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アネモネ  作者: Miley
上司と急接近
7/19

ヒソヒソ話


 月曜日の朝、会社に着くと、どこからともなくヒソヒソとした声が耳に入ってきた。何の話題かはわからないが、妙にこそこそしている雰囲気は嫌でも感じる。デスクに鞄を置き、少し早めにパウダールームへ向かった。


 ファンデーションで鼻のテカリを直していると、勢いよく女子トイレの扉が開き、まるで猪のような勢いで経理部の柏木さんが飛び込んできた。


「神崎さん、おはよう」

「あ、おはようございます。どうしました?」


 まだ鏡に集中していた私は、目を合わせずに返事をした。……それがいけなかったらしい。明らかに不機嫌そうに鼻で笑い、目を細めてこちらを睨んできた。


「“どうしました”って……。駅前で随分と親しげに海堂部長と歩いてたらしいじゃない。あなた、後輩の分際でちょっと調子に乗ってるんじゃない?」

「は?なんですか、それ」

「あなたみたいな女が、海堂部長の隣を歩けるわけないのに。どうしてそんな噂が立つのかしらね」

「……よくわかりませんけど、私、10時からミーティングがあるので準備してる途中なんです」

「ほんと可愛げがない!あのね、知らないわけじゃないでしょうけど、海堂部長にはファンクラブがあるのよ?私たちを差し置いて、必要以上に関わらないでちょうだい」


 そう言い捨てると、柏木さんはパウダールームを後にした。


 ……なんだろう。苦手な相手とはいえ、私の態度が悪かったのかも、と少しだけ反省。でも、営業と経理はフロアも違うし、普段ならほとんど接点はないはずなのに。海堂さんが異動してきて直属の上司になった途端、やたら絡まれるようになった。


 朝から感じていたヒソヒソの正体、それは土曜日の朝、駅前で海堂さんと一緒にいたところを誰かに見られていたかららしい。「週末は神崎が海堂部長の家に泊まっている」なんて、どこからどうしてそんな話になったのか……。でもまあ、泊まったのは事実だから否定しきれない。人の情報網ってほんと怖い。


 一日中、視線と小声に晒されて、居心地が悪いにもほどがあった。


「お疲れ様です。明日の報告会、よろしくお願いします」

「お疲れ様。資料は完璧だし、あとは村上くんが落ち着いて説明するだけよ。大丈夫」

「ありがとうございます!本当、美玲さんに“大丈夫”って言われるとその気になれます!」

「ふふ、それは嬉しいな」

「僕、美玲さんと海堂部長、すごくお似合いだと思いますよ」

「……え?」

「今日、柏木さんの取り巻きが色々言ってたんです。でも、みんな“ああ、納得”って感じで聞いてて」

「ほんと迷惑な噂なんだけど……」

「そうなんですか?」


 部下との会話で恋愛の話になると、なぜか半径2メートル以内に人が集まってくるのは、なぜだろう。


「実際、海堂部長といい感じなんですかぁ?」


 横から割って入ってきたのは、若林さん。経理部からアメリカ事業部に異動してきて半年。見た目はふんわりきゅるん系。全体的に、なんとなく馴染めないタイプの後輩だ。


「いい感じとか本当にないから。。むしろ迷惑なので噂とか流さないでください」

「でもぉ、週末は一緒に過ごしてるんですよね?」

「過ごしてないし、証拠もないことを言いふらさないでくださいね、若林さん」

「会社から少し離れたとこで会ってたって事はぁ……海堂さんの自宅、あの辺なんですかぁ?」

「知らないよ」


 じわじわとイライラが募っていく。若林さんのこの話し方、そして露骨な情報収集モード。絶対、柏木さんに報告するつもりだ。


「なんの噂か知らないけど、事実無根!私はあんな無愛想で口の悪い人は、絶対に嫌です!」

「……ほぉ」


 ――まさかの、背後から低く響く声。場が一瞬で凍りついた。


 (……嫌な予感しかしない)


 そっとデスクの鞄を手に取り、ぎこちなく振り返ると――そこには、上から物凄い眼力で見下ろす、海堂さんの姿があった。


「か、海堂さん……お疲れ様でーす。みんなもお疲れ。村上くん、また明日ね」

「待て」

「……なんでしょう(泣)」


 なんで誰も教えてくれなかったの……。と、周囲を睨むと、どうやら誰も止めるタイミングが掴めなかったらしい。


「海堂部長〜、お疲れ様ですぅ!」

「若林さん、お疲れ様。仕事が残ってないなら早く帰ってくださいね」

「覚えてていただけて光栄です〜。よかったらみんなでご飯行きませんかぁ?」

「このあと神崎さんに、明日の朝イチでやる打ち合わせの引継ぎあるから。行くなら他のみんなで行っておいで」

「はぁい。今度ぜひ飲みに行きましょうねっ」

「今期売上も良いし、落ち着いたらみんなで行こうか」


 ……萌え袖、上目遣い、小顔ポーズ。さすがというか、なんというか。でも、海堂さんの落ち着いた対応にファンクラブ人気が冷めない理由がよくわかった。


 ただ、ひとつ。


「……打ち合わせって、聞いてません」

「今言った」

「私、明日22時にLV支店との打ち合わせあるんですけど……」

「さっさと資料取りに来い」


 ……もうほんと、なんなんですか。


「美玲さん、僕たちそろそろ失礼します。明日、報告会よろしくお願いします」

「あ、うん。今日はゆっくり休んで」

「海堂部長も、お疲れ様です!」


 村上くんが、未練たっぷりな若林さんの腕を引いてオフィスを出ていく。静かになった空間に、キーボードの音と数人の話し声だけが響いていた。


 渋々、海堂さんのデスクへ向かう。


「……本当に、打ち合わせあるんですか。朝から……?」

「11時」

「え?あ、なんだ!」

「うちの会議室。一時間くらい」

「なんだ……なんで“朝イチ”なんて嘘つくんですか!」

「別に」


 食事の流れを断ち切るためだったらしい。……どれだけ人付き合いが嫌いなんだ、この人。


「話は以上。これ、資料。お疲れ」

「はぁ……お疲れ様ですー」


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