久々の再開
――10年前――
「優樹、美玲、落ち着いて聞いて。おじさんいるでしょ?ママのお兄さん。昨日亡くなったの」
母の言葉は、私の耳にすんなりと入ってくるどころか、それが現実だと思えなかった。私は、叔父の顔さえあまり思い出せない。
小さい頃、お正月だけ、私たち家族と従兄弟の家族が集まっていた。あの頃の記憶は断片的で、覚えているのは、年の離れた諒太が一人離れた場所に座ってるのを遠目から見ていたり、みんなでトランプをして遊んだりしたこと。だけど、諒太が家族との時間よりも、友達や恋人と過ごすようになってからは、顔を合わせることも少なくなり、最後に会ったのは私がまだ小学生の頃だった。
20XX年の夏、私はどこか現実感のないまま、車に乗って従兄弟が住む町へと向かう。車窓から流れる風景はいつもと変わらなかったけれど、心の中は落ち着かなかった。
住宅街に着くと、母はすぐに車を降りて玄関先で誰かと話している。
「お兄、待って」
緊張して、私は兄の後ろに隠れるようにして立っていた。久しぶりに会う従兄弟に、なんだか緊張してしまっていたからだ。玄関先に立っているのは、真っ黒な髪をふわっと七三に分け、喪服を着た諒太だった。
「あれ?… 諒太?」
記憶の中の諒太はふわっとした茶髪で、どこか少年のような印象だったから、私は一瞬誰だかわからなかった。でも、ドア越しに私たちを見ている諒太の目を見た瞬間、心の中に小さな火花が散った。なんだか、視線が離せなくて。
「諒太、久しぶり」
「久しぶりだな!元気だった?」
「うん、元気。……おじさん、急だったね」
「まぁ……、でも長くICUに入っていたから、割と前から覚悟はしてた。まだいろいろ整理できてないけど、意外と大丈夫かな」
「それなら良かったけど」
「ってか、後ろにいるの美玲か?」
「あ、あの、久しぶり…」
「全然わからなかった!メイクなんかしちゃって、大人になったな!」
その言葉に、私は少し照れてしまった。諒太が目を細めて笑ってくれるのが、なんだか嬉しくて。
家に入ると、叔父の遺体は寝室の畳の上に安置されていた。生前の希望で自宅に運ばれてきたのだという。白い布団に包まれた叔父は、まるで深い眠りについているようだった。でも、そっと触れた手の冷たさが現実を突きつけてくる。心臓がぎゅっと縮むような感覚に襲われた。
叔母は叔父の枕元にへたり込み、震え声で名前を呼び続けていた。諒太が静かに叔母の肩を支え、母は袖で涙を拭いながらすすり泣いている。兄は私と同じように、部屋の隅で固まったまま動けずにいた。
私はただその場に立っているだけで精一杯だった。何を言えばいいのか、どうすればいいのかわからない。重い空気の中で、自分だけが浮いているような気がした。
霊柩車に揺られて火葬場へ。静寂の中、炉の前で最期の対面をした後、しばらく待合室で過ごした。時間が妙に長く感じられる。
お骨上げの時、叔母の手は小刻みに震えていた。諒太がそっと支えている。そういえば、今日一日諒太が涙を流すところを一度も見ていない。本当に立ち直ったのだろうか。それとも、誰かを支えることで自分を保っているのだろうか。
「美玲、大丈夫?」
骨壺の前で立ち尽くしている私に、諒太が優しく声をかけてくれた。
「うん、大丈夫」
そう答えたものの、実際には叔父のことよりも、なぜか全然違うことばかり頭に浮かんでいた。こんな時にと思いながらも、集中できない自分がいた。
隣接している葬儀場での告別式は、思っていたよりもあっさりと終わった。これで本当におしまいなのかと、どこか拍子抜けしたような気持ちになった。
式の後、みんなで諒太の家に帰った。夕日が窓から差し込む居間で、お疲れさまでしたと言いながら、ぽつりぽつりと他愛もない話をした。重い一日の後の、ささやかな安らぎの時間だった。
「美玲は進路どうするの?」
「うーん、まだ決めてない」
「なら、大学に行くといいよ」
「大学って楽しい?」
「めちゃくちゃ楽しかったよ!」
諒太がそう言って、卒業アルバムと卒論を見せてくれた。大学が、ドラマの世界の話ではなく、急に現実的に思えてきて、なんだか胸が高鳴った。諒太みたいに勉強熱心に、効率よく生きていけたら、どんなに楽しいだろうと思ったけれど、私の頭の中では、そんな理屈なんて意味がなかった。その日、その瞬間の楽しさを求めることが、私の全てだったから。
その後、家族や親戚と少しだけ会話を交わして、諒太と連絡先を交換し、私たちは家に帰った。
それからしばらく、諒太とのメールは続いた。最初は普通の挨拶や近況報告だったけれど、徐々に、私の些細な出来事にまで興味を持ってくれるようになって、それが、とても嬉しかった。
「学校行く前にバイトしてるのか!すごいな!」
「相変わらず背が高くてスラっとしてるし、ずいぶんモテるだろう?」
「昔から俺の後ろについて歩いてた美玲が、こんなに大人になったんだな」
その言葉一つ一つが、心を照らしてくれた。私は、もう完全に諒太に恋をしていた。焦がれるように。
「よし、じゃあ、今度どこかでかけるか」
「うん!楽しみ!」
「しばらくは今回の件でちょっと忙しいから、行けるとしたら来月かな」
諒太と2人で会う約束をしたのは、あの日からちょうど1ヶ月後、8月のことだった。