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線香。それと花束を添えて・・・。

 瑠璃子は『あの一件』があってから、職場や知り合いに、夫の正行が言ってた事故が本当にあったのだろうか?と、聞いた。

それは瑠璃子に、その事故の記憶が無かったからだった。

聞くときには勿論「幽霊に遭遇した」等と言うことは無かった。

何故なら、そんな事を言ったなら、精神状態を疑われるのではと思ったからだった。

すると、時々合う事もある仲の良い近所の人や、職場の人から、正行が話してた内容と、ほぼ一致する話を幾つか聞けたのだった。

しかも、ある人は「押しボタン式信号機(あそこ)では、年に一度あるかどうかだけれど、自動車側の信号が青なのに、突然、急ブレーキを掛ける車がいて、中には追突事故寸前になった事もあったって、聞いた事があるな・・・」と、話してくれたのだった。

瑠璃子は、それは自分が体験した事と、きっと同じなのだろうと思った。

それで、あの出来事は、その事故で亡くなった親子に違いないと確信したのだった・・・。



 それから瑠璃子は、自分の気持ちが変化しいくのを感じた。

過去に、押しボタン式信号機がある横断歩道での交通事故で亡くなられた、他人の親子と、自分達親子が重なり、亡くなられた親子が哀れに思えてきたからだった・・・。

あの様な恐ろしい体験をしたのに、瑠璃子のその感覚は不思議とも言えたのだが、ある意味、当然とも言えるものだった・・・。

実は瑠璃子は、あの日から、あの押しボタン式信号機が怖くなり、車での通勤時と帰宅時にしてる希未留の保育園への送り迎えは勿論。買い物や、その他の日常での車の移動も、なるべく国道を避け、あの押しボタン式信号機の近くを通らないようにしていたのだった。

しかし、先の事に寄り、最近は恐怖よりも、慈悲の気持ちが強まっていた。

そして、そう成る程に、瑠璃子は『このままではいけない』と思ったのだった・・・。


 そうして、瑠璃子と希未留が、親子の幽霊と遭遇した日から、2週間以上過ぎた土曜日だった。

昨夜は雨だったが、この日は、朝から驚く程に晴れていた。

瑠璃子は土曜日は仕事が休みと決まっていたので、この日も休みだった。

それで瑠璃子は、数日前から思っていた事を、今日しようと思ったのだった。

それは、あの押しボタン式信号機の所に線香と花束を供え、心ばかりの供養をしてあげようという事だった。

それも、娘の希未留と共にである・・・。

それで瑠璃子は、前日から献花の為の花束を購入し花瓶に活け、家のキッチンの棚の上に置いて準備した。

更に数日前から、スマホで土曜日の天気情報も確認していた。

それに依ると、土曜日は朝から晴れで、午前6時頃の気温は23度、南東の風1メートルと表示されていた。

気温は高めだったが、風が穏やかとの予報は安心だと瑠璃子は思った。

それは、線香の火が飛んで、周囲が火事になる心配が無いだろうと思ったからだった。

そして、先のとおり、今日は朝から良く晴れていた。


 早朝から供養に行く理由は、その時間なら、まだ通行車両が少なく、人通りも少ないと思われたからだった。

全くの他人の供養を、家からそれほど離れてない信号機でする。それも多分10年以上も前に起きた事故の為にである。

そんな姿を瑠璃子を知ってる人が見たら、どう思うだろうか?

かなり不可思議で、不気味な行動に見えるのではないだろうか?

そう思った瑠璃子は、供養してる姿をあまり人目に晒したく無いと考えたので、早朝の内に供養を済ませようと決めたのだった。



 「希未留?そろそろ行こうか?」

花瓶から引き上げて水を切り、自分の手で白い半紙で巻き直した花束と、自宅に在った線香の箱とライターを持った瑠璃子は、玄関のドアを開くと、そう娘に声を掛けた。

時刻は午前5時半を少し過ぎたところだった。

少し前よりも日の出が遅くなったとはいえ、外は既に明るく、そして暑かった。

「うん。行く」と、少し眠そうな顔で小走りで来た希未留は、瑠璃子に近付くと母の手を握った。

そうして二人は車に乗って、あの恐怖体験をした場所へと向かったのだった・・・。


 午前6時頃。

瑠璃子と希未留は、あの押しボタン式信号機の近くに居た。

車は近くの路上の駐車可能な場所に駐車して、ハザード・ランプを点けて来た。

なんの特徴も無い押しボタン式信号機・・・。

あの日の夜までは、瑠璃子が見飽きる程に見てきた信号機と横断歩道である。

それが、たったあの一晩で、違う物に見える事になるとは思いもしなかった。

瑠璃子は、まじまじと辺りを見渡した。

路面には、あの夜に、自分の運転した車がつけたと思われる、薄いブレーキの跡が、点々と続いていた・・・。

それは、衝突軽減装置が作動させたABS[アンチ・ロック・ブレーキ・システム]が作り出した跡だった。

更に良く見ると、瑠璃子の車が着けたブレーキの跡の他にも、もっと前に付けられたと思えるブレーキの跡が、横断歩道を突っ切る形であるのが見えた・・・。

それが瑠璃子と同じ出来事によって出来た跡かどうかは分からないが、最近、ここで事故があったと聞いた事が無かったので、どうにも不自然だと瑠璃子には思えたのだった。


横断歩道を見詰めて居た瑠璃子は、静かに目を閉じた・・・。


瞬間!

あの夜、横断歩道を渡ろうとする親子の姿が、目蓋の裏に鮮明に映った!!

瑠璃子は恐怖を感じながらも目蓋を更にギュッと閉じた・・・!


 対向車のトラックが、船が水を切るように跳ね上げた水しぶき。

その水しぶきが自分の車に当たる寸前に、その水の形と色を変えて現れた親子。

娘を抱き締めて庇い、背を向けた父親と、最後までこちらを見ていた娘の驚いた表情・・・。

瑠璃子の車が、その親子とぶつかる寸前!!

瑠璃子はハッと目を開けた・・・・!


気が付けば、その目には、涙がにじんでいた・・・。


押しボタン式信号機の前で、瑠璃子と娘が国道を見ていると、遠くから走って来る1台の大型トラックが、信号が変わる前に通り抜けようとするかのように、エンジン音を高め高速で駆け抜けて行くのを、二人は並んで見て居た。

瑠璃子も希未留も、信号機のボタンを押して無かったが、ドライバーにその事は分からない。

しかし、いつ信号が変わるか分からない状況なら、何時でも減速して停車できるように運転するのが、本来ドライバーに求められてる事の筈だと、瑠璃子は改めて思った。

そしてそれは、自分の運転への戒めでもあると、瑠璃子は思た・・・。



 「ここに、花束を置こうか」

瑠璃子は希未留にそう言うと、歩道端の草の茂ってる場所に、そっと花束を置き、そこに生えてる草を使って、花束を縛り止めた。

それは、風に飛ばされないようにするためだった。

予報は風速1メートルだったが、心配だったのでそうしたのだった。

それから瑠璃子は、持ってきたライターで線香の束に火を着けると、それを押しボタン式信号機の信号柱の根元に置いた。

ここなら他に火が燃え移らないだろうし、亡くなられた親子の霊に最も届くと思ったからだった。

瑠璃子はその場に屈むと「希未留・・・。一緒に手を合わせよう?」と、娘に言った。

希未留は「うん・・・」と言って瑠璃子の隣に並んで屈むと、瑠璃子と一緒に手を合わせた。

そんな娘の姿を横目に見た瑠璃子は(希未留は幼いながらも、きっと事の意味を理解してるのだろう・・・)と、思った・・・。


それから瑠璃子と希未留は暫く手を合わせた。

そして、あの夜に、自分達に訴えかける意味で現れたのだろうと思われる、親子の霊が、この場所から解き放たれて安らかな世界へと旅立てる事を祈ったのだった・・・。



 お わ り


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