表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アネモネ  作者: Miley
神崎 美鈴
2/19

上司と一杯


「神崎?」


 その声に振り向くと、1年前にイタリアでの海外赴任を終え、営業部の部長として戻ってきた海堂さんが立っていた。180センチのスラっとした身体とキリッとした一重の目が特徴的で、女性社員の間で人気が高い。私が所属するアメリカチームの係長が退職してから後任が決まらず、チームは一時的に海堂さんが兼任している。おそらく、今後本格的に就任するのだろう。


「お疲れ様です。海堂さん、珍しいですね」

「たまには帰りに飲んで帰ろうと思って。ここにはよく来るのか?」

「まぁ、たまにです」

「ふーん」


 海堂さんは隣の席に腰をかけ、スコッチウイスキーを注文する。


「私、そろそろ帰りますよ」

「一杯くらい付き合えよ」


 仕方なくブルームーンをもう一杯注文し、マスターに「伝票はこちらの男性に」と小声で頼むが、怒られるかもしれない。とはいえ、結局その前に飲んでいた分まで海堂さんが支払ってくれた。


「海堂さん、ごちそうさまです」

「お前みたいな部下を持つと、上司がかわいそうだな」

「次はロマネコンティ飲みたいです

「調子のんな」


 海堂さんは地下鉄の駅まで見送りに来ると、そのまま来た道を戻って行った。



 その後、毎週末ではないけれど、時々《President》でお酒を楽しみながら仕事の悩みを話すようになった。会社での海堂さんは、口数が少なくて、表情もあまり豊かではない。まさにとっつきにくい上司の典型だ。しかし、ここでは少し違う。話し上手で笑いのセンスもある。プライベートの悩みを相談することが少しずつ増えて、今では誰よりも頼りにしている。


 ある日、いつも通りカウンターでお酒を嗜んでいると、入口の方から声をかけられた。


「ほんと、いつもいるな」

「海堂さんも、人のこと言えないじゃないですか」

「俺、家この辺だし」

「うわ、鼻につくエリート発言。稼いでる人は住む世界が違いますね」

「その言い方やめろ。鼻につく」

「マネしないでください」


 海堂さんがバーボンをロックで注文し、ウエイターにスーツを預けている。私はカンパリオレンジを飲み干し、カウンター内のバーテンダーにおかわりを頼んだ。


「珍しいもの飲んでるな」

「今日は気分が違うので」


 海堂さんが一口ウィスキーを飲んだ後、何気なく質問してきた。


「なんでこの店なの?会社の近くにも家の近くにもバーくらいあるだろう?」

「うーん、それは答え難き質問です」

「なんでだよ」

「女は少しくらい秘密があった方が美しくなれるんですよ」

「あっそう」


 少しずつ酔いが回って、視界がぼんやりと滲んでいく。海堂さんとは笑いながら話していたけれど、心の奥ではずっと、薄れていく記憶がふわりふわりと浮かんでは消え、まるで幻のように揺れていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ