お墓参りへ行こう
バタバタと忙しい平日を終え、土曜日の朝。地元の最寄り駅からカーシェアリングサービスを使って、私は田舎にある墓地へと向かう。山に囲まれたこの場所は、昔は何もなくて、正直あまり好きではなかった。けれど、大人になってから来てみると、空気が澄んでいて、日の光を浴びた木々が美しく見えるようになった。都会の喧騒から離れ、静かな時間を過ごせるのが心地よい。
駐車場に車を停めて、水桶にたっぷりと水を汲む。そして、坂道を上がりながら、「あっついな」と思わずつぶやく。まだ梅雨も明けていないのに、この日は気温が27度。汗ばむ陽気が体にまとわりついている。
「おじちゃん、今日もお花買ってくるの忘れたよ」
墓石に向かって話しかける。そこに刻まれているのは「上田家之墓」。亡くなった母の兄、つまり私の叔父、諒太の父親の名前だ。もう10年も前のことだというのに、思い出すと今でも胸が少し痛くなる。
——そう、諒太は私の従兄弟。そして、初恋の相手。
「お花はないけどさ、お水はたっぷりあるし、お線香もこれ見て、藤の香りがするんだって」
仕事帰りにふらりと立ち寄ったデパートで、私は偶然見つけたお香のお店に吸い寄せられた。そこには、ほんのりと藤の香りが漂うお線香が並んでいた。気になって買ってみたものだ。火を灯すと、白い煙がふわりと空に昇っていく。その煙を見つめていると、なんだか心が落ち着いていく気がした。
一人でここに来るようになって、もう何年経っただろう。毎回、墓石の汚れを丁寧に磨いて、雑草を抜いて、見えるところはすべて綺麗にしていく。そして、最後にお線香を立てる。藤の香りを感じながら、じっと空を見上げると、どこか懐かしく、安らかな気持ちになる。
「おー、いい匂いだよ、ほんとに。天気もいいし、最高だね」
小高い山に囲まれた霊園は静かで、美しい場所だ。坂も多くて、昔はよく「お墓でケガをしたら治らない」なんて言われて、走ってはいけないと叱られたりもした。その坂も、水汲み場も、休憩所も――家族や諒太との思い出がそこかしこに残っている。
「最近さ、よく諒太のことを思い出すんだ。記憶だけがどんどん美化されていって、美化された記憶に苦しめられる。ちょっと、疲れちゃったんだよね」
思わず声が漏れてしまう。あの日のことを思い出しながら、私は心の中でおじさんに話しかけている。