「ぶらんこ、って名前がもう優しい」
【おはなしにでてるひと】
瑞木 陽葵
登校途中、公園の前を通るたびに“見てるだけでなつかしい”気持ちになる。
その日、ふと“ブランコ”という言葉の響きに感動してしまい、
登校時間ギリギリなのに立ち止まってしまった。
――あの頃の“楽しかった”って、今もちゃんと残ってるんだと思った。
荻野目 蓮
陽葵が立ち止まる場所は、だいたい予想がつく。
あの公園のブランコは、小さいころ彼女が“毎日みたいに遊んでた”記憶がある。
――“あきないの?”って聞いたとき、返ってきた顔を、今もなんとなく覚えている。
【こんかいのおはなし】
登校途中、
いつもの公園を通りかかったとき、
ふと、わたしの足が止まった。
風に揺れる金属の音。
まだ誰もいないブランコが、
ほんのすこしだけ、ゆらゆら動いてた。
「……“ぶらんこ”って名前、すごくない?」
隣にいた蓮が、
ちょっとだけ首をかしげた。
「何が?」
「いや、語感がやさしい。
“ぶらん”ってしてて、“こ”ってついてて、
……まるで音が揺れてるみたいじゃん?」
蓮は、
ふふっと笑った。
「陽葵の“言葉の感動ポイント”、たまにすごいよな」
「だってさー、小さい頃、わたしあれ、ずーっとやってたでしょ」
「うん。なんかもう、
**“陽葵=ブランコ”**くらいの勢いだった」
「だよねー!わたしさ、全然あきなかったの。
ずっと乗ってて、同じ景色見てるのに、
なんでか楽しくてさ」
「……それ、俺、横で見ながら思ってたよ」
「え?」
「“よくあきないなー”って」
「ちょ、それ正直すぎ!」
笑いながら、
でもちょっとだけ、うれしくなった。
「でも、あれが“好きだった”ってことだけは、
ちゃんと伝わってたんだね」
「伝わってた。
“陽葵が乗ってるブランコは、たぶん特別”って思ってたもん。」
その言葉に、
胸のどこかが、やさしくゆれた。
いまはもう、ブランコに毎日乗ったりはしないけど、
“好きだった”記憶が残ってる場所があるって、
それだけでちょっと、今日をがんばれそうな気がした。
「じゃ、今日はぶらんこに感謝しながら、学校行こっか」
「そうだな。……“ありがとう、ぶらんこ”ってやつだ」
ふたりで軽く会釈して、
誰もいないブランコに背を向けて、
朝の光のなかを歩き出した。
【あとがき】
“名前の響き”に感動できるって、
その言葉を“ちゃんと好きで見つめてきた証拠”なんですよね。
陽葵のやわらかな記憶と、蓮の“それを見てた時間”が、
いま静かに重なって、朝の空気まで優しくなりました。