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アネモネ  作者: Miley
アネモネ
19/19

片想いのその先に


 空港の到着ロビーからゲートを抜けて、イミグレーションでパスポートを提示し"OK,next!!"と雑に扱われる接客に対して悦びを感じてしまうのは、日本の心こもった接客のおかげだなとつくづく思う。自動ドアを抜けると人で賑わっているフロアを大きなスーツケースを引っ張って空港の自動車ロータリーへ。白のSUV車からサングラスをかけた長身の男性が降りたのが見えた。


「海堂さーーん!」


 片手を大きくあげて手を振ると、ロータリーにいる海堂さんがフッと笑った。


「お疲れ。いつにましても疲れた顔してんな」

「成田で急にミーティング入ったんですけど、ボーディングまで時間なかったんで機内で資料つくってさっき送ったんですよ。もう、お腹すいた……。まだ17時だけど……ご飯行きましょう!」

「おう」


 車の後部座席にスーツケースを乗せて、助手席の扉を開けてスマートに助手席へとエスコートしてくれる。運転席に座り車を走らせ、荷物を置きに一度海堂さんの自宅へと向かった。


「いつ帰るんだっけ」

「来月の2日ですね」

「一ヶ月?よく休みとれたな」

「出張のついでに海堂さんのところに顔出してくるって言ったら、海堂さんの写真送ってくれるならってついでにバケーションくれました」

「まぁ部屋余ってるし好きなだけどうぞ」


 会社の上司には今回の宿泊先は伝えているが、同じ部署の人たちには適当なモーテルに宿泊して来ると伝えている。当初は出張の1週間をホテルで過ごす予定だったが、連絡を取り合っていた海堂さんに報告したところ、部屋が余ってるからと家を提供してくれた。


 今回ここに滞在していることが海堂ファンクラブのお局達にバレたら処刑される……。


「そうなったら海堂さんには彼女たちと食事してもらって……」

「は?」

「いえ、何でもないです」


 ゴールドコースト空港から海堂さんの自宅までは車で約30分。公道からは綺麗な海が見える。少しづつ住宅街へと近づき、白いウッド調のテラスがある戸建ての前で車を停めた。


「ついた」

「え、一軒家なんですか」

「うん、一応会社が用意してくれてたマンションあったんだけど、マリンヴィレッジだと嫌でも近所付き合いあるし俺人付き合いとかマジで嫌いだし」

「家賃高そうですね」

「多少は会社が出してくれてるしな。そんな変わんない」


 家の前の通りは綺麗に装飾され、街灯がレトロで可愛い。ゴミ捨て場は綺麗に保たれていて、ここは比較的治安の良い場所なのだと理解する。


 海堂さんは後部座席からスーツケースを下ろすと、エントランスへと向かうのでその後をついて行った。


 玄関扉を開けるとタイルフロアの広々とした洋間に綺麗に手入れされている観葉植物がいくつかあり、いつだか見覚えのある黒いレザー調のソファが置かれている。


 ベッドとテーブルがある6畳ほどの小部屋が今日から泊まる部屋。スーツケースからワンピースを取り出して機内バージョンからお出かけバージョンへ着替えを済ます。コテで軽く髪を整えて化粧も夜のお出かけ仕様で少し濃いめに直した。


 再び車に乗り込み、夕方の街を走る。西日がフロントガラスを照らし、街にはそろそろ明かりが灯り始める時間帯だった。


「海堂さん、オーストラリア何年くらい滞在ですかねぇ。部署変わったらまた海外なんて、独身男性のさがですね」

「1〜2年で帰ると思うけど、どうだろうな」

「大学の卒業旅行で友達とシドニーに行ったんですけど、こっちのほうがリゾートな感じがあっていいですね」

「都会よりリゾートのゆるい感じの方が似合うと思うよ」

「リゾート似合いますか?ハワイ担当に移動希望出そうかな?あ!路面電車もあるんですね!大きなショッピングセンターもあるし、いいですねー」

「俺もまだ来て1ヶ月だけど、良いところだよ」


 そうこうしているうちに高層ビルへと辿り着いた。パーキングに車を停めてエレベーターで30階まで登る。重厚な扉の前でスタッフがドアを開けてくれ、海堂さんが手のひらを向けて私を先に通すよう促してくれた。店内は広々としたステーキハウスだ。席に案内され窓の外を見るとキラキラと輝くメイン観光地とホテルやショッピングモールの電飾、海に沈む夕日が見える。


「海堂さん!大声で伝えたいですけど、恥ずかしいので小声にしますが、サンセットめちゃめちゃ綺麗ですね!」

「気に入ってくれたならよかったよ」

「何食べます?あ、海堂さんの好きなオリーブのピクルスありますよ!」

「適当に頼むから好きなの食べな」


 サーロインステーキとリブロース、サラダとピクルスと料理に合うワインを注文した。待っている間他愛のない会話が続いたがどこか上の空で聞いている。


「それで、歩美さんにゴールドコースト行ってくるって話したらキラビーチのサンセットが綺麗だから絶対見た方がいいって教えてくれたんです」

「うん」

「サーファーがたくさんいるから、すごく絵になるらしいですよ」

「いいんじゃない」

「……海堂さんがぼーっとするなんて珍しいですね。やっぱり疲れてますか?」

「いや全然。ごめん、ちょっと考え事してた」

「大丈夫ならいいんですけど」


 ちょうどそのタイミングで注文してたステーキが運ばれてきた。名店と言われるだけあり質のいいお肉と絶妙な焼き加減が脳を覚醒させる。


「おいしそう

ですね!リブとサーロイン半分こしましょう」

「やるから皿こっちにわたして」


 2人で食事をとることも増えて美味しいものはシェアするのが当たり前になってきた。最初は少し照れくさかったけれど、いつの間にかそれが心地よい習慣になっていた。


「ここが美味しいんですよ!海堂さんも食べないと」

「俺この辺脂っこくて好きじゃない」

「とか言っていつもは食べてるくせに」


 食事を終えると最後にピスタチオのジェラートがサービスされて至れり尽くせりのレストランだなーと感心した。窓の外に広がる景色は色を濃く変え街の夜景が広がっていた。


「夜景の綺麗なレストラン、美味しい食事とワイン、プロポーズには最適なシチュエーションですね」

「だな」

「企画出してみようかな。通ると思うんだよな。どう思います?」

「されてみたらいいんじゃない」


 唐突な言葉に驚いて、夜景から海堂さんの方へ目線を戻すと平然とワインを吞んでいる……が、どう見ても耳が真っ赤になっている。


「え」

「こっちみんな」

「待って今なんて言いました?」

「プロポーズ、されてみたらいい企画案出るんじゃない」


 海堂さんがゆっくりとテーブルの下に手を伸ばし、どこから取り出したのか、青いバラを一輪取り出してそっと私の前に差し出した。


「結婚しよう」


 店内に流れるクラシックが聞こえない。海堂さんの言葉が脳内をループし現状を把握するのに時間がかかる。


「恥ずかしいから早く受け取って」

「え、あ、はい!」

「それは返事?」

「え!待ってください、ちょっと落ち着きますね」


 突然の言葉に動揺が止まらない。しかし、この先の人生を海堂さんと歩んでいくことに何の疑問もないのは確かだ。これまでもたくさん助けてもらった。海堂さんが落ち込んだ時そばで支えたいとも思う。だけど……。


「諒太に未練があるのはわかってる。でも、俺が一緒に未来を歩きたいのはお前だ。――――だから、俺を選べ」


 高圧的な言葉と裏腹に海堂さんの目は潤んでいる。私はずっと諒太が好きで、それを間近で見てきたのが海堂さん。全てを受け入れてくれたうえで、今こうして私にプロポーズをしてくれている。それを断る理由なんか、ないに決まっている。


「諒太への気持ちはあの日、あの居酒屋で終わったんですよ。海堂さんのおかげで私は一歩進むことができました。私が気にしてたのは、諒太と海堂さんの関係ですよ」

「お前ごときで揺らぐ関係じゃないことは確かだから」

「なんですかそれ。二人とも親戚関係になりますね」

「……それはちょっといい気はしないな」


 笑顔の二人を夜景が包む。きっと二人なら、この先何があろうと乗り越えて行ける。海堂さんはこれまでにないくらい優しい笑顔で私を見つめた。


「結婚しよう」


 顔が真っ赤に火照るのがわかる。思わず逃げてしまいたいほど恥ずかしい。けれど、同じくらい海堂さんも緊張しているのだろう。


「よろしくお願いします」


 改めて一輪の花を受け取る。青い薔薇は自然界には存在しない咲かせる事も不可能と言われた奇跡の花。私と海堂さんの出会いも、諒太と再会できたことも、全てを過去にし海堂さんと未来を歩むことも、全てが"奇跡" 。





 ねえ、諒太のことが忘れられなくて、新しい恋も上手くいかなくて一人で壊れそうになる程泣いていた過去の私。同じように元彼に未練があると話していた友達が新しい恋をしてどんどん先に進んでいって悔しくて、誰にもわかってもらえないってどんどん心を閉ざしていったよね。諒太への長い長い片思いは無事終止符を打ったよ。これからは、口の悪い無愛想で、どこの海よりも深い心で受け入れてくれる彼と幸せになるんだよ。


 雨降って地固まる。たくさん泣いた過去のおかげで最上級に綺麗な花が咲く。


 海堂美玲として。



「来月帰るときに一緒に帰国してご両親に挨拶したいから調整しといて。そのあと役所行こう」

「諒太には?」

「そのうち俺から連絡しとくよ」

「びっくりするだろうね」

「どうだろうな」




 ふわっと差し出された手を掴めない……触れようとすると透明になってしまう、いつも同じ夢を見ていた。けど今は違う。指先がほんの少し震えながらも、確かに温もりを感じる。



「おいで、美玲」


 大きな手を私の前に差し出す。あの日夢にみた半透明の温もりはこのワンシーンだったのだ。


「ありがとう、ヤスくん」



 end

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