鼻につくやつ
写真の角をぎゅっと掴んだまま離せない。
「なんで……海堂さんが、諒太と……?」
そのまま固まっていると、リビングの扉の開く音が聞こえた。急いで写真を元に戻し、心臓が壁を叩くように大きく鼓動しているのを悟られないよう冷蔵庫の扉を開ける。
「冷蔵庫に頭突っ込んで……何してんの?」
濡れた髪の毛をぐしゃっとかきあげながら、海外さんはキッチンへ向かい、水を一杯注いだ。
「あの……このシリアル、牛乳が……」
困惑している頭を尽くして言葉を選んだけれど、喉の奥で引っかかってうまく出てこなかった。冷気が顔に当たって、少しずつ現実感を取り戻す。
「何言ってんの?」
「シリアル食べようと思って……でも、牛乳がなくて」
「ねーよ、牛乳なんか。冷蔵庫見たらわかるだろ。俺、料理しないし食材なんかない」
本当に鼻につくやつだ…と心の中で何度も悪態をつきながら、写真の衝撃と、今この瞬間の苛立ちをなんとか胸の奥に押し込んだ。
「フルーツならあるけど」
その言葉に、私は思わずため息をつきそうになる。
「お前もそれ好きなんだな」
海堂さんは、シンクに寄りかかり、リンゴを丸かじりしながら私の手にあるシリアルをちらりと見て言った。
「俺の友達がアメリカにいてさ、それ毎日食ってるって。美味いからって送ってくるの」
「いろんなところにお友達がいらっしゃるんですね」
「それ持って帰っていいよ。俺シリアル苦手なんだよね。犬の餌みたいで」
「なんてこと言うんですか」
シリアルの箱を抱えて冷蔵庫の扉を閉める。眠りから覚めたばかりの部屋に戻ると、カーテンのない窓から太陽の光が部屋を照らしていた。荷物をまとめながら、もやもやした気持ちを振り払おうとする。
「なんか食いに行くか?」
「それなら、駅前に知り合いの喫茶店があるんです。昨晩のお礼にコーヒー奢らせてください」
「おう、さんきゅ」
黒のソファに腰をかけて、鏡代わりにスマホを使いながら崩れたメイクを直していると、ふと断片的な夢の記憶がよみがえってきた。
ふわっと差し出された手を掴みたかった。だけど、それは触れようとすると透明になってしまうような、不確かで儚い感触だった。
「どうして夢ってすぐに忘れちゃうんだと思います?大事に覚えていたいのに、起きたらほとんど思い出せない」
「覚えてても仕方ないしな。忘れるからいいんだよ」
窓の外に視線をやる。遠くに、薄い雲が流れていた。まるで、夢の続きがまだ空の向こうにあるような景色だった。
メイクを直して服を整え、玄関で脱いだ記憶のないパンプスに足をいれる。後ろを振り向くと、ジーンズとTシャツというラフな格好のくせに、海堂さんはまるでモデルみたいに玄関へと歩いてくる。その姿に思わずつぶやいた。
「……廊下がパリコレみたい」
「なに言ってんの本当に」
苦笑混じりのツッコミ。私は黙って玄関を開けた。