から説教はキツい。ジニィは会話を切り上げる為に、ポンプを引いて手早く水を汲み上げた。桶に溜まった水でザブザブと顔を洗う。ネリーが洗い終えた食器を持って去っていったので、ようやく一息つけた。
ジニィが育った この国境手前の土地は、出入りする国内外の商人、護衛の兵士、それらの“客を呼び込む”宿場、他所からの流れ者が、木の葉のように吹き溜まる雑然とした街だ。当然、治安も悪い。故にこの地には検問所を守衛する国境警備隊と、街の治安を守り犯罪を警戒する領兵がいる。ジニィは領兵であり、警ら隊に所属していた。基本的に街を守る兵士は、領民に尊敬・畏怖されるものだ。しかし末端の警ら隊は街と馴染み過ぎて、住人の感情に当てられる因果な仕事だ。
本日 晴天なり。この身を街の安全の為に費やす、長い一日が始まる。
「おはよう」
出勤 最初の挨拶は穏やかに。夜勤の面々からは、思い思いの反応が返ってくる。
「隊長。昨夜はどうでした?」
「まあまあ」
「相変わらずですか」
心配そうな女性隊員とは裏腹に、夜勤組の問題児が席を立つ。
「おめーが付き合ってやれや。アイツ歳食ってっから金だきゃあんだろぉ。一発ヤラせてーー」
「おい、グレイズに絡むな」
クズいセクハラ発言に、女性隊員は口角を上げて応えた。
「あら? 私より強そうなら一生懸命アピールしますよ♪」
布地を内側からパツパツに膨らます腕。胸部装甲と同じくらい厚い背中。筋繊維の鎧を纏う腰回り。軽くスイングしただけで風を巻き起こす脚。鍛え上げられた美しい流線が映える、ジャストサイズの隊服。高い順から数えた方が早い上背。
「煽るえ、アネゴ。さっすが婚活の為に軍の門戸を叩いただけある」
夜勤明けのトサカ後輩が語る内容は、夢や妄想の類ではない。小説よりも奇なる現実だ。
「食費までギャンブルで溶かした挙句、お金が足りなくて毎月前借りしてる男じゃあ、適齢期の娘は見向きもせず通り過ぎるわよ」
「ざけんな筋肉女ァ!」
先に絡んだ馬鹿が、辛抱堪らずグレイズに襲いかかった。これはシャレにならん。止めようと一歩踏み出したジニィは、一瞬で勝負を決した二人の前で動きを止める。
「だからグレイズに絡むなと、あれほど……」
関節を極められ床にキスした問題児が、苦しげに呻き声を漏らす。仲間らの視線は、道端のウンコを見るようなものだった。
その後、日勤の面子が続々と出勤してくる。
「あ〜、やっと帰れるゥ!」
濃い面子に揉まれ逞しくなりつつある新人君は、業務終了の開放感でいっぱいだ。グレイズに喧嘩を売った馬鹿は、罰として便所掃除。ぶつくさ文句を言いながら道具を取りに行った。
「そうだ、隊長。『サムのパン屋』の向かいに出店した雑貨屋のこと知ってます?」
帰りがけのトサカ後輩が、日報をジニィに渡しながら尋ねる。
「あ、ああ。何かあったか?」
ジニィの目が僅かに泳ぐ。そんな彼の変化に気づく事なく、トサカ後輩は首を横に振って微笑んだ。
「いや、事件じゃなく」
その雑貨屋は、最近 開店したばかりの街の新顔だ。にも関わらず、人集りができる程の人気ぶり。そういう場ではトラブルが起きやすいもの。ジニィは一昨日、念のため偵察に赴いた。周囲に警戒されぬよう客として紛れ込んで。いくら生活用品が多いとはいえ、女性ばかりの異様な状況。ジニィの場違い感が酷かった。
「店主だろ」
「そう! 物凄い美形なんです」
このトサカ後輩。流行り物が好きで女子の群れにも平気で突入する。好奇心の塊だ。
「おつかれさまでした」
「ゆっくり休めよ」
グレイズが夜勤の疲れを薄く滲ませた笑顔で退出していった。普段の二割増イケメンである。
微妙な表情をするジニィに、トサカ後輩は訳知り顔で頷いた。
「分かります。男は“見てくれ”じゃなく中身で勝負!」
「……」
ジニィは一昨日の出来事を思い返していた。ソレを隊の皆に周知させるべきか否か思案する。
「俺は“俺の趣味を受け入れてくれる女子”をお嫁さんにしたいなあ」
「その内 見つかるんじゃないか」
ジニィの精神衛生上 良くないので止めた。
「見回りに行ってくる」
「ウース」
日勤隊は、午前と午後に一度ずつ街の警らに当たる。この頃は物騒で、各二回に見回りを増やして対応していた。本日のバディは、社交性の高い隊員 バスカルだ。
「よう、兄さんら!」
「おう。変わりはねえか?」
二人は住人らの平和な様子に表情を緩める。
「それがさあ」
その一人の口から、昨夜起こった出来事が語られた。これはトサカ後輩からも概ね同じ内容を聞いている。
この頃、街に薬物中毒者が増えてきた。国境に近いこの街は、国境検問所で見落とした“ブツ”の影響が顕在化する場所でもある。昨夜は中毒者が暴れて宿屋の一部を破壊した為、夜勤組が その者を捕縛し留置場に入れた。今は待機組が様子見をしている。中毒者が街に害をなし始めてから約三月。通算で七人目と、ハイペースで問題が起こっている。前回の大摘発は かなり前。ジニィが二年目の新人だった頃だ。雑用でバタバタした記憶しかない。
「前とは違う薬みたいだな」
「あぁ、やっぱりそうか」
冷めた目バスカルの目が、街をグルリと見回す。常と変わらぬ様に見えて、内側から徐々に浸食されつつある街。いくら見回りを増やしても、売り捌く者、その元締めは消えて無くならない。
「“上”からは?」
「今のとこまだ」
「チッ。いつも動きが遅ぇんだよ」
陽気が服を着ているといわれるバスカルだが、違法薬物には思う所があり 陰鬱さが表情を曇らせている。
「聞いてくれよ隊長。オレ、こないだフラれちゃってさ」
「……宿屋の息子?」
「それ。偶々 浮気してるトコに鉢合わせちまってよ。もうサイアク」
「そりゃ気の毒に……」
バスカルは悲しげに空を見上げた。
「興味本位で男と付き合ったけど、やっぱ女の方がいいって……ぐすんっ」
「えっ、浮気相手 女だったのか。
てか、浮気するなら別れればいいのにな」
「お前のが酷いわ」
「何でだよ!」
実に解せぬ。
警ら中のジニィらは、件の雑貨屋の前に差し掛かっていた。店の前には人っ子一人居ない。扉には『閉店』の札が掛けられていた。
「あぁ残念。ここの店主、立ち姿がスラッとしてて、シュッとした美男子なのよ」
「ああ。……お前の“好み”か?」
傷心のバスカルは、ジニィを わざとらしく睨んだ。
「もう忘れたのか? オレは体毛濃いめのガチムチが好きなの!」
「そうだ。そうだったスマン」
ただの興味本位だったらしい。それはそれとして少し落ち込む。ジニィは“薄い”のだろうか。あくまでも“それなり”だと思いたい。
店の前を通り過ぎようとした時、札が掛けられた扉が開いた。
「あ、兄さん!」
「え?」
美形で名が売れている雑貨屋店主ーーアルカン青年が顔を出した。屋台のおばちゃんに“イケメン”と称される兄とは、明らかに次元が違う。十人に九人が肯定する“ホンモノ”がそこに居た。
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