物語の始まり
気になってくださった方ありがとうございます。
5歳の誕生日を迎えた翌日だった。
優しい両親に手を引かれ神殿へと連れられる
二人のにこやかな顔を見ながら手を振り歩く。
街の賑やかさと出店から匂う香りに目を輝かせ
帰りに美味しそうなお菓子を買ってもらう約束をした
家々が並ぶ大通を真っ直ぐに行ったところにある
白く大きな建物、それがこれから向かう場所。
建物への手前の門をここを守る人に開いてもらい
大きな白い教会へと目を向ける
すると重厚な扉が大きく開き神聖な空気の漂う中
扉にいる神父様達が微笑みこちらに声を掛ける
初めて見る人に少し怯み両親を見上げると
『大丈夫』と手を握り笑いかけてくれる。
手を引かれ導かれるまま司祭様の前に行くと
壇上でにこやかに微笑みこちらに手を差し出す。
両親は僕から手を離しそっと壇上へと促す
母様と同じ美しい銀髪に穏やかに緩められる青い瞳
神聖で純白の祭服に包まれた身体は細いが背が高い
じっと目を合わせていると
『ご無沙汰しております。
私、最高司祭神官長を勤めております。
クレマン・ジル・ヴァンサンです
本日の魔力診断を私が務めさせて頂きますね』
と挨拶をされたので慌てて挨拶をする
「ぼ…私はディミトリス公爵家次男
セシル・ルイーズ・ディミトリです。
今日はよろしくおねがいします」
ぺこりと礼をすると微笑み返してくれて
『こちらに手をかざして下さい』
と、司祭様の前には磨きあげられた綺麗な水晶があった。
言われるままに頷き手をかざしたその時だった。
凄まじい光が水晶から溢れる様に放たれ
僕は強く目を瞑った。
再び目を開いた時に映った司祭様の顔は
複雑そうな顔をしていて
何事かと振り返った父と母の顔は凍りついていた。
ハッと一番に我に返ったのは司祭様で
慌てた様子でその場に居た二人の神父様達に言った。
『…今見た事は他言無用です。
光が漏れていた可能性があります。緘口令を敷きなさい』
司祭様が指示を出すと慌てて神父様達は走って行った。
不安で堪らなくなり父様と母様を振り返り
「…なにか……
いけないことをしてしまったのでしょうか?」
震える声でそう言うと
大丈夫、心配要らないわと母様にぎゅっと抱き締められ
母様の肩越しに見えた父様は俯いていた。
一体、何があったと言うのか……
暫く母様に抱き締められ
父様も顔を上げ僕を母様ごと包んでくれた。
安心できるはずの二人の体温でも、この言えぬ不安は
消える事は無かった。
この日から全てが始まった。
教会から戻った僕達は屋敷の上級使用人のみを集め
父様から説明があったそうだ。
取り急ぎ僕は病人とされ離宮へと
連れていかれてしまった。
嫌だと泣き続ける僕に父様と母様は涙を流しながら
こうするしかないのだと言った。
程なくして離宮に僕が過ごせる様に整備され
お風呂も食事も全てがこの離宮で揃えられていた。
暫く屋敷へは出入りを禁じられた。
僕は療養と言う事にされていて人と会う事も禁じられた。
母様と父様は仕事で忙しいなか毎日朝と夜に来てくれる。
母様は辛そうな顔で毎日の様にごめんなさいと言って
抱きしめてくれる。
父様は少しの辛抱だから待っていてくれと
頭を撫でてくれる。
嫌だと子供らしく喚き散らしたい気持ちを必死に抑えた。
ただ、与えられる温もりと父様の『少し待っていて』を信じた。
7歳年上のセドリック兄様はスクール帰りに寄ってくれる。
楽しいお話しや学んできた魔法を僕に教えてくれる。
『大丈夫だからね、セシル。
セシルは僕が守ってあげるからね』
そう言って抱きしめてくれる。
僕とお揃いの銀髪が日に透けてキラキラと輝く。
父様と似ている顔は凛々しく幼いのに男らしい。
すっと離れると僕の頬を包み込んでじっと見つめてくれる。
父様と同じ赤い目、燃える様な夕日の瞳。
吸い込まれそうに魅入られているとふっと笑い
軽く頬にキスをしてくれた。
『…僕の可愛いセシル。
母様譲りの美しい顔と
その青の瞳はどんな宝石よりも綺麗だ…
そんなお前を誰にも渡したりはしないよ』
そう言って再び抱き締めてくれた。
唯一甘えられる存在であるセドリック兄様には
ずっと早くみんなと居たい。寂しいと泣きついていた。
そんな僕の姿を見る度にこうやって抱きしめてくれる。
大好きなお兄様、僕を助けてくれる人。
偶に弟のセルジュも兄様に抱っこされてやって来る。
3歳のセルジュは小さくふにゃふにゃでとても愛らしい
セルジュは幼い頃の父様に瓜二つだそうだ。
王族の証と言われる金髪と兄様と同じ燃える赤い瞳
今はまだ幼く愛らしいが大人になればきっと
父様や兄様と同じくらい凛々しく勇ましい男となるに違いない。
少し羨ましく思いながらその小さな頭を撫でてやる。
嬉しそうに目を細めキャッキャと笑う声は
とても可愛い。さらにわしゃわしゃと撫でると
キャーっと楽しそうに笑っていた。
そんな日々を過ごし3年が経った頃だった。
父様が僕に大事な話があると母様と父様
そしてセドリック兄様も集めて今後について話しをする事になった。
離宮で集まる事になったので執事達が広間をセッティングしてくれる。
机を挟んで僕の前に母様が居て
母様の隣に父様が座り
僕の横では机の下で手を繋いでくれる兄様が座っている。
メイド達が僕たちの前に紅茶を置きすっと下がっていく。
一息ついた後父様が口を開く。
まず、ろくな説明もなく閉じ込めてしまう形となってすまなかったと頭を下げられる。
慌てて首を振り僕は大丈夫ですと伝えると
申し訳なさそうな顔をしてふっと笑ってくれた。
なぜ僕がこんな状態になったのか
それは僕が全属性持ちの上に聖魔法使いだったからだ
普通、属性は1人につき1つもしくは2つまで。
よって僕の存在は異端であり
この国の強力な兵力の1人となり得る可能性がある。
王家に見つかればその力を利用される。
まだ5歳の僕をきっと兵器の様に訓練させられるか
僕が公爵家の子息である為、婚約させられる可能性があるそうだ。
父様も母様もそんな事はさせないと言ってくれた。
けれど、僕の事がもし王家に知られ
この事を隠していたと知られれば…この家に不幸が訪れるだろう。
それを危惧した僕は父様と母様にそれならばと言おうとした時だった。
皆がこっちを見て首を振って心配要らないと言ってくれた。
兄様がそっと繋いでいてくれた手を強く握ってくれる
何時だって兄様は僕を守ると言ってくれる。
母様と父様は僕を愛していると毎日伝えてくれる。
僕の家族は僕を深く愛してくれているのだと知る。
僕は自然と流れた涙が止まらなくなった。
誰だって王族を敵に回したくないだろう
それに貴族であるならば、いや公爵であればこそ
本来、政略結婚であろうが王家に仕えるのは当然だと
きっと王家へと送り出されるのが普通であるし
貴族の義務でもあるだろう。
けれど、僕の家族は王家よりも僕を選んでくれた
何より大切だと…思ってくれているのだ。
きっとこの国…ううん、世界中を探しても
そんな家族とは巡り会えないだろう。
なんて、なんて恵まれているのだろうか。
流れ続ける涙は枯れそうな程で
優しく手を撫でてくれていた兄様の手は暖かく
父様も母様も優しい眼差しで見守ってくれている。
その内、泣き疲れて眠ってしまった。
翌朝、目が覚めると兄様が隣で手を繋いで眠っていた
僕とお揃いの銀髪…整った凛々しい父様似の顔が
すやすやと健やかに寝息を立て握った手が離れない様に
しっかりと繋いでくれている。
僕を守ってくれる大切で大好きな兄様。
少し上にある兄様の白く美しい額にそっと口を寄せる。
ふふっと起こさないように小さく笑い
兄様と繋いでる手をもう一つの手で包み込んで
祈る様に自分の額をつける。
いつも撫でてくれる優しい手を愛しげに眺めていた。
ふと顔を上げるとそこには
こちらをじっと見つめる赤い瞳と目が合った。
驚き手を離そうとしたら強い力で逃がしてもらえなかった。
窺うように上目遣いで兄様を見ると目を細められ
満面の笑みで僕の腕を引き抱き締められ
額と頬に口付けられた、はわわと変な声が出て
恥ずかしくて俯いているといつもは紳士的な兄様が
ふはっと吹き出した。
見たことも無い男らしい笑い方に目を見開くと
『僕の可愛いセシル
一緒に朝の食事をしに行きませんか』
とまるで女の子にする様な恭しく手を掬い上げられ
指先に口付けられる。
固まっていると目の前からぶふっとさらに笑われ
揶揄われているのだと気づきもう!と頬を膨らませた
兄様はそんな僕の事を気にせずにそのままの手を
引きベッドから降りて人を呼ぶ
メイドさん達も入ってきて兄様と
僕の支度をさっと手伝ってくれると
『お食事の準備が整ってございます』
と丁寧な礼で知らせてくれた。
完璧に整えられた兄様は僕の手をとり
エスコートされながら2人で食事に向かう。
その様子を微笑ましそうにメイドさん達に見られる
顔が赤くなっているのがわかる
手を引かれ歩く姿はどう映っているのかと恥ずかしくなり
自分で行けますと兄様に言うと
『…そんな寂しい事を言わないでくれないか』
と少し哀しげに言われたものだから何も言えなくなってしまった。
美味しそうな食事につい、にこやかになる。
僕の専属メイドであるシャンタルが
傍に来て椅子をひく
彼女に微笑みかけひかれた席に腰掛け
用意された食事に手をつける、スープは甘く美味しい
ほかほかのパンはバターをたっぷりつけて
少し溶けたくらいで食べるととても美味しかった。
サラダも採れたての様に瑞々しく
じっくりと焼かれたベーコンは
肉厚で食べると口の中でジュワッと広がる
肉汁に頬に手を当てほぅと息を吐く。
貴族にしては素朴であるけれど僕には丁度いい量だ
勿論、素材は1級品ばかりだ。
久しぶりの兄様との食事は楽しくて、美味しくて
頬の緩みがなかなか直らなかった。
満足顔で食堂を後にすると兄様もそろそろ出る時間だ
さっき迄の上昇した気分が一気に下降した。
どうしてもまだ傍にいて欲しくて
いけないと分かっていても袖をチョンと引いてしまった
それを見た兄様が口元に手を当て何事かを呟いた。
その後すぐに頭を撫でてくれてぎゅっとしてくれた
嬉しくて再び少し気分が上がった
兄様を玄関までついて行きその姿が見えなくなるまで
見送っていた。
書庫で本を読んでいた時だった
扉をノックされ声を掛けるとシャンタルが入ってきた
いつもはそっとされているのでどうかしたのだろうか
不思議に思っていると
『エマニュエル公子様とアレッサンドロ公女様がお越しです』
それだけ聞くと僕は座り込んでいた体を飛び上がらせ
応接室へと急ぐ普段は走ったりしないけれど
今日だけは許して欲しい。
慌てて入った応接室にはソファに腰掛ける2人がいた
言葉をなくし泣きそうになりながら近づく
するとすっと立ち上がった2人は僕を抱き締めてくれた
『よく……頑張ったな。
もう、我慢しなくていいぞ。僕達も傍に居る』
『えぇ、そうですよ。私達がそばに居ますわ』
3年前と変わらない優しい声で話す2人と変わらず
安心する匂いに2人の肩に擦り寄ってしまった。
「モリス、レティシア…来てくれてありがとう」
少し落ち着きを取り戻した僕は改めて席につき
久しぶりの2人をじっと見つめてしまった。
モリスはエマニュエル公爵家の嫡男だ。
優しくて太陽みたいな人でふわりとした焦茶の髪で
キリッとした騎士みたいな雰囲気を持ってて
切れ長の目に茶色の瞳でとても力強い。
しっかりとした意志を持っている人で
きっと立派な跡継ぎになるだろう。
レティシアはモリスの婚約者候補で2人ともとても仲がいい
レティシアはアレッサンドロ候爵家の次女
いつも穏やかだけど
小さい時にからかわれたりした僕を守ってくれていた
なんだかお姉様みたいな人で一緒にいるととても安心する。
いつも微笑んでいるような顔で艶のある美しい髪は
茶髪でとても柔らかそうだ。
整った顔立ちに大きなオレンジの瞳がとても綺麗だ。
どうやら2人は事情をお父様から聞いていたらしく
何度も僕に会いに来ようとしてくれていたけれど
僕は世間では難病に伏しているという事になっていて
お父様が2人を呼んでしまっては周りに怪しまれると
断っていたそうだ。
2人は手紙を出してくれたそうなのだけど
僕がそれを見て余計に辛くなるだろうからと
気を回した父様がその手紙を預かってしまっていた様だ
(父様は思っていた以上に過保護なのかも……)
ふふっと少し嬉しくなり笑ってしまった。
手紙が見れなかったのは残念だと思うけれど
2人が僕をずっと気にかけてくていたのが素直に嬉しかった。
僕はもう一度2人にありがとうと伝えた。
2人は当たり前だって微笑んで頭を撫でてくれた。
それから僕達は日が暮れる迄ずっと
3年間というとても長かった時間を取り戻すように
話し続けていた。
2人は名残惜しそうに僕の手を取り
また会いに来るよと言って帰って行った。
手を振って見送りながら心がじんわり暖められていたことに気づく。
また、来ると言ってくれた。
緩んだ頬をそのままに部屋へ戻った。
『…ふふ、本当に隠しきれているつもりか?
残念でしたね叔父上、貴方の宝物は僕が貰い受けますよ…』
薄明かりの部屋にディミトリス家の銀龍の家紋のついた手紙が机に広げられている。
そこには次男は療養中の為招待には応えられないと書かれていた。
その手紙に目をやり鼻で笑いながら
『…療養中…ね』とぽつりと呟いた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。