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アネモネ  作者: Miley
答え合わせ
17/19

動き出した時間


 グラスの中のお酒が少しずつ減っていくにつれ、私たちの会話も自然と途切れがちになっていった。ふと視線を前に向けると、諒太は何かを思い詰めたような表情で、どこか一点を見つめていた。まるで、何かを決意するその時を、静かに待っているようだった。


「俺さ、美玲の気持ち、気づいてたんだ。だから……連絡とるのを辞めた」


 その言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


「私はそれが……悲しかったよ」


 やっと始まった、二人の答え合わせ。あの夏の続きを探るように、静かに、でも確かに。


「あの日、花火大会があることも知ってた。親父のこともあって気分は沈んでたけど、気晴らしになるかなって思って」


 諒太の声はどこか遠くをなぞるようで、それでいて、私に真っすぐ向けられている。あの日から、諒太の時間も止まっていたんだ――そう思った。


「丸一日一緒に過ごして、そのあとも連絡を取り合って……少しずつ美玲の気持ちに気づいた。俺が思わせぶりなことしてしまって、ほんと反省してる。ごめん」

「そうなんだ……」

「つい最近、海堂から美玲と知り合いだって聞いて、少しだけだけど話を聞いた。美玲の大切な時間を奪ってしまったこと、ちゃんと謝りたかったんだ」


 下を向きながら語るその姿に(解放してあげなきゃ……)強くそう思った。


「……いや、謝ることなんてないよ。私は自分の気持ちに正直に生きてきたし、それを後悔なんてしてない」


 どれだけ言葉を並べても、飲み込んだ涙の数も、こらえてきた感情も、誰にもわかるものじゃない。わかってほしいとも、思わない。


「でも、もしそれで少しでも気持ちが軽くなるなら……その謝罪、ちゃんと受け取ります」

「……ありがとう」

「楽しかったんだよ、本当に。あの日も、メールだけの日々も、記憶だけの幸せも。あの日があったから、諒太を好きになれた。好きになれたから、ここまで頑張ってこれた……ずっと、ずっと会いたくて……」


 気持ちを言葉にした瞬間、何かが壊れた。心の奥に閉じ込めていた想いが、堰を切ったようにあふれ出して止まらない。声にならない言葉はすべて涙に変わり、ただ頬をつたい続ける。


 驚いたようにティッシュを差し出してくれた諒太の大きな手が、私の頭をそっと撫でた。その温もりが、優しすぎてまた涙があふれてきた。


「美玲、俺も同じ気持ちだったよ。だからずっと避けて、無意識に我慢させて、泣かせて、なのに俺は自分を守るのに必死だった。ごめんな」


 その手が、心をそっと落ち着けてくれる。それでも、「もう大丈夫」の一言が、どうしても出てこなかった。


「大切だからこそ、美玲の家族も、友達も、みんな大事にしなきゃいけないと思うんだ。……俺は、美玲の“兄貴”だから」


 兄……。私は一度も、諒太を兄だと思ったことなんてなかった。


 小さな頃からずっと追いかけてた。隣に布団を敷いて寝たり、アイスを渡しに行ったり、諒太に「可愛い」と思ってもらいたくて一生懸命おしゃれを覚えたり。だからこそ、法事で再会したあの日、ドアの隙間から顔を覗かせた諒太に再び惹かれたのは必然だった。


 あの橋の上で見た花火の夜から、私はずっと──


 やがて、沈黙を破るように諒太は静かに立ち上がった。


「……今日は帰るね」


 そう言って個室を出て行った。静まり返った部屋に、私の鼻を啜る音だけがぽつんと残る。


「終わったんだなぁ」


 始まってすらいない恋なのに、何が終わったのだろう。勝手に好きになって、勝手に期待して、今、勝手に泣いている。自分でもどうしようもないこの気持ちだけが、ただひたすらに胸を締めつけていた。




――10年前――


 多くの人が行きかうターミナル駅で約束の時間より15分早く着いた。本来なら改札前まで行くのがスマートなのかもしれないけど、人込みは嫌いだ


「東口わからない? じゃあ俺そっち行くから、そこで待ってて」


 迷子になったと恥ずかしそうな声がくすぐったい。新宿駅の迷路のような構内で立ちすくんでいる美玲を見てほほ笑んだ。



──────────────



「社外の人間をエントランスに?別に大丈夫だけど、なに?彼女?」

「いや、彼女じゃないんですけど……なんていうか」


 本当は許可が降りていた…。でも、その後上司があまりにも食いついてきて、どうしても美玲を会わせたくないって思ってしまった自分に驚いた。



──────────────



「さすが有名な花火大会、人が多いね」

「だね。サンダル大丈夫?」

「うん! ありがとう」


 あの人混みの中で、美玲が少し後ろを歩いている。花火が夜空を染めるたび心の中がざわついて、ふと気づくと、彼女の手が俺の服の裾をそっと掴んでいた。あの瞬間、俺は確信した。もう逃れられないくらいに惹かれていたんだと。




 ――だから、俺は手放したんだ。

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