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アネモネ  作者: Miley
思い出
10/19

ショッピング


 夏の日差しが容赦なく肌を刺す八月の昼下がり。私は、新宿駅の構内で完全に迷子になっていた。


 どの案内掲示板を見ても「東口」が見つからない。新宿駅には200近い出口があるなんて話を聞いたことがあるけれど、まさか本当にここまで複雑だなんて思わなかった。


「東口……ってどこ?」


 都内に来ることなんて滅多にない。慣れない雑踏と、入り組んだ地下通路に呑み込まれそうになりながら、私は必死に西口の改札周辺をぐるぐる彷徨っていた。


「やばい、まじでわかんない。西口から抜け出せない。もはや東口って何? 無理だ。諒太にメールしよ……」


 「迷子になりました」とだけ送った短いメッセージの直後、すぐに携帯が鳴った。


 ディスプレイに浮かぶ「諒太」の文字、ピンクの着信ライト、そしてお気に入りの着うた。胸が、ドクンと高鳴る。受話器越しにこの鼓動が聞こえてしまうんじゃないかと不安になりながら、わざと三回ほどコールを鳴らしてから通話ボタンを押した。


「もしもし」

「美玲、今どこ?」

「なんか、西口にいて……東口まで辿り着けなくて。えっと、地下に降りるエスカレーターの前にいる……かな」


 電話の向こうで、諒太が少し笑った。


「わかった。そこにいて」


 その一言で、ますます緊張してしまった。どこから現れるんだろう。どんな顔して待ってればいい?携帯を見てた方が自然かな?それともキョロキョロしてた方がいいのかな?


 わからなくて、とりあえず壁を背にして深呼吸をひとつ。落ち着いて、落ち着いて。


「美玲」


 その声に、はっとして振り向く。


 白いティーシャツにグレーのシャツを羽織って、ジーパンにスニーカーというシンプルな格好の諒太が、少し照れたように歩いてくる。


 葬儀のときに見た喪服姿とも、記憶に残っていた昔の諒太ともまるで違っていて、大人になった私服姿の諒太はなんだか新鮮だった。


 私はというと、年上の男性とのお出かけに少しでも大人っぽく見せたくて、ゆるく巻いた髪にローライズのジーンズ。この日のために買ったばかりのブランドの白いティーシャツ。そして、背の高さが目立たないようにヒールのないミュールサンダル。


「諒太! ごめん、迷子になっちゃった。ありがとう」

「出口いっぱいあって難しいよね。わざわざこっちまで出てきてもらってありがとな」

「ううん、迎えに来てくれてありがとう!」


 その言葉が嬉しくて、心がじんわりと温かくなった。週末の昼間の人混みに圧倒されながら、駅の地下道をつかず離れずの距離で歩く。


 少し早足の背中を、私は必死に追いかけた。


「久々に来たなー! この辺、遊びに来たりする?」

「あまり来ないんだよね。いつも渋谷行っちゃうから。でも、あそこのブランド好きでたまに見に行くんだ」

「へえ、見に行ってみようか」


 交差点を渡って、ショッピングモールへ向かった。


 何軒かショップを見て回って、ふと見つけた店頭にあるワンピースがとても可愛くて、なんとなくすごく惹かれた。


「女の子のお店ってキラキラしてて可愛いね。何か気になるのあった?」

「うん、さっき通り過ぎたあのワンピースが可愛かったの。もう一回見に行ってもいい?」

「どれ?」


 私たちはその店に引き返し、ワンピースの前で立ち止まった。


「おおー、めっちゃ可愛いじゃん」

「かわいいよね……どうしよう、モノクロとストライプどっちがいいかな?」

「ストライプの方が美玲っぽいな」


 そう話していると、キラキラした店員さんが声をかけてきた。


「いらっしゃいませー! 只今、ワンピース2着で10%オフですよ〜」

「10%オフだって。他も見てみたら?」


 店内に入り、私はもう一着、ロング丈でカーキのベアトップワンピースを見つけた。普段あまり選ばない色だったけど、気づけば手に取っていた。


「これ……すごく可愛い」

「お姉さん背が高いし、スラッとしてるからすっごい似合います!」


「ね?!」と、店員さんが諒太を見る。


 諒太は少し口元を隠しながら「かわいいですね……」と小さな声でつぶやいた。


 その反応が嬉しすぎて、胸がきゅっと締めつけられる。今すぐにでもこのワンピースを着たい、そんな気持ちになった。


 ストライプのミニワンピと、カーキのロングワンピ。レジでお会計をしていると、諒太がスッと財布を出して何も言わずにお会計を済ませてしまった。


「俺に買ってもらったって、内緒だよ」


 はにかみながらバッグを差し出す彼に、私は小さく「ありがとう」と答えた。



 ――――――心が、ドンっと跳ねた。



 この気持ちはなんだろう――嬉しくて、苦しくて、泣きたくなるほど愛おしい。


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