覚悟 三
さて、話は少し戻るが、冬休み明け前のこと。
いまでこそ、ご近所集まっての若菜摘みの風習などはすっかり廃れてしまったが、その健康を願うための七草の伝統行事だけは、俺の住まう地方都市でもしっかり行われていた。
これもお祭り好きの国民性というものなのか、近所のスーパーなどでは、明日のその日に備えて雑草が大量に売られることになる。
本日は、美容院へ行ったついでにその雑草を買って帰るからと、母さんと妹が外へ出かけたきり、俺は英単語の暗記カードを片手に、居間のソファでひとりだらしなく寝転んでいたところ、いったいどなたのご来訪なのか、そこでポーンと、ひとつ呼び鈴が鳴らされるのだった。
「ん?」
いったい誰だろう、天井を見上げてぽけっと放置していると、表にいる輩が呼び鈴をうるさく連打してくる。
「あー、やかましいわっ」
親戚やご近所の人たちが、新年早々、こんな無礼なことをするはずもなく、そうすると、やっぱり俺関連なのだろうか。
しかしあいにく、この俺様にはアポなし訪問をしてくれる親友など存在せず、従者たちであれば先に交通費の方を請求してくるので、迷惑な表の人物になんぞ、まったく心当たりがないのだった。
それでも尻を上げ、しぶしぶ玄関にまで赴いた。
片足を突っ掛けに入れ、扉を開けるも、時間をかけ過ぎたせいなのか、外には誰もいらっしゃらない。
俺は盛大に舌打ちをして、扉を閉めた。もう近所のお子様の悪戯ということにして、さっさと忘れ去ることにする。
ひとつ大きなくしゃみがでた。
厚着をせずに寒気にあたると、鼻水がとまらなくなって困るのである。
このときの俺は、まだしも運が良かったのだろう。ちびっこ神さまも向日葵ちゃんもいない中で、あんなヤバイやつらと面を突き合わせずに済んだのだから。
それが、学校が始まって最初の土曜日の昼間に、リテイクとなる。
まずは呼び鈴が鳴らされる。「はーい」と家の中で母さんの声がする。今日は父さんも一緒にいるので、母さんも迎えに出るのにやや遅れる。
するとまたもや、十六連射の呼び鈴アタックが始められるのだ。
俺は二階からどすどす音を立てて下りていった。びっくりしている両親に「まかせろ!」とだけ言って、憤怒の形相で玄関へ突進する。
そのまま勢いよく扉を開けると、門扉の向こうで、ふたりの男が驚いた顔で後退った。
よく見ると、その背は高いながらも、まだまだ幼さの残る容姿であった。
その小僧どもを、俺はイライラ睨みつけた。
「てめぇら、ふざけんじゃねぇよっ、何様だよ、くだらねー悪戯しやがって。あん? なんだその面は、ラーダに乗せてブリャーチいわせたろかい!」
この俺様の恫喝に、陽によく焼けた方の小僧が顔を引きつらせながらも、にやけたカタチの唇で、もの申してくる。
「あれ、兄貴の方だ」
それですぐさま、俺も、ピンときた。
まちがいない、こいつらは妹と同じ中学の男どもなのだろう。とはいえ、あの元凶は今も少年院に収監されているはずだから、このふたりはその舎弟ということなのか。
まだまだあの忌まわしい記憶も薄れていない中で、まさかこうも堂々とやって来ようとは思いもしなかった。
「おいてめぇら、事によっちゃあ、容赦しねえぞ」
俺は拳を鳴らして威嚇した。
どうも妹のことになると、俺の暴力は見境がなくなるらしい。
それでまあこの形相に気圧されながらも、小僧どもが不自由な言葉でもそもそ喋るには、これから行くところにどうか、妹を連れてきて欲しい、なんなら、俺も一緒で構わない、などと頭をさげてくるのである。
「いいぜ、ちとつきあってやらあ」
俺があっさり承諾するとは思ってもいなかったのか、こいつらは目を丸くして顔を上げた。
もちろん、俺は陽葵ちゃんを危険な目に遭わせるつもりなどさらさらない。それどころか、陽葵の視界に入ることすら許さない。
ただ、家バレしているのと、今後のしつこさを考えて、ここでピタリと止めを刺しておかなければ、こうした輩は決して諦めようとしないのである。
反社には暴対法もあるが、そうした特別な法は悪の組織に準じていないと発動しないし、またストーカーとして始末するにしても、ピンポンダッシュだけでは、まだまだ警察が応じてくれるほどのものでもない。ならば、俺は俺のやり方で止めさせるしかないのだろう、どんな方法を使っても。
それで、一同揃って歩き始める。場所は近所の神社だそうだ。
その神社といえば、俺が曽祖叔父殿の記憶の一部を詳細に見せられた、あの神社のことに他ならない。妙な因縁でもある。
妹は? と申してくるので、俺がひょいと身体をどかせると、後ろから現れたその妹が地味に挨拶をしてくる。
あまりにも都合よくいくので、こいつらも戸惑っているようだった。
新春の陽は昼近くにのぼる、誰もが分け隔てなく天日のもとに曝されて、コートの下もやや汗ばんでくる。
そばを離れずにいる妹には、そんな暑さなんぞご無縁のよう。そのまま、鳥居の前までやってきた。
前のふたりに続いて、その鳥居をくぐり、俺たちは短い石段を上がった。
上にはお社があり、前に敷かれた砂利路に陽があたって明るく、ちかくに灯篭がぽつんと立っている。その路をさらに進むと、妹は、俺の腕からはじめて手を離した。
神社の境内は静かであった。
他に人は誰もおらず閑として、お社までつづく灯篭の路も白く祓い清めた如く、そのあまりにもの静けさ、鳥さえ鳴かず、ただ葉の落ちた小枝の先を、寒風がさらさらと流れてゆくだけ。
ここで、いったい誰が待っているというのだろう。
灯篭の影からふいに現れた人物を見つけて、俺ははたと息が止まった。
「こいつぁ、驚いたっ」
なんたることか、その瞬間に俺は不思議な高揚感を覚えてわくわくと――、こう背にも胸にもいっせいに動悸が放たれるのである。
法も道理も警察も家族も学校も、社会のすべてを放棄してあいつがここに立っている。いかにして少年院すらも抜け出てきたのか、妹をとことん酷い目に遭わせてくれた、あの中坊が。
こんな危険人物、警察に通報しちまえば一発だろう。
ただそうした安易さも、常識の範疇に留まる相手であれば良いのだが、今ばかりはその常識に縋るわけにもいかないようだ。なんたって俺の妹が、向日葵ちゃんが、元来の傀儡の持つ特性として、見事に反応してしまっているのだから。
向かい合うのは、一見、万に一つの異常者である。
しかしながら、今のこいつは狗、いや違う、鬼なのか。
その鬼の小僧は困ったように頭の上に掌をのせて笑った。陽葵だけを呼び出したのに、この俺までついてきたからである。
「ハハハ、兄キはいらねぇんだぞ。おまえら、脳無しか? いや、そりゃあオレのことなのか、キャハハ!」
しばらく見ない間に、ずいぶんと奇天烈な男になったものだ。いったいいつ鬼になったのか、その異常な振舞いも、鬼としての個性の表れだとしても、やっぱり嫌悪の情が先に湧く。
「写真を撮ってもイイですカ?」
「は?」
いきなり何を言い出すのだろう、俺はぽかんとした顔でこいつを見た。
「チケットを買うことができますカ。ピアノの演奏を聞きに来ましタ。一緒に歌っタり、and danced together」
そして奇声を発し、引きつった顔で笑いだすのだ。
明らかに狂っている。何もこんなの相手に骨を折ってまで無理に付き合う必要もなかろうと、その涎を垂らす口を見て、ますます嫌気がさしていたが、向日葵ちゃんはすでに戦闘態勢であった。
その瞳の奥に、普段見ることのない火廣金の光脈をチラと見つけて、俺も気を引き締める。
「向日葵ちゃん、どうよ? こいつ」
「あぶない、よ。お兄ちゃん、下がって」
この傀儡ちゃんにここまで言わせるのだから、なかなかに厄介な鬼なのだろう。陽葵を守るという、その名目だけで安易にここまで来たけれど、もしこの娘がいなかったらと思うと、ぞっとする。
「あのう、ヘッド、こいつ連れてきたから、もういいっすよね?」
「おれら、関係ないんで」
俺たちを案内してきたふたりが、その鬼となった中坊に懇願するような態度でぺこぺこしていた。
「そうだなあ、オマエら、よくやった。約束通り、身体は返してやるぜえ。キャハっ、この電車は品川へいけますカ?」
「じゃ、じゃあ、オレたちはこれで…」
それでふたりは、安堵したように一度ぺこりと頭をさげた。すると、その足元には大きな塊が、どすんと音を立てて落ちるのである。
それが丸く転がると、長い毛髪が乱れて、わずかに鼻先と眼球を覗かせた。
「は?」
俺の見ている前で、ふたりはぽろっと頭を落としていた。
とっさには理解できず、なにかのトリックではないのかと疑って、何度も見返してみたけれど、現にふたりの肩の上には頭部がなく、その頸からは鮮血が脈を打って吹きだしている。
それは眼を剥くこの俺に、どっと冷や汗の掻く思いを味わわせた。
「なあに、驚いてんだ? 身体は返すと言ったけどさあ、頭まで返すとは言ってねえぞ。へへっ」
無言を守って立ちつくす俺の前で、この中坊は気持ち良さそうに話しやがる。
「こいつら、いちど女遊びしたいっつうからさあ、ちょいと力を貸して、街の女と遊ばせてやったんだよ。んで、今、その取り立てをしたわけ。ほうら、おまえら、脳みそ以外に用は無ねぇから、いったいった。キャハハ」
頸のない身体は、それでも数歩歩いたのち、脚をぴんと突っ張らせて、ぐらりと地に倒れ込む。
それを笑って見ていた中坊は、少し歩いてふたりの頭部を拾い上げると、自分の顔の左右に並べて、「ゆっくりしていってネ」などと戯れるのだ。
「この鬼畜野郎…」
どうやって切り落としたのか知らないが、油断のならない相手である。
向日葵ちゃんは腰を落として、鬼となった中坊をじっと睨み据えていた。
と、地に敷かれた砂利の上すれすれに、スカートから伸びたつま先が綺麗な弧を描きながら、神聖なる地で不遜に構えるヤツの脚を、すばやく狙う。
鬼野郎は小砂利を蹴って、それを寸でのところで躱していった。
まさかヒトの総体重の十パーセントはあると云われる頭部をふたつも抱え持ちながら、そこまで機敏に動けるとは。
残像を残しながら追いすがる向日葵ちゃんを、細かく地を蹴って躱しつつ、しかもヤツは大きく半円を描きながら、気のせいかこちらへ近づいてくる。
その意図を悟った向日葵ちゃんは、すぐさま跳躍して俺の前に戻ってきた。今の鬼野郎にはいったいどんな特殊能力があるのか、まったく知れたものではないからだ。
この娘は冷静に、まずは俺の身の安全のことを第一に考えてくれている。俺は申し訳ないと思う気持ちで少し距離を取り、前方の一点を凝視する向日葵ちゃんの視線を追った。
そこには中坊が立っている。やおら構えを解くと、徐に生首と相談しはじめた。
「おいおまえら、あの女、なんか変じゃね?」
「それな」
「ヘッド御執心の、半田の妹に間違いないっすよ」
生首が、まだ生きている。いやよく見れば、頸の切断部分の肉が盛り上がって、鬼野郎の肩にじかに繋がっていた。
「でも、えらくつえーぞ?」
「それな」
「オレ、頭イイっすから、そうした慣用句、知ってるっすよ。たしか…」
三日会わざれば刮目してみよ―――だがあいにくと、それは男子にのみ向けられた慣用句のはず。
この得体の知れない中坊には閉口していたが、なぜ妹ばかりを狙うのか、それが俺にはどうにも解せなかった。
「なんでてめぇは、うちの妹ばっかに執着すんだ?」
「そりゃあ、スコスコのスコ、だからっすよ」
と答えたのは、自称、おつむのよろしい左の頭である。
「素行が悪くて浮きまくっていたときでも、クラスの中でその半田ちゃんだけは、嫌な顔をせずに、うちのバカなヘッドの面倒をみてくれてたんすよ。けどヘッド、先公には全く信用されていない。半田ちゃんはクラスの副委員長格で、学級委員長はえらく口の悪い女だったんすけど―――まあ、それで、先公との厄介な橋渡し役を、半田ちゃんがずっと引き受けてくれてたんですわ」
「おいおめぇ、黙らねぇと――」
鬼野郎は拳を突き出し、左の頭の頬にぐりぐり押し当てた。
「ぐっ…、いいじゃないっすか、カノジョの兄キなんすよ―――んで、まあ、そのままでいきゃあ良かったんすけど、ちょいと街で万引きを…、これがまた、しくじっちゃったんですねえ、ハハッ」
左の頭はのんきに笑う。
「半田ちゃんの今までの更生の苦労も、それでぜえんぶパア。ま、結末を急ぐと、うちのヘッドはひねくれちまったんすね。自分がこうなったのは、おまえのお節介のせいだと、ぶっちゃけ、うちのヘッドは半田ちゃんがホントにスコ過ぎて――ぎゃあ!」
その悲鳴に俺が顔を顰めている間にも、すでに中坊はおしゃべりな左の頭をもいでいた。噴きあがる鮮血が薄汚い上着を染め、あたりに血臭が立ち籠める。
「こんのお喋り男、トマトみてぇだ、キャハハッ」
鬼の中坊は残った右の頭をのぞき見る。
「なあ、あの女を手に入れる、なんか良い方法ねぇか? 上手くいったら、少しはおめぇにも良い思いを…」
「それな」
「……」
左の頭も無言でもぎ取って、その中身を喰らっていた。
「ふん、使えねえ脳みそばかりだなあ。キャハ、大涌谷へ観光に行きたいデース」
この奇妙な鬼は、頭をかち割って脳みそだけを食っていた。
獣がただ肉を喰らうように、たんぱく質の分子構造をことごとく消化液で分解し、そこに含まれる情報をむざむざ捨ててから身体に吸収しているのではなくて、どうやら他の生物の情報をそっくりそのまま、自分のために利用できる鬼のようなのだ。
もちろん、その根拠と興味深い機構を明らかにするには、こいつの協力なしには不可能なのだろうが、もとより、そこまで無理に手を尽くして調査する気など、今の俺にはさらさらなかった。
「お、いいぞいいぞ、脳みそ食ったら、頭が回ってきた!」
唐突に声を上げた鬼野郎の頭が、その字義通りに、百八十度肩の上でぐるりと回ると、後ろ髪をかき分けて、新たに西欧風のほそい顔容が現れる。
「How about this face? Wow, that's skibidi! キャハハ!」
すると、むこう側からも声がした。
「おい、ダチ。今日はオレの番のハズだろ、用が済むまで引っ込んでいてくれよ!」
そしてまた頭が回って、中坊の顔に戻されるのだ。
はて、俺は今、何を見せられていたのだろう。
明らかなのは、もうひとつ別の顔の人格がこいつと共生している。しかも外国人らしいということである。
そういえば、昔の百物語の奇談集のひとつに、二口女という妖怪の話がある。なんでも、人の道に外れた行いをしたために、その悪行に起因した奇病を患ってしまったというのだ。
してみると、その二口女とは、このような鬼を見た村人の口伝によるものではなかろうか。現にこの中坊も、人道を外しまくった末の、鬼の姿でもあるのだし。
俺の嫌悪のフィルターを通さずに見れば、この鬼も、まだそれなりに見られる風体の面構えだったのかもしれない。
しかし人の顔とはおかしなもので、そこに端正な眼と鼻と唇が備わっていても、やはり健全に発育した自我の裏打ちがないと、まっとうな顔には見えてこないのである。
今のこいつは、まるで空気の入った鋳物のようなぶつぶつとした顔に見えていた。享楽のために人を弄ぶような鬼野郎には、それにふさわしい醜怪な容貌が身に付くものらしい。
「キャハ、あんまり旨くないな。もう飽きたわ。こいつら、イラネ」
そして、飽きっぽく仲間を捨てる姿を、またもや俺は見せられる。
もちろんこの中坊にだってまっさらな魂がなかったとは思わないが、そんなにも容易く仲間を打ち捨てる姿を見せられてしまうと、その魂の浮薄さ、もし仮に首尾よくうちの妹を得られたのだとしても、それはただ快楽の追及の道半ばにすぎず、この男、いずれはやはり飽きっぽく、同じように妹を捨て去ってしまうに違いないのだ。
「そうか、簡単なことじゃん。その兄キをオレが喰っちまえば、妹もオレのもんになるんじゃね? キャハハハ!」
中坊は声を張り上げると、砂利の上で腰を落とし、唐突に胡坐を組んで、その膝をぱぁんと打っていた。
すると、向日葵ちゃんから何かブーンと機械的な音が聞こえてくる。周囲の小砂利が潮のように波をうち、そして波紋を広げていった。
社へ続く大きな敷石の上に、夢うつつの陽があたって、大小様々な石ころの波が、そこへ打ち寄せ白く転がるのだった。
「お兄ちゃん…」
なにやら怒気の含まれた声に呼ばれて、俺は怯えた顔を振り向ける。
そこでは、向日葵ちゃんが妙な笑みを浮かべていた。
憤怒が一周まわると、まともな感性の子は笑顔になってしまうものらしい。
「もう許せないの。三分、経っていないけど、いいよ、ね」
向日葵ちゃんは腰をかがめると、腕を徐に十字に構えた。
そして、胡坐を解いてもう立ち上がってはいるが、人心の欠損で不幸な鋳物の顔をしているその中坊を、手刀から放たれた光線が、まともにヴンッと貫くのである。
「うっわ!」
その眩しさに、次の瞬間、俺は片腕をあげて両目を覆った。
突如、鬼を貫いて現れた白銀に燃える光線は、そのまま周囲の樹々を薙ぎ払い、はるか地平線の彼方へと伸びてゆく。
ぎゅっと目を瞑っていた俺には、そのとき不思議と、頭の中に沢山の人の声が聞こえたような気がした。
「いったい、どうなってんの!」
あまりにも眩しくて、顔の上げられないもどかしさに、俺は焦る気持ちで苛立った。
しばらくして、向日葵ちゃんが俺を呼ぶ。
それで、チカチカするこの目を瞬きながら、ゆっくり開けた。
向日葵ちゃんの顔がすぐそこにあった。柔らかな毛が額にかかって、眼がやさしく潤んでいた。
「終わった、よ」
「あ、ああ」
その可愛いお顔が、あんまりにも近くにあったものだから、俺も少し赤くなって、口ごもる。
そして膝に手をつき、腰を伸ばすと、周囲の状況を繰り返し目で確かめた。
「あれ、あいつは?」
「消えた」
俺が問うと、物の響きに応ずるように向日葵ちゃんが即答した。
「消えた?」
「うん」
原子番号133の光線が命中したら、あっという間に、なにもかもが溶けて消え去ってしまったというのである。
「ほえ~」
のどかな陽光の下、いくらか伐採されてしまった樹木の向こうでは、山々の峰が遠くに煙っていた。そして鬼のいたその場所は、なにか黒っぽく湿っていて、地に敷石にかそこそと、今は侘しくわくら葉が舞うだけである。
「ほんとに、なんにもねーな」
俺は呟くようにものを言った。
そのまま、鳥居の前の草原のほとりに雀でも見るような心地で、向日葵ちゃんとぼんやり立っていた。
首の無くなったふたつの遺体も、今は黒い染みのようなものだけが残されて、まるで夢の世界のように、平穏そのものの情景である。
「みんな、溶けて消えちゃった、よ」
向日葵ちゃんは阿呆のような顔をしている俺を見て、ふたたびそう告げるのだった。




