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アネモネ  作者: Miley
Other Side
13/19

永瀬 諒太


 本当に意味なんてなかった。ただ、喜んでいる顔が見たかっただけだ。今思えば、あれはただの自己満足だったんだろう。押し付けがましい優しさなんて、所詮は自分のためだったんだ。



 十年前のあの日、親父は静かに息を引き取った。長い入院生活だったから、覚悟はしていたつもりだったが、その日は思っていたよりも早く訪れた。


 仕事中、ポケットの中で携帯が震えた。画面に「母」の名前が表示されると、嫌な予感が胸の中で一気に膨らむ。震える手で通話ボタンを押すと、母の声がかすれて耳に届いてきた。急いでタクシーに乗って病院へ向かう。窓から見える街並みはいつも通りだったけれど、心の中では時間が止まったようだった。


 病室に着いたとき、親父の顔は穏やかで、まるで眠っているようだ。最期に間に合った。ただ、それだけが救いだった。


「密葬にしようと思うの」


 母の声には生気がない。親戚への連絡も、葬式の手配も、すべて俺がやらなければならなかった。会社には忌引休暇を申請し、慌ただしく準備を進める。その中でも一番緊張したのは、神崎家への連絡だった。ほとんど関わりのなかった従兄弟家族に、どう伝えればいいか迷う……。


 葬式当日。朝の9時頃、窓の外に車が一台見えたから玄関を開けて入ってくるのを待った。


「千恵さん、ご無沙汰してます」

「諒太、大きくなったわね。色々、ありがとう」


 父の妹、千恵さんは腫れぼったい目を隠すように下を向きながら父のもとへ向かった。その後ろに、旦那の雅紀さん、従兄弟の優樹、そして美玲が続いて入ってくる。


 従兄弟に会うのは何年ぶりだろう。優樹は背が随分伸びていて、実家を出てK大に通っているらしい。将来は雅紀さんの会社を継ぐために経営学を学んでいると聞いた。


 そして美玲。……最初、誰だか分からなかった。最後に見たときは小さな小学生だったのに、今は……何歳だ?明るい髪、流行りのメイク、まるでどこかのギャルみたいで、話しかけるのをためらってしまった。


 彼女たちも俺と同じように距離感がつかめないようで、最初はほとんど言葉を交わすこともなかった。無事に葬式を終え、せっかくだからと神崎家と軽く食事をすることになった。


「諒太はA大出てからX社に入ったんでしょ?」

「うん、昔から興味があって。今はサービス系の部署にいるよ」

「Y社とかもあったのに、どうしてX社?」

「実はいくつか受けたけど、内定くれたのがX社で。入ったばかりだけどやりがいもあるし、楽しくやってるよ」

「すごいわね〜。美玲にちょっと説教してやってちょうだい」


 そう言われた美玲は、話が聞こえているのかいないのか、携帯をいじっていた。


「ごめん、美玲って今いくつになったんだっけ?」

「16になったよ」

「高2か。楽しいさかりだな!進路は?」

「ぜーんぜん。多分友達も決めてないと思う」

「なら、大学に行くといいよ。やりたいことがわからなくても、きっと何か見つかる」

「ふーん。大学って楽しい?」

「めちゃくちゃ楽しかったよ。絶対行った方がいい」

「大学かぁ……」


 長い髪を指に巻きながら、アイスティーをストローで吸う美玲。その鼻筋、ぱっちりした目、手入れの行き届いた髪……ギャルという存在を昔から避けて生きてきたけど、こんなに綺麗な人がいるのかと、ふと見惚れていた。


「そろそろ行きましょうか」


 千恵さんの一言で帰る支度が始まる。駐車場へと向かう途中、最後に少しだけ話しておこうと、優樹と美玲のもとへ近づいた。


「優樹、大学頑張れよ。分からないことがあったら、力になれることは協力するよ」

「ありがとう。諒太も大変だと思うけど、頑張って」

「そうだ、皆もう携帯持ってるよね。連絡先、交換しよう」

「美玲も交換するー!」


 こうして、あまり関わりのなかった俺と優樹、美玲の距離が少しだけ近づいた。


 忌引き休暇が終わってからは、溜まった仕事に追われる日々だったが、美玲との連絡は途切れなかった。早朝の駅前でバイトをしてから登校しているらしく、学校に習い事、そして友達との時間も大事にしているようだ。メールの返信は早くて、昼休みや業務後に携帯を開くと、青いランプが光っている。


 後日、葬儀に参列してくれたお礼に、都内で遊ぶ約束をした。


「土日ならいつでもいいよ」


 そう言われたが、気持ちが落ち着かず、俺から「来月にしよう」と提案した。


 来月。さて、どこへ行けばいいだろうか。普通の女の子相手なら目的地はいくらでも思いつく。でも、相手は従姉妹。……いや、従姉妹だからこそ気楽に考えるべきか。


「どこか行きたいところある?」

「景色が綺麗なところ行きたい!」

「俺の会社のビル、上の階から都内が一望できるんだよ」

「へー!行ってみたい!」

「エントランスなら行けると思うから、行ってみようか」


 そんな風に、軽いノリで予定を決めた。美玲とメールをするようになってから、電車の中でも自然と携帯を手にするようになっていた。


 ふと車内の広告に目をやると、都内の大きな花火大会のポスターが目に入った。


「花火大会……か」


 さすがにデートっぽすぎるか?でもせっかくなら連れて行きたいし、美玲から行きたいって言ってくれるかもしれない。


 忙しい毎日をこなして、ようやく迎えた当日。待ち合わせ時間より少し早めに新宿に着いた。どこから来るか分からなかったから、アルタ前のよく見える場所で立っていると、美玲からメールが届いた。


「東口に辿り着けません」


 思わず笑ってしまって、すぐに電話をかける。


「そこで待ってて」


 東口にしたのは人混みを避けたかったからなのに、結局中を通ることになる。でも、そんな小さなことがどうでもよく思えるくらい、足取りは軽かった。


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