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異世界巌窟王〜追放されNTRれてたけど、俺には盤面が見えている〜  作者: どすこい海苔巻
第一章 虚構の裁き
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公開裁判

 王都に着く前から分かっていた。

 この裁判は、真実を決める場じゃない。

 「俺が反逆者だ」という結論を、もっともらしく見せる場だ。


 馬車の中で、手首の鎖がかちゃりと鳴る。

 護送の神殿兵は二人。逃げ道があるように見えて、逃げた瞬間に詰む配置。

 逃げれば「逃亡反逆者」だ。

 そうなったら、俺は永久に口を開けなくなる。

 ――まだ、逃げるときじゃない。


 王都の門をくぐると、視線が刺さった。

「反逆者が来たぞ」

「勇者様を裏切ったって」

 俺の顔を知らない連中が、俺の罪だけを知っている。

 噂は、裁判より速い。


 連れて行かれたのは神殿の法廷。

 円形の広間に、観客席。証言台。裁判官席。

 ……劇場だ。

 正義の衣装を着た観客が、結末を見に来ている。


 裁判官席に座るのは、神殿法務官セリオ。白い法衣の男。

 その前列に、二人の「味方だったはずの男」がいた。

 鎧姿で堂々としているのが、勇者英雄ガルド。

 帳簿を抱えて困った顔をしているのが、会計ロルフ。


 そして――治癒術師が座るべき席は空だった。

 リュシアはいない。

 来れば殺される。共犯として処刑される。

 だから彼女は来ない。来られない。

 俺が「待て、そして希望を失うな」と言ったのは、こういう意味だ。


「被告人アレイン・ルグラン」

 法務官セリオが淡々と告げた。

「汝は王国に反逆し、討伐隊の作戦を妨害した疑いがある」


 疑い。

 そう言いながら、空気はもう確定している。

「弁明はあるか」

「ある。俺は反逆していない」


 観客がざわつく。

 だが、そのざわめきは「聞こう」ではなく「言い訳だろう」だ。


「では、証拠を示す」

 最初に前へ出たのは、会計ロルフだった。

 帳簿係のくせに、ここでは裁判官みたいな顔をする。

「討伐隊の補給帳簿です。物資が横流しされていました」

 ロルフは帳簿を開いて見せた。

「そして――この横流しの承認欄に、署名があります」


 そこに書かれていた名前。

 アレイン・ルグラン。

 俺の名前。

 観客席がどよめく。

 文字があるだけで、人は信じる。


「偽造だ」

 俺は即答した。

「俺は会計帳簿に署名しない。そもそも俺は補給の承認者じゃない。

 俺が署名するのは、作戦書と指揮命令書だけだ」


 ロルフは困った顔を崩さない。

「ですが、署名はあります」

 それだけ。

 反論する気はない。押し切る気しかない。


 法務官セリオが、静かに頷いた。

「次」


 次に前へ出たのは、英雄ガルドだった。

 たったそれだけで、空気が変わる。

 観客の目が「正義」を見る目になる。


「俺たちは何度も奇襲を受けた」

 ガルドは大きな声で言った。

「敵が、俺たちの動きを知ってた。何度もだ。おかしいと思った」


 観客が怒り始める。

 金の話より、裏切りの話のほうが燃える。


「作戦内容を知っていた者は?」

 法務官セリオが穏やかに問う。

「参謀だ。……アレインしかいない」


「待て」

 俺は口を開いた。

「作戦内容を知っていたのは俺だけじゃない。前衛の配置はお前も知っていた。

 撤退ラインも――」


「被告人」

 法務官セリオが、俺の言葉を切った。

「つまり汝は、奇襲を受けた事実そのものは否定しないのだな」


 ……来た。

 論点をずらし、「奇襲=事実」に縄をかける。


「……分からない。だが俺じゃない」


 観客が笑った。

「分からないのに否定するな!」

「怪しい!」


 英雄ガルドが一歩前に出る。

「俺は信じたかった。参謀は仲間だったからな」

 嘘だ。だが英雄の嘘は美談になる。

「でも、帳簿の署名もある。奇襲もある。参謀が一番怪しい。……そうだろ?」


 観客が頷く。

 「そうだろ?」で罪が固まる。世界は軽い。


「では、治癒術師リュシア・エヴァレットを呼ぶ」

 沈黙。空席。

「……不在か」


 来られないようにしたのは、お前たちだ。


「証人不在。よって被告の弁明を裏付ける証言は得られない」


 ――チェックメイトか?

 ……いや。

 あいつらは、まだ盤面を見誤っている。


「被告アレイン・ルグラン。反逆の嫌疑、極めて濃厚」

 観客が沸いた。

 ここは裁判じゃない。娯楽だ。


「よって拘束を継続し、神殿の審問へ移す」


 社会的に、俺はもう死んだ。


 英雄ガルドは胸を張り、

 会計ロルフは困った顔で頷き、

 法務官セリオは、最後まで表情を変えなかった。


 引きずられながら、俺は振り返る。

 ガルドが笑っていた。

 最初から勝つと知っていた者の笑いだ。


 戦術士は英雄になれない。

 だが、俺は見ていた。

 英雄と呼ばれるものの嘘を。


 俺は虚構の縁から、必ず戻ってくる。

 そう決心した。


(次回:名前を消される日)

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