あの夏の君へ
夏の夕暮れ
静かな神社の石段に僕は座っていた。
隣には浴衣姿の彼女。
白に薄紫の花模様の浴衣、ざっくりまとめた髪。
祭りの喧騒は遠くで聞こえるだけだった。
風が髪を揺らす。
手のひらが少し湿っていることに気づく。
「……暑いね」
彼女が小さくつぶやく。
僕はうなずくだけで言葉が出ない。
ポケットの手紙に触れる。
少し冷たく、湿った紙。
何度も取り出そうとしては、しまい込む。
指先が揺れる。
景色が揺れる。
さっきとは石段や苔の色が少し違う気がした。
「……あのさ」
喉が詰まる。
視界がふっと揺れ、空気が少し重くなる。
そして彼女に目を向けた。
でも、隣には誰もいなかった。
ポケットを探すと、手紙は消えていた。
風は同じ夏の匂い。
周囲の景色や人々の服装は、微妙にあの時のままだ。
ついさっきまで、僕は10年前に戻っていた。
夕陽は変わらず、祭りの音もまだ遠くで響いている。
僕は静かに階段を下り、夏の風に身を委ねた。
胸に残るのは、届いた想いと
叶わなかった恋の切なさだけだった。