上司の家で目が覚めた
大きな窓から差し込む朝陽が、深く沈んでいた意識を無理やり浮上させる。鈍く鋭い痛みがこめかみを貫き、目を開いた瞬間、現実の輪郭がじわじわと形を成し始めた。
天井、ソファ、壁掛けテレビ、スモークガラスのテーブル。その場違いな空間に、まず驚きが走る。自分が寝ていたのは、黒く大きなソファ。重力から解放されるように体を起こすと、バサリと何かが床に落ちた。
「……タオルケット?」
視線を巡らせれば、自分の家がふたつは入るだろう広々としたリビングダイニング。モダンなカウンターキッチンの前には、外国製と思しきダイニングテーブルと椅子。脇に佇むワインセラーが、まるでラウンジの一角のように静かに鎮座していた。
その窓の外に広がるのは、見慣れた街——東京。
「頭痛い。ここ、どこ……?」
状況を理解しようとすればするほど、焦りが喉を締め付ける。見知らぬ部屋。けれど、ただの混乱とは違う何かが、胸の奥をざわつかせていた。
「やっと起きたか」
その声は、空気を震わせるより早く、鼓膜を直撃し、驚愕に体が跳ねる。声の主に視線を向けた瞬間、全身の血が一瞬で冷えた。
「……か、海堂さん?」
「寝すぎ。俺、土曜のワイドショー結構好きなのに、もう終わっちゃったじゃん」
壁の向こうから現れたのは、部署の上司——海堂さんだ。
「えっ、なんで……?」
「昨日、1時に帰るって言って速攻で寝た」
淡々とグラスに水を注ぎながら、まるで昨夜の続きを話すように自然だった。けれど、こちらの頭はまだ追いつかない。
「シャワー浴びてくるけど、腹減ってたら適当に何か食って」
「……はい」
まだ夢の中にいるような感覚のまま、喉の乾きを言い訳にキッチンへと向かった。まるでモデルルームのようなそこは、完璧に整えられた家電と、ため息が出るほど広い調理スペース。食材を探すようにキッチン横のパントリーへ足を踏み入れた瞬間、懐かしいパッケージが視界に入る。
「あ、これ……」
留学時代、アメリカで毎朝食べていたハニーマカダミアナッツのシリアル。思わず手に取って微笑む。その時、視界の片隅、棚の隙間から数枚の写真が覗いた。
「ん?……海堂さんの大学時代の写真?」
何気なく手に取った写真に写る学生時代の海堂さん。2枚目、3枚目……と見ていくと、途端に思考が止まる。文化祭でミスターコンに参加している海堂さんの横に写っている男性、卒業旅行でハワイの5つ星ホテルでディナーをしている男性グループ、どの写真にも、隣に写っていたのは——
「……諒太?」
心臓がきゅっと縮まる感覚。そこには、10年想い続けている諒太が写っていた。